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蒼の剣士 ~ fantasy ~  作者: 紅の豚丼
29/53

冬将軍

(29)


エルフィア王国、東部辺境

オストブルク、市庁舎内

エルフィア駐留軍本陣―――


年の瀬も押し迫った十二月の二十日。


ウィルクス軍の駐留するヴァランスに、雪が降った。対峙するエルフィア軍の拠点ファルカバードも雪に覆われていたが、山の中腹にあるヴァランスに対してやや下った盆地にあるファルカバードの雪の量は少なかった。こちらからヴァランスに攻め込むことは難しいが、向こうからも攻撃をかけることは冬の間困難になることが予想された。

それを見越し、リーシェはジェットを伴ってデルフィナの鉱山からファルカバードに戻った。東方に送られてきた新兵三千と、士官クラスの騎士三十名をファルカバードに呼び寄せ、パーレヴィとラスカーの元訓練しながら冬営を命じ、自らはオストブルクに戻って今回の一連の戦闘での論功行賞を行っていた。

リーシェが武勲第一位に選んだのは、敵の将二名を一騎打ちで倒したアルトワ公爵グリムワルドでも、主将ラルフォンを一騎打ちで突き殺したロストク伯爵ヴェスタールでもなかった。

彼が武勲第一位に選んだのは、敵の隙を見出し、罠を看破し、五千の攻撃部隊を無事にウィルクス軍の本陣まで導いた、近衛騎士団第一中隊副長代行、ギュンター・ハイドフェルトと彼の率いる五十名の斥候部隊であった。王都やその近辺から集められた部隊や、もともと東方にいた騎士団や傭兵たちは仰天したが、彼らにとって二重の驚きであったことは、ヴェスタールやグリムワルドといった派手な武勲をあげた将達が、リーシェの言葉に全面的に賛成し、ギュンターの手腕を極めて高く評価したことであった。

「エッシェントゥルフ侯爵閣下」

「何です、ランブレヒト殿」

「小官には、よく理解できぬのですが…敵の主将を討ったロストク伯爵閣下の武勲よりも、ギュンター副長代行殿の武勲の方が大なのは、なぜでございましょう」

ランブレヒトの言葉に、グリムワルドとヴェスタールが哄笑する。

「そんなに笑っては失礼でしょう、アルトワ公爵、ロストク伯爵」

リーシェは穏やかに二人を窘める。グリムワルドはランブレヒトに言う。

「歩兵隊長、俺やヴェスタールの武勲など、大したことではない。派手な武勲に見えるだけで、お膳立てしてもらえば、近衛騎士団の手練ならぶっちゃけ誰でもできることだ」

「それは言いすぎでしょう」

ヴェスタールは今度はグリムワルドの言葉に笑う。

「魔法銀の鎧ごと、騎士を縦に半分にすることは、並の人間には無理です」

ヴェスタールは一息つくと、ランブレヒトに説明する。

「五千名の攻撃部隊のほとんどが、罠にもかからず無事にウィルクスの本陣を急襲できたのは、一つには直前まで正確な情報を収集し、一つには罠の位置を正確に見分けた先導(パスファインダー)を行った、ギュンター殿の功績に他なりません」

「俺の業績じゃありません、ヴェスタール殿」

ギュンターは首を横に振る。

「俺が教えたことを忠実に、愚直に行った、五十名の部下たちの力です」

リーシェはギュンターの手を取る。

「ギュンターにはいつも助けられてる。ありがとう」

「よせやい、水臭い…」

リーシェは各隊の幹部たちに言う。

「信賞必罰。これが精強な軍を作るためには不可欠だ。地味な任務、小さくても大切な仕事を、丁寧に、迅速に、そして愚直に正確に行うことの大切さを、ギュンターとその部隊が為してくれたことから、皆に学んで欲しく思う」

リーシェはそれぞれの部隊に対し、適切な恩賞が下されるよう、王都のコーディアス大公に報告書を送る。

「アーク様、それではよろしくお願いいたします」

「できれば一緒に冬営したかったのだがな」

名残惜しげに言うソシエール公爵に、グリムワルドが笑って言う。

「リシャールだけだと、どうも後方支援のテンポが悪くていけねえ。アークがあっちにいた方が、何かとうまく事が運びそうだからな」

「そうそう」

ジェットも頷く。

「前線で敵が来た時の悪知恵は、ウチの隊長(=ラウンデル)がいれば十分足りるから」

リーシェはソシエール公爵の手を取る。

「リシャールと姫殿下に宜しくお伝えください。我々はここで冬営致します」

「マリエル殿や、フェリア殿に何か」

リーシェは一言だけ言う。

「身体に気を付けて、元気な子を無事に生んでくれ、と」

「俺も同じだ。義父上にも宜しく頼むぜ」

ソシエール公爵は頷くと、

「そうそう、リリーにもな」

と、リーシェに言う。リーシェは苦笑して頷いた。

エルフィア軍はファルカバードとオストブルクにそれぞれ三千、六千を置き、他の小都市には五百程を置いた防御線を張っていた。ファルカバードには聖十字教国(クルーセイド)宮殿騎士(テンプルナイト)であるフィッツジェラルド子爵サイモンが、司祭クラスの聖職者二名を引き連れて入り、ファルカバードに新しく設定されるイェレンス司教区の新たな司教の到着まで司教職を代行することになっていた。また、エルフの騎士タズリウムもファルカバードに入り、剣聖ソルフィーは引き続きオストブルクに留まり、ウィルクス軍ににらみを利かせていた。

オストブルクには、東方の指揮権の一切を王から任されたリーシェ、そしてグリムワルド、ヴェスタール、ラウンデル、ドナン、ジェット、そして近衛騎士団の生き残り二百六十名強、東方騎士団、傭兵隊、各地から集められた騎士や兵合計六千が駐留していたが、その六千をリーシェは再編成することにした。

ヴェスタールが溜息をつく。

「やれやれ、この寒空の下、またアレをやるのかと思うと溜息しか出ませんな」

グリムワルドは笑う。

「そう言うな、ヴェスタール。…俺たちが後々楽をするためじゃねえか」

「そうそう」

ジェットも言う。

「今回は、俺たちも手伝うからさ」

試験管を務める騎士は、リーシェを筆頭に、グリムワルド・ヴェスタール・ジェットの各隊長、そして隊長格のジェットをはじめとする五名、ラウンデル、ソルフィーの十一名。一日に一人が五十名ノルマで、十日に一度休み番。遅くても二週間あれば終了する、という目星を立てていた。

六千のうち最上位の者は近衛騎士に。そして、それに準ずる者を東方騎士団の幹部としてオストブルク及びファルカバードへ。また、傭兵や地方の守備兵であっても、腕と人物次第で騎士に取りたてられたり、D・Sなど給与のいい傭兵団への転属、更には王都で護衛士になる道などが開かれていた。既に再編成時の武術試験(見極め)の話は兵たちの間で広まっており、順次試験は進められていった。

ちらちらと小雪が舞う中、市庁舎の前の一角に設けられた闘場―――今回は十に区切られたため、一つ一つは先回ほど広くないが―――では、今日も朝から挑戦者たちの鋭い掛け声が響いていた。午前中の寒さの中にも関わらず、市庁舎の前の広場は、五百人にもなる受験者たちと、その倍の数にもなる、防寒着を着込んだ見物人でいっぱいであった。


クリスティンは試験官に正対する。

目の前には彼女が畏敬し憧れている、長身の騎士。

ヴィシリエン最強の武人のひとりである、リーシェの姿があった。

彼からは、まるで殺気を感じない。

先程から彼女が闘場の下で見ていた通り、誰が幾度斬りかかっても、彼は僅かな体捌きだけでその攻撃を全て躱し、剣を抜きもせずに掌底や小さな蹴り、そして当身などで挑戦者たちを全て石畳の上に這いつくばらせていた。今のところ今日は、リーシェの闘場からは一人の近衛騎士も出ていない。

籤を引いて自分の上がる闘場の試験官がリーシェその人であることをクリスティンが知ったのは、一昨日のことであった。アルキュイでそれを仲間に告げた時、仲間たちはみな一様に同情した。運が悪い、と。先の試験の時に、最も合格者が少なかったのがリーシェの闘場であることは、既に広く知られていた。しかし、彼女はそうは思っていなかった。リーシェの闘場から合格したメンバーの中に、リーシェが深く信頼し、小隊長を任せているランスロットや、才能を認め留学させているベルンハルトといった優秀な人材が出ていることを知っていたからである。

あの方の、リーシェ様のお側で戦いたい。

そう、アルマノック男爵夫人(バロネス)のように。

しかし、自分の腕がそれに足るものであるだろうか。

クリスティンはそれだけを考えていた。そして結論に至った。

足りなければ、それまでだ。兎に角、この勝負に全てをかけるのみ。

「傭兵隊、D・S所属…クリスティン・リード、参ります」

彼女はそう言い放ち、愛剣を抜く。

剣を信じること。

そして、剣の精霊を信じること。

絶対に、相手を斬る。その気合が大切。

そう、あの方はおっしゃった。

私の技が、あの方に通じるはずなどない。あの方こそ、ヴィシリエン最強の武人、最強の騎士。

でも、願わくば、せめて剣を交えたい―――

そのためには、私自身が彼にとって、名高い「蒼の剣」を抜いて対するに値する相手だ、と認めてもらう必要がある。

クリスティンの身体に、気が充ちる。見物人から嘆息が起こった。彼女の剣が、白銀の光に包まれる。

気合を一声上げて、彼女はリーシェに斬りかかった。

リーシェは半歩身を引き、彼女の第一撃を躱す。しかし、クリスティンはそれを予想していたかのように、第一撃を超える速さで剣を右に引き戻す。剣は正確に、リーシェの左胴に吸い込まれた。

しかし、そこにあった筈のリーシェの身体に、剣が当たったように見えた瞬間、それは幻のように虚空に溶けて消えた。クリスティンは間合いを取る。

さっきまでの位置から、一歩半離れた場所に、リーシェが立っていた。彼の纏っていた上衣(サーコート)に、一筋切れ目が刻まれていた。

リーシェは穏やかな微笑みを浮かべている。

「―――よく、鍛えたね」

そう言うと、リーシェは腰の長剣と背の大剣に手をかける。

あの方に認められた。

剣を抜いて対する対象であると、認められた。

クリスティンの全身を、震えるような歓喜が駆け抜けた。

「―――おいで」

リーシェは剣を構える。まだまったく殺気は感じない。

次は―――彼の剣気を見たい!

クリスティンはあらん限りの気合を剣に込める。

私に力を貸して。剣の精霊、お願い―――!

「いやあああ!」

クリスティンは五歩の間合いから、剣を素早く三度振る。

衝撃斬(ソニック・ブレイド)

しかしリーシェはその全てを、緩やかに舞うようにして剣で全て受け流す。

やはり遠くから衝撃斬(ソニック・ブレイド)を何度撃っても、通じない。

私の全てを、この剣に預ける―――その覚悟がないと!

クリスティンは剣を八双に構える。

その構えを見たリーシェが、初めて剣気を解放する。

「―――皆、見物人は五歩ずつ下がってくれ」

そう言うと、リーシェは剣気を解放する。

クリスティンの全身を、天が落ちてきたかと思うほどの重圧が襲う。闘場の周囲にいた見物人たちが、次々とその場にうずくまり、動けなくなっていく。

まるで、深い海の底に引きずり込まれたかのような重圧。自分がこの剣にあらん限りの気を込めて、ここにあるということを主張しなければ、自己の存在すら危うい。クリスティンの全身を、恐怖が包んだ。

でも、ここで押しつぶされるわけにはいかない。

あの方は剣を抜き、あまつさえその剣気の一部をお見せくださった。

今度は、私の番!

クリスティンは剣に気を込める。剣が銀色の炎を噴き上げる。

「たあああっ!」

大上段から、彼女はリーシェに斬りつける。ズシン…と地響きがし、僅かに闘場が揺れる。


闘場の中央から市庁舎側の端に向けて、一筋の地割れが穿たれていた。

クリスティンは言葉を失い、前のめりに闘場に倒れる。その身体が闘場に落ちる前に、両刀を鞘に収めたリーシェが彼女を抱き支えてやっていた。

「―――閣下…?」

リーシェは微笑むと、闘場の外で眺めていたラウンデルに言う。

「ありがとうございます、師兄」

「俺の力ではない。―――彼女が自ら修行した成果だ」

リーシェは彼女を闘場に立たせ、剣を拾って彼女に渡す。

「クリスティン・リード」

「はい」

「近衛騎士たることを望むか?」

「はい」

リーシェはクリスティンに跪くように言う。跪いたクリスティンに、リーシェは腰の長剣を抜くと、剣の平身で軽くその首を叩く。

「あなたは今日から、リューク十五朝エルフィア王国の近衛騎士だ。この私、エルフィア王国近衛騎士団騎士団長代理、武術指南役、兼第一中隊長、エッシェントゥルフ侯爵リーシェがあなた、クリスティン・リードを、本日この場で近衛騎士に叙任する」

「謹んでお受けいたします、閣下」

見物人からわっと大歓声が起こった。全体の中でも初めての「近衛騎士」への叙任である。闘場を降りたクリスティンに、マイアとイレーネが駆け寄る。

「おめでとうクリスティン!」

「やったな、すごいじゃねえか」

クリスティンは二人に抱き付いてわっと大泣きする。その様子を微笑みながら暫く眺めていたリーシェは、再び闘場の中央に進む。

「―――次の方、参られよ」



夕方五時―――

三番街、アルキュイ


その晩のアルキュイは、騎士や傭兵でごった返していた。大入り満員もいいところである。D・Sから、騎士や各地の守備隊の士官、更には近衛騎士に取りたてられた者達が集まり、祝いの宴を行っていたこともあるが、ラウンデルやグリムワルド、ジェットにヴェスタール、リーシェ、ソルフィーといった試験官たちがアルキュイに集まったことが騒ぎを大きくしていた。

宴の輪の中心には、新たに近衛騎士に任じられたクリスティンの姿があった。

「しかし、驚いたもんだ」

グリムワルドはいつものようにジョッキで赤ワインを飲みながら言う。

「いきなりこんな腕の子が出てくるなんてなあ」

ラウンデルは笑って言う。

「―――正直、剣の力が大きいだろうな」

リーシェは満足そうにいう。

「たとえそうだとしても、短期間にあれだけ剣を使いこなした彼女の努力は、評価に値する。断言してもいい、彼女がその剣の力を全て引き出すことができれば、剣で僕や先生と互角に渡り合うことができるはずだ」

「そこまでの剣ですか」

ヴェスタールがリーシェに尋ねる。リーシェは頷く。

「アタシも、頑張らなきゃ。クリスと一緒に、王都に行くために!」

「その意気その意気!」

イレーネとマイアが気炎を上げる。ジェットは笑って言う。

「お前達の試験官は、誰だ?」

「アタシは、ロストク伯爵」

「クレーメル男爵」

「ではイレーネ殿は私と、マイア殿はジェット殿か。」

ラウンデルは苦笑する。

「やれやれ、誰を引いても、さして楽にはならない様だな」

そう言って、ラウンデルはイレーネとマイアに言う。

「今回の試験官は、その多くが近衛騎士団の中隊長クラスだ。ランスロットやギュンターは多少楽かもしれんが、それでも各国の宮殿騎士と比べて全くひけをとらないだろう。心してかかれよ、二人共」

グリムワルドはジョッキのワインをもう一口飲むと、目の前の鶏肉を一口噛みちぎる。

「この娘たちが全員合格したら、近衛騎士団は華やかになるな」

ラウンデルはグリムワルドを窘めるように言う。

「華やかなだけじゃ、意味がないだろう、熊公爵閣下」

「そりゃあ、確かにそうだが…」

リーシェは席を立ち、ミシェルが待つカウンターに歩み寄る。ミシェルは嬉しそうにリーシェにリュートを渡す。リーシェはポロポロ…と静かに旋律を奏でながら言う。

「ラウンデル師兄の言う通り。…たとえ敵がとんでもない豪傑でも、我々の後に無防備な民がいれば、戦わねばならない。美しいだけじゃ、全く意味がないんだ」

「フェリア殿―――お前の奥方様は、お前の剣を『美しい』と言った」

グリムワルドは真顔で言う。

「俺も正直そう思う。人間の振るう剣だけじゃねえ、悪魔の爪…恐らくは、(ドラゴン)の一撃でも、お前はきっと舞うように受け流してしまうんだろう」

リーシェは微笑を湛えた穏やかな表情でグリムワルドを見る。

「この上、まだ強さを求めるのか」

リーシェはポロポロ…と静かな旋律を奏でながら、グリムワルドに言う。

「グリムワルド、強さって何だと思う」

唐突な問いに、グリムワルドは答えに窮する。

「何だろう…そう言われてみると、分かんねえ」

ジェットが答える。

「膂力や、速さじゃねえのか」

グリムワルドは首を横に振る。

「それが強さなら、俺はもう何十回もリーシェを負かしてるはずだ」

「違うってのか」

「力やスピードは、強さの一つの要素でしかねえ、ってことだ」

グリムワルドは一口ワインを飲むと、また考える。

「―――技術。技…それも重要な強さの要素だろう」

「確かにな」

ジェットもグリムワルドに頷く。

「それで全部かい」

リーシェは微笑みながらポロポロ…と旋律を奏でる。うーん…と唸るグリムワルド。

ラウンデルが笑ってグリムワルドに言う。

「当然だが、知識や賢さも強さの要素だ。どんなに力が強く、技が優秀でも、頭がカラッポな相手なら、俺は互角以上に戦えるぞ」

「隊長は悪知恵働きますからねぇ」

ジェットが揶揄するように言う。ヴェスタールが頷く。

「一軍の将や参謀なら、敵の考えを読み、自分の策は読ませない。そうした将に率いられる軍は、『強い』。そうですね」

リーシェは頷く。

「もうないかな?」

「―――運の強さ…違いますか、リーシェ様」

クリスティンがリーシェに言う。リーシェはにっこりほほ笑んで頷く。リーシェの隣に座ったソルフィーが、よく気付いたな、とクリスティンを褒める。

「まだあるぞ、皆よく考えよ」

ソルフィーはバレスティア産の白ワインをあおると、新たな答えを待った。持久力、我慢強さ、冷静さ、…様々な答えがあちこちから上がる。その全てに、リーシェとソルフィーは正解、と告げる。

「俺はなんだか、分かったように感じる」

「どうした、グリムワルド」

「―――こうして考えることの全てが、強さに繋がっている。そうだな」

ソルフィーは頷く。

「他には、信仰―――暗黒を信じるのも、聖十字教の神を信じるのもそうじゃが―――更に、経済力や政治力なども、『強さ』に繋がっている」

「結局のところ、全てを高めないといけねえ、そうだろう」

リーシェは頷く。彼はリュートの手を止めて、言う。

「何の為に戦うのか、も大切なんだ。―――妻や、生まれてくる子供、そして自領の多くの民、部下の為———エルフィア東方の人々の為———彼らが苦しんだり、泣いたりせずに暮らせるように」

「じゃ、私の為にも戦ってくれているのね?」

ミシェルは嬉しそうに言う。

「そうだね」

リーシェは笑って頷く。喜ぶミシェルに、茶化すようにグリムワルドが言う。

「勿論、シェーラやスィスティア、エミリアたちの為にもだがな」

「ひどい、グリムワルドったら!」

ふくれっ面になるミシェルに、一同大笑いする。

「―――僕もその答えを、探し続けているんだ、グリムワルド」

「リーシェでも、分からないのか」

リーシェは頷くと、グラスを傾ける。

「多分、一生かけて追い求めるんだと思う」

ランスロットが言う。

「私も、閣下の背中を追い続けてまいります」

リーシェはランスロットに頷くと、軽くグラスを上げる。



一月…

王都ヴィサン―――


年が明けた。例年なら王宮で大きな新年の宴が催されるところであるが、多くの兵が東部辺境に出陣している最中である為、新年の宴はつつましやかなものであった。前年同様、リリーは宮中の王の御前でリュートを奏で歌を歌い、拍手と金貨の雨を浴びることになった。エルフィアの次代を担う若い近衛騎士のほとんどが東方に出陣していたが、そのうちソシエール公爵が東方の戦況の報告、およびリーシェからの論功行賞に関する書簡を携えて無事に帰還したことで、王都の新年の雰囲気は非常に明るくなった。ブラウエンブルクで過ごしているリーシェの妻フェリアは王都にいなかったが、グリムワルドの妻マリエル公妃、そしてアルマノック男爵夫人は、大きなお腹を抱えながらソシエール公爵の語る東方の騎士達の武勲を喜んで聴いていた。

「アンヴィル枢機卿猊下には、聖都でよくしていただきましたわ」

マリエルが懐かしそうに言うと、ラーリアが思い出したようにふくれっ面になる。

「そう言えば、あの時二日酔いで、シュニッツェル食べそこなったっけ…。マリエルとグリムワルドばっかり、ずるい」

「青い顔して寝てた君が悪いのだろう」

「しょうがないじゃない。飲まなきゃやってられなかったんだもん」

ラーリアの愚痴に、サロンの客が大笑いする。

「沢山の勲、ぜひ武勲詩(ジュスト)にして歌いたいですわ」

リリーの言葉に、王が頷く。

「おお、是非そうしてくれ。余と王妃も必ずそなたの店に行くぞ」

セギエ侯爵が言う。

「しかし、誠に素晴らしい騎士達ですな、陛下」

「それよ、財務卿」

王は頷く。そして、側の宮宰コーディアス大公を顧みる。

「余には、何を持って彼らに報いればよいか分からぬ」

「誠でございます。リーシェ殿の論功行賞についての書簡、その通りで宜しいと考えておりますが、陛下はいかがお考えで」

「リーシェ本人に対して、何もしない訳には行くまい」

ソシエール公爵は笑って言う。

「正式に、近衛騎士団の団長に任じ、指揮杖を与えましょう。凱旋式でも行えば、格好はつきます」

「名誉のみで、ということか」

「御意」

ソシエール公爵は自信ありげに言う。

「剣聖殿やタズリウム殿がどの様な反応を示すかは分かりませんが、『この国に仕えよ』という提案よりは受け入れていただき易いと愚考致します」

「こういう所は、頼りになるのよね」

ラーリアが満足そうに言う。成程、そちの申し様、その通りじゃ。と、王は頷いた。

「であれば、一連の戦が落ち着いた時点で、指南役殿の帰還を待って盛大に行いましょう。」

セギエ侯爵が言う。

「恐らく、指南役殿は、此度の戦が長引くと読んでおいでなのでしょう。だから、自分のことは後回しにされたのです。武勲をあげた部下に対しては、一日も早く恩賞を下し、既に大身の将校達があげた武勲に関しては恩賞が過重にならないようにご配慮下さったものと思います」

リリーがセギエ侯爵の言葉に、目を閉じて俯き、小さく頷く。彼女がその胸のうちに、誰の姿を浮かべているか、サロンにいた人々は皆理解していた。

「…ですから陛下、何の心配も要りません。私がこちらで、彼らが冬営するのに不自由のないような後方支援のお手伝いをいたします。殿下、後方支援の何たるかを学んでいただきますので、早速明日から私と共にお働きいただきますぞ」

ソシエール公爵はリシャールに言う。

「心強い、こちらこそよろしくお願いいたします」

コーディアス大公は頷く。

「一軍の将たるもの、兵站の大切さを学ばねばならぬ。丁度良い機会じゃ、エルフィアの皇太子は前線での武者働きしかできぬ猪だ、などと言われぬように、しっかり励まれませ」

「全力を尽くします」

実父の叱咤激励に、リシャールは力強く頷いた。シャルロット姫は彼との子が宿ったお腹を撫でながら、頼もしそうにリシャールの横顔を眺めていた。


王妃のサロン…


十人程の女性たちが、王妃のサロンに集まり、談笑していた。侍女頭のユージェニーが、温かいミルクティーを一人一人の前に差し出す。ラーリアは大きなお腹を気遣いながら、カップを手にして一口。

「ああ、美味しいわ。ありがとう、ユージェニー」

ユージェニーはラーリア、シャルロット姫、マリエルの三人に言う。

「春には皆様、お母様になられるのですね。うらやましいですわ」

王妃はユージェニーに言う。

「ユージェニー、貴方にもテオドールがいるではありませんか」

「私はまだまだ結婚いたしませんわ」

シャルロット姫はユージェニーに言う。

「あなたも一度、テオドールが働いているところを見るといいわ、ユージェニー」

ユージェニーはシャルロット姫の言葉に意外そうな顔をする。

「テオドールが、働く?いつも遊び歩いてばかりかと―――」

シャルロット姫は溜息をつく。

「アブキール侯爵様が、テオドールにリシャールとソシエール公爵の手助けをしてはどうか、と勧めたのよ。リシャールが言っていたわ、テオドールはとても頼りになる、と」

ラーリアは感心したように言う。

「リシャールは後方支援って、初めてでしょうからね。アーク(うちのひと)に話してみるわ、ユージェニーにテオドールの働きぶりを、こっそり見せてあげて、って」

王妃はミューゲにも言う。

「グラナガンは、もう大蔵卿の片腕ですものね、働きぶりはミューゲがよく知っているでしょう」

「実際の細かい仕事は、優秀な官僚がしてくれていますので―――」

ミューゲははにかんで言う。彼女は来年の六月に、グラナガンと結婚することが決まっている。グラナガンは精力的に彼女の父セギエ侯爵の手助けをし、エルフィア王国の次代を担う一人として評価されていた。

「ユージェニー、男爵様(テオドール)がお仕事に打ち込んでいる様を、一度御覧なさい。きっとあなたは、彼に惚れ直す筈よ」

パリス侯爵夫人は、娘ユージェニーに諭すように言う。リュッツェン子爵婦人もそれに頷いた。

「そうですわ、侯爵夫人様がおっしゃる通り。自分の務めを、必死で果たそうとしている殿方の姿ほど、素敵なものはございませんものね」

「本当にそうかしら…」

ニコニコと愛らしい微笑みを浮かべながら、マリエルが言う。

「そうすべきだと思いますわ、ユージェニー様。他の妙齢のお嬢様がどなたか、お仕事に打ち込んでいるエセック男爵様を見初める前に」

ユージェニーはマリエルの言葉に、ぎくり…とする。

「―――そんなこと、あるかしら…」

マリエルは黙ってニコニコしながらユージェニーを見つめる。王妃は感心したようにマリエルを見る。

「本当に、マリエルは人の心をよく理解していること。ラーリア、アルクタスにお願いしておいてね。テオドールに他の娘が言い寄る前に、ユージェニーが彼の仕事ぶりを覗き見できるように」

「お安い御用ですわ、王妃様」


その頃―――

宮中の一室、財務関連や糧秣関連の官僚たちが仕事をする政庁の一角に、ソシエール公爵が設置した東方遠征軍後方支援のための官僚を集めた特別室では、中央の大机の前に陣取ったソシエール公爵が矢継ぎ早に官僚たちに指示を飛ばし、テオドールは命令を文書化したり、何処に何時どれだけの物資や兵を動かしたか、また動かす予定かを一覧にしてソシエール公爵に渡す。リシャールは一段高い席から全体を俯瞰し、ソシエール公爵がどのような考えで物資を動かしているかを時折ノートに書き込んでいる。今も、ソシエール公爵からの指令でテオドールが官僚に命令を下しているところであった。

「とにかく、魔法銀の武具の買い付けに金が必要だ。…一万五千?話にならん。向こうの言い値でやってどうする!王都の金属商を誰か顧問として連れて行け。素人が相手しても足元を見られるぞ」

テオドールは何人か金属や武器を扱う商人の名を挙げ、官僚たちに命じる。

「デルフィナの魔法銀は、可能な限りエルフィアが取るのだ。ファルカバードで加工しきれない物は、エルフィア国内のギルドに回せ。輸送費はきちんと乗せるんだぞ。…そうだな、冬であることを考慮する必要はあるだろう」

テオドールが官僚と話しているのを聞きながら、ソシエール公爵は振り向かずに言う。

「テオドール、輸送費は一旦見積もらせろ。なるべく近場―――そう、エレバンあたりのギルドで何とかできないか」

「承知いたしました、見積もらせます」

一人の官僚が、部屋に駆け込んで来る。

「ソシエール公爵閣下、お言いつけの通り、王都や周辺の諸都市の貧民街から人足や下女、小姓たちを雇い、支度をさせて東方へ送る手配をいたしました」

「何名程になる」

「人足として千名、女が三百程、小姓が同じだけ集まりました」

「食料や衣料品が不自由ないようにしろ。土木工事、資材の運搬、冬営での飯炊きや洗濯など、仕事は唸るほどある。あちらには兵はいても下男や下女は足りん。兵にそうした仕事をさせるわけにはいかん」

テオドールは感心したように言う。

「閣下は、十五朝一の知恵者と伺いましたが、それが嘘でないことがよく分かりました。本当に凄い」

「こんなのは当たり前のことだ。今のエルフィアに、乞食をさせておくような余裕はない、とにかく東方に人を送って働かせないと」

リシャールが言う。

「物資の輸送手段は、大丈夫ですか」

ソシエール公爵は頭をかきむしる。

「…馬が足りない。それも、物資の輸送に使える屈強な馬が。だが、農耕馬を無理に引き抜くことは出来ん」

「希望制で、農家から馬を集めては?税制で優遇するとか、実際に金を与えるなどしては」

「そのアイディア、頂く」

テオドールの言葉に、ソシエール公爵はサラサラ…と書類の草稿を書きあげる。彼は大蔵卿から派遣された官僚を一人呼ぶと、

「これをセギエ卿にご覧いただき、御裁可いただけるかどうか確認しろ。もしOKならば、即刻陛下の御璽を頂き、東方の農家に触れを出せ」

「かしこまりました」

テオドールは官僚たちに交じって、いくつも書類を起こしたり、ソシエール公の指示で官僚を動かしたり、わき目もふらずに働いている。

二十分もしないうちに、グラナガンが部屋に入ってくる。

「テオドール」

「おお、グラナガン、セギエ侯は何と」

「税を減免する形なら、よいとのことだぞ」

テオドールは会心の笑みを浮かべた。

「早速、東方の直轄領から手掛けましょう」

「そうだな、任せるぞテオドール」

テオドールはすぐに机に向かい、ペンを走らせる。メイド達が、水の入ったコップを置いていく。テオドールはメイドにありがとう、と一言いうと、すぐに仕事に戻る。

「まるで戦場の様。皆様必死ね」

部屋から出て来たメイドが、外にいた仲間に言う。

「紛れもなく、この国を支える頭脳…そう感じたわ」

「優秀な殿方って、素敵ね」

若いメイド達が楽しげにお喋りしているところを、ユージェニーは横目で見ながら、部屋の中を覗き見る。朝からの仕事がようやく一段落した様で、どうやら少し早い昼食休憩を取るようであった。午後一時に、というソシエール公爵の声で、男たちは席を立つ。

「テオドール、飯にしよう」

ソシエール公爵が言う。はい、と返事をして、テオドールは席を立つ。仕事が順調であることが、彼の表情を明るく輝かせていた。

「グラナガン、助かった」

「いやいや、私は財務卿に話を持っていっただけだ。さ、食事に行こう」

二人は扉の方に歩いて来た。慌ててユージェニーは柱の陰に隠れる。

「ソシエール公はやはり凄いな」

「ああ。何度一緒に仕事しても、驚くことばかりだ」

「指南役殿や東方で戦う同胞達の役に立つことができることは嬉しい限りだよ」

「そうだな、テオドール。これが私達の戦場、というわけだ」

二人の貴公子達は談笑しながら宮殿を出て行った。

ユージェニーは暫くの間、そこで二人の後ろ姿を見送っていた。

「どうかな、ご感想は」

ユージェニーは不意に後ろから声をかけられ、驚いて振り向く。

「ソシエール公爵様」

「済まぬ、驚かせてしまったかな」

彼は笑ってユージェニーに言う。

「ああして見てみると、テオドールもグラナガンも、まだまだ甘さはあるものの、エルフィアの次代を担う良き人材だ。そうは思わないか、ユージェニー」

「ええ。…私の前で見せる姿とは、かなり違います」

ユージェニーは複雑な表情を浮かべる。

「空気が読めない、とか、血の気が多い、とか…未熟な点ばかりが、見えていたかな?」

ソシエール公爵の言葉に、ユージェニーは項垂れる。責めているんじゃない、と公爵は言う。

「彼が、ただの貴族のお坊っちゃまだ、という考えは、捨ててかかった方がよさそうだ。そうだろう、ユージェニー」

「…私、間違ってましたわ」

ユージェニーは悲しそうな顔をする。ソシエール公爵はにっこり笑う。

「間違っていた、と分かったことは、大きな収穫だ。…改めればいい。それだけのことだよ、ユージェニー」

ユージェニーは公爵の顔をまっすぐに見て言う。

「私も、私ができることをやります。全力で。ありがとうございました」

「彼に何か、伝えようか?」

ソシエールの言葉に、ユージェニーは首を横に振る。」

「ありがとうございます。でも結構ですわ、閣下。自分の口で、ちゃんと伝えます」

「そうだな、そうでなくては。」


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