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蒼の剣士 ~ fantasy ~  作者: 紅の豚丼
31/53

亡命者

(31)


ウィルクス王国、南東部辺境

マズーア伯爵領、ナシュルバード…


キズメット伯爵の軍三千を打ち破ってから五日後。

マウ率いる討伐軍は、ナシュルバード城外に到着し、陣を構えていた。命令が下り次第総攻撃をかける準備を整えて、マウの部隊は静まり返っていた。一見すると穏やかに見えるが、その実は引き絞られた弓から、いつでも征矢が放たれる状況であった。

見る目のあるものが見れば、マウの軍の士気の高さに驚くか舌を巻くことは間違いないであろう。マズーア伯爵は後者であった。

「ち、流石はアルファナイツの総長。若造と高をくくっていたが、まさかこんなに速く進撃してくるとは―――」

「こちらは数においては劣勢ですが、城壁の中から弓で攻撃すればある程度は抵抗できるかと」

「そうだな、当面それしかあるまい」

伯爵は側近の言を容れて、ナシュルバードの城壁の上から、弓で攻撃をかけた。マウはあわてず騒がず、敵の弓の射程外に陣を下げる。

「意外と射程が長いですな」

マウは頷く。

「この時期は、風が東から来るからな。逆に我らの射程は、弩の威力の割に短い、というわけだ。攻めづらいな」

言葉に似ず、マウの表情は非常に楽しそうなものに見えた。ハイドラムはマウに尋ねる。

「悪戯を思いついた少年のような表情で、何をお考えなのです?」

マウはハイドラムに何事か耳打ちする。ハイドラムはそれを聞き、苦笑する。

「嫌がらせにも、程がございましょう、閣下」

「構わぬ、陛下に背いた罰だ」

二人は哄笑する。


その夜…

ナシュルバードの西、アクバル門―――


門の外で、マウの軍の突撃の太鼓が響き渡る。暗闇の中、凄まじい音量である。

夜襲!

城の兵たちは、見えない闇に向かって必死で矢を放つ。

「敵はいかほど寄せてきたのだ」

伯爵は急をききつけ、急いで城壁の上に出てきた。

「何分この闇ですので―――見えませぬ」

その時風を切って、ひゅん!と一本の弩の矢が、伯爵のすぐそばの物見台の木の柱にグサリと突き刺さる。

「閣下、伏せて下さい!」

言われるまま、マズーア伯爵は石造りの城壁の上に伏せた。

「おのれ、生意気な」

「伯爵様、お怪我は」

衛兵の言葉に、伯爵は答える。

「弓隊、応射しろ!」

その声に、弦鳴りの音も高く、弓隊が一斉に矢を放つ。外から二筋、火箭が撃ち込まれる。伯爵の側に当たった矢が、木の柱に炎を移す。付近の兵が慌てて消火にあたる。喚声と足音が響き、討伐軍の兵が城壁近くから離れる気配がした。

「くそ、炎が明るすぎて敵が全く見えん」

「敵はどうやら距離を取った様子でございます、閣下」

伯爵は弓隊に撃ち方やめ、と命じた。

「また寄せてくるかもしれん、警戒は怠るな」

それから三日間、討伐軍の夜襲は続いた。さすがに三日目の夜になると、マズーア伯爵の兵たちは疲労の色が濃くなっていた。夜が白みかけて、ようやく伯爵の兵たちが休息を取り、うとうとしかけた夜明け前…

突如として、マウが全軍で、文字通り総攻撃をしかけた。夜襲ではあれだけ派手に鳴らした太鼓や鉦、喇叭の音を一切立てずに、マウの兵は近づいた。伯爵の兵が気付いた時には既に城門に幾度も大きな丸太が叩きつけられていた。

マウのもとに、正面、正門を破った、との報告が届く。

「抵抗する者は、皆殺しにしろ。武器を捨て、下った者は殺すな」

アルファナイツは口々にマウの命令を繰り返す。反乱兵達は次々に武器を捨て、その場に座り込み、抵抗をやめていく。程なく、マウのもとにマズーア伯爵とその一家が全て連行されてきた。憔悴しきった顔の伯爵に、マウは言う。

「さぞや眠いことだろう、伯爵。あれだけ夜襲に付き合えば、当然だろうがな」

「貴公は…」

マウは笑って言う。

「私も眠いさ。ただし、他の兵達は元気だがね」

「…ど、どういうことだ」

ハイドラムは伯爵を憐れむように言う。

「こちらで毎夜夜襲していた兵は、二百程でしかありません。ご丁寧に、夜毎全軍でお相手下さったようですが、それでは兵が消耗しますよ」

「私は毎夜出張っていたが、兵は交代で休ませたから、皆元気、というわけさ」

マウは伯爵に言う。

「貴公には王都で裁きを受けて貰うよ、伯爵」

「つ、妻や娘にはーーー」

「族滅だろう、恐らくは」

マウは冷たく言い切る。

「マズーア伯爵。叛乱をおこした者にどの様な結末が待っているか、知らずに叛乱に参加されたのか?」

伯爵は声もない。マウの顔が一気に厳しさを増す。

「仮にそうだとすれば、貴公に領主たるの資格は無い。残念だが、不心得者が領地を持つ事態は、正されねばならない」

「そんな、彼女らに罪は」

マウは首を横に振る。

「ある。夫であり、父である貴公の叛乱という愚行を、止められなかったことだ」

マウは短く、連れて行け、とだけ命じた。



ワラキス侯爵領、港町キュプリア

ワラキス侯爵の居城、トルウォール城…


「…信じられん」

ワラキス侯爵は、急使からの報告に色を失う。王都からの討伐軍は、その数をほとんど減らさずにこちらに向かっている。しかも、侯爵の想定した速さを大きく超えていた。マズーア伯爵の妻と子供達は、一人の例外もなく王都キサナバードに護送され、即日全員公開処刑されたという。まだ叛乱を起こしてからひと月にもならない。このままでは、いずれこの城もマウに陥されるであろう。

ワラキス侯爵は、すぐに妻と子供達を呼び寄せた。彼は妻に、子供達を連れて、船で西へ、エルフィアへ逃げるように告げた。

彼の妻は泣いて、彼と共に死ぬことを望んだが、ワラキス侯爵はそれを許さなかった。

「そなたまで死ねば、子供達はどうなるのだ。子らのためにも、そなたは生きてくれ。頼む」

ワラキス侯妃は泣く泣く夫の言葉に従い、取るものもとりあえず、子供達と共に港に向かうことにした。長女ヘスティアは十五歳。妹アルヌールは十一歳。そして彼女達の弟、サラスはまだ三歳になっていなかった。

「全ては王家の底力を見誤ったこの父の不明のせいだ。皆、不甲斐ないこの父を、おっとを許せ」

「お父様」

ヘスティアは父にすがって涙を流す。

「そなたは生きよ。生きて、幸せになるのだぞ」

「お父様も、逃げましょう」

ワラキス侯爵は笑って首を横に振る。

「私を慕い、信じて立ち上がってくれた兵たちを、見捨てるわけにはいかないのだ。」

ワラキス侯爵はそう言って、妻子を城から逃した。急がねば、捕まって全員公開処刑される、と言われ、彼らは城を出た。

ワラキス侯爵は、城の南東の端にある小さな館に出向いた。彼は家令に、館の主人に面会を求めさせ、自分は玄関の前で館の主人が現れるのを待った。

十分程の後、館の扉が開かれる。侯爵は家令に待つように言うと、館の中に入っていった。

館の中で、ワラキス侯爵を迎えたのは、初老の男であった。彼は侯爵に熱い茶を一杯すすめると、こう切り出した。

「早かったですな」

侯爵は苦笑する。

「何がです」

男は侯爵に言う。

「ご決断が、です」

「マウがここに来るのが、ではないので?」

「あの男、此度は大分慎重に事をすすめたようです。これでもやや遅いくらいですぞ」

「そんなものですか」

侯爵は改めて、目の前の男…隠者ダライアスの智謀の深さに感服した。

「だから、止せば良いのに」

侯爵は溜息をついて言う。侯爵は首を横に振る。

「後悔はないのです。先の聖十字教国(クルーセイド)との戦で大敗し、この上エルフィアへの侵攻など無理だ、と考えたことが誤りだとは思っておりませぬ」

「で、どうなさるおつもりですか」

侯爵は苦笑して、答える。

「無駄に兵を死なせるわけにはいきません。降伏して、処刑されることにしました」

ダライアスはじっと侯爵を見る。

「で、私に何をお望みですかな。共に死ぬことをお望みですか」

侯爵は、まさか…という。

「我が妻や子達と共に、西に逃げていただきたいのです」

侯爵はダライアスの目をじっと見つめて、こう言った。

「私に、『生きよ』と?」

侯爵は無言で頷く。

ダライアスは彼の弟子であり、友であるワラキス侯爵の顔をじっと見つめた。

実際、国王に「これ以上の戦は無理だ」と進言したこともあった。しかしそれは容れられず、ワラキス侯爵は宮廷で疎んじられることになった。民は疲弊し、税は重くのしかかってきた。

「閣下こそ、生きられよ」

ワラキス侯爵は首を横に振る。

「私が逃げれば、その為に更に死なずに済む者の命が奪われることになります。」

ダライアスは目を伏せて口をつぐむ。

私利私欲の決起ではない。

止むに止まれぬ義侠心から、民のために立ち上がった目の前の男は、事ならなかった責任を己が命をもって取ろうとしている。

「何卒…ダライアス殿、お願いいたします」

ダライアスは何も言わずに、侯爵の手を取り、深く頷いた。その目には光るものがあった。


「何、無抵抗で、降伏してきた、と?」

マウは素直に驚いた。今回の叛乱の首謀者とみられていたワラキス侯爵が、武装解除し、ただ一人で降伏してきたのである。

ハイドラムはマウに言う。

「己の命をもって、自分に従い叛乱に加わった兵たち四千を、許して欲しい、とのことです」

マウはワラキス侯爵の望みを、叶えてやりたかった。ハイドラムから聞くワラキス侯爵の話は、どれも一理あるものであり、それまでに戦った二人の貴族たちとは、かなり出来が異なることが見て取れた。更に、キュプリアの町の顔役達が、マウの陣にやって来て、侯爵の命乞いをしたのである。こんなことは他の城では無かった。それだけを見ても、ワラキス侯爵はここである程度善政をしいていたということがよくわかる。

しかし、マウにはそれをもって恩赦を施す権限は無かった。それができるのは、一人ヴィエラ五世のみであった。ただ、今回の件は事情があるにせよ大逆であり、ヴィエラ五世がワラキス侯爵を許すかどうかはマウには分からなかった。どちらにしても難しい判断である。

仮に処刑すれば、善政をしかれ、自分たちの為に止むに止まれず謀叛を起こした領主を殺された領民達が黙っていまい。仮に押さえつけたとしても、不満は残り、新たな叛乱を生む危険が生じる。かといって、お咎めなし、では、一連の戦を仕掛けたことがウィルクスの国策として誤りであった、と認めることになる。ヴィエラ五世の権威に大きな傷が付くのだ。ウィルクスはこれまで武断的な政治で国を動かし、諸侯を従えてきた。それを揺るがすことは、同様に他地域でも叛乱が起こる可能性を生みかねない。

「…難しいな」

「何がです、閣下」

「侯爵の処分だ」

「その事でしたか」

ハイドラムはマウに答える。

「どちらにしても、危険ですからな」

「ハイドラム、そなたなら如何する?」

ハイドラムは笑って言う。

「閣下のご存念が、先です」

「キツイな」

マウは苦笑する。

「何らかの形で、生かしておく方が、後々よいと思う。北方の聖十字教国(クルーセイド)との、オルトボレアリスでの戦は仕方がない。向こうは教皇まで出てきたのだ。だが、そこで戦略を改めず、エルフィアにも戦いを挑みながら不首尾に終わったのは、明らかに余計だった」

「貴方様が言ったので無ければ、陛下の御不興を買い、不敬罪になりそうなお考えですな」

ハイドラムは笑って言う。

「そうかな」

「現実は仰せの通りでしょう。但し、我が国ではそれを正面切って陛下に言える方がおられませぬ。お父上様なら、とも思いますが、陛下のお心一つで、首席総督を解任される可能性まであります。そこまでの危険を冒して、諫言しますか?」

マウはもう笑っていなかった。

「閣下なら可能ですが…しかし閣下はオルトボレアリスの敗戦の当事者です。間違いなく廷臣達の反感を買いましょう。敗軍の将が、何を語るか、と」

「…今更ながら、オルトボレアリスでの敗けが痛かった」

ハイドラムは頷いた。

「ですから、死なせ方を考えてやることくらいしかできません」

ハイドラムは苦い表情で言う。

「閣下、あなたは人徳をお持ちです。器も極めて大きく、バランスの取れた得難い人材です。陛下のご寵愛の理由は、まさにそこにあります。ここで要らぬリスクをとる必要はありません。『ワラキス侯爵のご処分は、陛下のお心のままに』そう、申し上げるのがよろしいかと」

「あからさまに保身に走るようで、気分は良くはないな」

ハイドラムは表情を改めて言う。

「仕方がございませぬ。廷臣共の目から見れば、閣下はまだ『敗軍の将』。此度の内乱を、あっという間に解決した、という事実が広まってはじめて、名誉と権威がある程度回復するのです」

マウは素直に頷いた。どの策を採っても、どこかにリスクは残る。確かに、彼がヴィエラ五世に情を尽くして説けば、ワラキス侯爵の命乞いをすることは不可能ではないだろう。しかしそのことが、新たな、そしてより大きな火種を生むようでは本末転倒である。

「お立場上、不自由かと思いますが、今はご辛抱すべきです」

「そうだな、そなたの言う通りだ。感謝している、ハイドラム。今後も助言を頼む」

ハイドラムは、マウに告げたい衝動に駆られた。

デルマイン魔道士長に、ご注意を、と。

但し、彼の立場でそれを口にすることは許されなかった。

今の彼は、あくまでもデルマイン配下の一魔道士でしかない。そして、デルマインは権力への道を着々と歩んでいる。ヴィエラ五世に彼が逆意を抱くことは無いが、その後継者に対してもそうであるとは限らない。

デルマインはマウの器をはかっている。ハイドラムはそれをよく理解していた。今回の仕置をどうするか、についても、デルマインの目は光っている。

「王都の重臣たちも、この度の仕置には注目しておりましょう。ご注意下さい」

彼はそれだけ告げた。マウはハイドラムをじっと見て、ぽつりと言う。

「気を遣わせて、済まぬな」

「何をおっしゃいます」

「魔道士長様からも、色々とあるだろう」

「御賢察、恐れ入ります…」

マウは苦笑しつつ、ハイドラムの肩を叩く。


その日のうちにマウは、此度の仕置は陛下のお考えのままに、と書状を添え、ワラキス侯爵を王都に送った。

キュプリアの町は、叛乱が嘘のように静まり返っていた。

マウは王都に、代官と役人の派遣を依頼し、引継ぎを行った上で町を離れた。


マウが全てを終えてキサナバードに戻った時には、既に季節は春を迎えようとしていた。



エルフィア王国…

王都ヴィサンの南、港町マルキシュ…


マルキシュの町は、ちょっとした騒ぎになっていた。

久々に東から…ウィルクスから入った船に、ウィルクスの貴族の妻子が乗っていたからである。すぐに早馬がヴィサン、グロワール宮殿に飛ぶ。折からの春の淡雪の中、蒼白な顔で俯く美しい貴夫人と、二人の令嬢、そして乳母に抱かれたあどけない男の子に、町の人々は釘付けになっていた。

ダライアスは一行を導き、マルキシュにある宿に落ち着いた。

「侯妃様、取り急ぎこの地で、エルフィアの政府と連絡を取ろうと考えております。まずはお身体をお安めください」

「ありがとうございます、ダライアス様」

侯妃はそう言って涙を流す。二人の令嬢も、母の涙にもらい泣きをする。一人あどけない長男、サラスのみが乳母に抱かれてすやすやと眠っていた。その様が余計に涙を誘った。

「私の命に代えましても…皆様を必ずやウィルクスの追手からお守りいたします」

ダライアスはそう言った。

彼は借り切った宿の部屋に、侯妃や令嬢達を落ち着かせると、自分は小さな一部屋に籠り、携えた杖を構え、虚空に素早く古代語(ルーン)を刻む。瞬く間に、六匹の使い魔が現れる。ダライアスは上位古代語(ハイ・エインシェント)で彼らに命令を下す。使い魔たちは窓から各方向に飛んで行った。

「―――我ある限り、貴様の思う通りにはさせぬ」

東の方、キサナバードの方角を見据えながら、ダライアスはそう呟いた。


ヴィサンから、宮宰コーディアス大公が、皇太子リシャールを伴い、マルキシュに到着したのは、その二日後であった。二人は少数の伴を連れ、侯妃とその子たち、そしてダライアスが滞在している旅籠を訪れた。

「よいか、リシャール。くれぐれも失礼の無い様に致せ」

「はい」

何時になく厳しい、緊張した面持ちの大公に言われ、リシャールは頷いた。

「『賢者ダライアス』?」

「…もう少し、物を知っておると思っていたが―――やはり、まだまだ未熟だな」

大公は溜息をつく。

コーディアス大公が取るものもとりあえず、慌ててマルキシュに駆け付けたのは、ウィルクスの貴族が亡命して来たから、ではなかった。ヴィシリエンに名高い、野にある賢者の一人が、叛乱を起こした貴族の妻子を守ってエルフィアを頼って来たからに他ならない。

「ダライアス様に助言をいただければ、エルフィアにとって大いに助けになるであろう。願わくば、エルフィアで我らを教えて欲しいものだ」

「それほどの人物なのですか。宮廷にお迎えすることは」

「ダライアス様は、宮仕えを好まぬと聞く」

大公はそう言って外套を脱ぐ。リシャールも同様に外套を脱ぎ、護衛の騎士達を待機させて、二人は旅籠に入っていく。

二人は旅籠の主人に案内されて、広い食堂に歩み入る。二人の姿を認め、部屋の中にいた人々が一斉に席を立つ。

「そのままで…」

と、大公は声をかける。

「ウィルクスからのお客人方、よくおいでくだされた。私は当国の宮宰(マヨル・ドムス)、コーディアス大公リュクソール。こちらにおわすのは、当国の皇太子、リシャール殿下です。」

「皆様、どうぞご安心ください」

リシャールは騎士礼をとる。

「ご丁寧なご挨拶痛み入ります、殿下、宮宰様」

美しい夫人が宮廷礼をする。二人の娘もそれに倣う。

「殿下、宮宰殿、お初にお目にかかります」

ダライアスはリシャールと大公に拝跪礼を取る。リシャールはその手を取り、ダライアスに言う。

「賢者様、どうぞお手をお上げください」

「殿下」

どうぞ椅子を、とリシャールは改めて皆に椅子をすすめる。立場上、彼は上座を占め、その隣にコーディアス大公、向かい合うようにワラキス侯妃とその左右に娘たち、一番右に小さな男の子を抱いた乳母が座った。

ダライアスはワラキス侯妃とその子供たちを二人に紹介し、今回の叛乱の顛末を二人に語って聞かせた。

「ウィルクスの辺境では、大分厭戦気分が広まっているようですな」

「然様」

大公の言葉に、ダライアスは頷いた。

「ワラキス侯爵閣下は、ヴィエラ五世陛下に、これ以上の戦を止めるように進言なさったのですが、陛下はそれを容れませんでした」

「―――余程、やむにやまれぬご事情であったのですね」

リシャールが沈痛な面持ちで言う。コーディアス大公も頷く。

「御気の毒なことじゃ…ウィルクス王の立場では、侯爵を許せばまた新たな叛乱が起こる…と考えるであろう」

「御慧眼、恐れ入ります」

ダライアスは頭を下げる。ワラキス侯妃が目頭を押さえる。

「侯妃様やお子様方には、何の罪もございません。どうかお慈悲を以て、エルフィアで保護してはいただけまいか。伏してお願い申し上げる」

リシャールはコーディアス大公の顔を見る。

大公は暫くの間瞑目して思索にふける。

やがて、その目が開かれる。

「まずは、陛下のご判断を仰がねばならぬ。即答は出来かねるが―――」

「宮宰殿」

リシャールが言葉を発しようとするのを、大公は軽く手で押さえる。

「殿下、まずは当家、コーディアス大公家の客人としてお迎えいたそうと思います。その上で廷臣一同、陛下のご判断を仰ぎましょう」

「そうですね、それがよい」

リシャールは実父のその言葉に、安堵の表情を浮かべる。

「皆様の置かれた状況は、同情すべきものです。ですが、我々二人だけで国の大事を即決することは出来ません。といって、皆様にこの旅籠ではあまりに窮屈。王都の当家の上屋敷に、ひとまず落ち着かれませ。ここよりはだいぶ快適に過ごせましょう」

ダライアスは侯妃の顔を見る。侯妃は頷くと、大公に言う。

「宮宰様のご厚情におすがり致します。何卒、トーラスⅢ世陛下に、良しなにお伝えくださいませ。お願いいたします」

コーディアス大公は、ダライアスに言う。

「ダライアス殿も、是非皆様のお側においで下さい。侯妃様も、ダライアス殿がおいでであったほうが心強かろうと存ずる」

「では、お言葉に甘えまする。誠、忝い」

大公は早速、八頭立ての大きな馬車を準備させ、侯妃、ダライアス、乳母と三人の子供たちと共にそれに乗り込んだ。

「殿下は一足先にヴィサンにお戻りくださいませ。私は彼らを守りながら、無理のない速さでヴィサンに向かいます」

「かしこまりました、閣下」

リシャールは実父である大公に騎士礼を取る。大公が目で指示を送る。

―――よいか、急ぎ陛下にご報告申し上げよ。

―――かしこまりました、父上。

二人は視線を交わす。リシャールは数名の騎士だけを伴い、風のように王都を目指して馬を走らせて行った。

「誠、見事な武者ぶりでございますな、閣下」

緩やかに進む馬車の中で、ダライアスは大公に言う。

「殿下は、大公閣下の実子であるとうかがっております」

大公は苦笑しながら言う。

「まだまだ未熟者です。東方に何年かおりましたので、武者働きしか出来ませぬ。学ばねばならぬことばかりで―――」

「いえ、誠実で真っすぐなお人柄とお見受けいたしました。情け深いお心もお持ちの様です。勇気もあり、武芸も相当のもの…うらやましい限りです」

「これは恐れ入ります」

ダライアスは侯妃に言う。

「リシャール殿下は、ウィルクスの姫コーディリア殿下の婚約者であるアルファナイツの総長、マウ・ロディールにも匹敵しましょう」

「本当に、そうでございますわね。…この子(サラス)が殿下位のお歳になるまで、まだ二十年もかかりましょう…無事にそこまで、生きていてくれるかどうか―――」

ヘスティアが涙ぐむ母を慰める。

「お母様、泣かないで。もう大丈夫、私たちは死んだりしないわ」

「そうです、侯妃様。王都に入れば、もう大丈夫でございます。何にせよ、私コーディアス大公がついております、ご安心ください」

コーディアス大公は、途中で一泊し、ゆっくりとヴィサンを目指した。


ウィルクスでは、南東部の叛乱を全て鎮圧したマウが、堂々と王都に凱旋していた。

ヴィエラ五世は、愛娘コーディリアとマウの婚儀を六月の末に執り行うことを正式に決定した。一方で、今回の反乱を起こした諸侯達には、厳しい処罰が下された。キズメット伯爵、マズーア伯爵は族滅され、その領地は全て王家の直轄領とされた。一方でワラキス侯爵については、ヴィエラ五世に直接謁見(無論、罪人として縄目を受けた状態であったが)の上、ヴィエラ五世から特別に自裁を許され、無傷で引き渡した四千の兵と、領民たちをヴィエラ五世が許したことに深く礼を述べ、感謝しながら静かに毒を仰いだ。

廷臣の中には、手向かいせずに降伏したワラキス侯爵と、両伯爵の間には大きな差があり、死罪一等を減じてはどうか、という意見や、ワラキス侯爵の識見を惜しむ声も少なからずあった。しかし、ヴィエラ五世はワラキス侯爵も死罪にする、という苦渋の選択をせざるを得なかった。

「…やはり、こたえたわ」

ヴィエラ五世はデルマインにぽつりとそう告げた。

「仕方がございません。此度のことは、西方オストブルクに深入りし過ぎたことに端を発しております」

「そうじゃ、デルマイン。余の失策のせいで、あたら有能な諸侯を死なせてしまった」

デルマインは王を労わるように言う。

「人材は、まだまだおります。お嘆きなさいますな。幸い、姫様の婚儀という慶事もございます。暫くは守勢を取り、国力の回復を待ちましてから、再反攻をお考えになられるのが上策かと」

「しかし、大丈夫か」

デルマインは頷く。

「ワラキス侯爵が残した兵がございます。それを西方に送り、エルフィアの蠢動に備えれば、兵の少ないエルフィアは動けますまい。北方はフィルカス将軍にお任せすれば、マリュー枢機卿めが出てきても、ある程度なら対処できましょうぞ」

「そうだな、そなたの申す通りだ」

「ただ、今回の死刑を快く思わぬ者の中に、新たに叛く者が出るやもしれませぬ。マウ殿を動かすわけには参りませぬ、アルファナイツから他の将に、いつでも動けるようにさせておきましょう」

「分かった。人選は、マウにやらせよ。細かなところは、主席総督とそなた、そしてマウの意見に任せる」

デルマインは微笑を浮かべながら、ヴィエラ五世の言葉に頷いた。


デルマインの見立ての通り、今度はウィルクスの東北部で、食糧不足による農民反乱が起こった。ウィルクスはその叛乱の鎮圧にも、まるまる一ヶ月を要することになった。自然、エルフィア国境からは兵が徐々に少なくなっていった。東方が落ち着いてきたことで、近衛騎士団は再編成を終え、東方の各拠点に指揮官を配置しつつ、王都に向けて帰還する準備を始めていた。既に、東方の雪は解け、春の日差しが戻って来ていた。


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