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蒼の剣士 ~ fantasy ~  作者: 紅の豚丼
13/54

謀反

(13)


五月初旬

エルフィア王国、王都ヴィサン―――


王都での政情の変化、近衛騎士団の再編、宗家の急速な強大化に対し、不満を持つ一部諸侯が、王都の北西、オルセール公爵領に軍勢を集結させ、王都に攻め上らんとしている。…という情報がようやくリーシェのもとにもたらされたのは、既に五月に入ってからであった。

「やっとか。それにしてもだいぶ手間取っているようだね」

ギュンターは頷く。

「連中、士気がさっぱり上がってねえ様だ。道中の他の諸侯領で、略奪でもするんじゃねえか」

「やりかねないね」

リーシェは暗い顔になる。

「しかし、連中がそれをやってくれれば、やられた諸侯はこちらに付いてくれるはずだ」

「そうだろうな」

「奴らにとっても、これは王位を狙う戦い。ただ勝てばいい、というものではない。関係ない諸侯の領地で、狼藉はできないだろうよ」

グリムワルドが重々しく言う。

「―――最初に奴らが入って来るのは、アルトワ公爵領だろう」

リーシェはグリムワルドに言う。

「訓練は終わったかな、グレスティス男爵」

グリムワルドは頷く。

「連中の軍なら、倍までは問題なく粉砕できるだろう」

リシャールは満足気に言う。

「だいぶ、『男爵』も板についてきたな、グリムワルド」

グリムワルドは笑って答える。

「それが、義父上(アルトワ公)の御為だからな」

「違いない」

その時、屯所に王宮からの呼び出しを伝える小姓がやって来る。

近衛騎士団の中隊長格以上の者は全員、大広間に集まるよう、王直々の命が下ったのであった。


「皆、揃ったな」

宮宰コーディアス大公が、輝く鎧に身を固め、広間に居並ぶ諸侯達や騎士達、そして各護衛士隊の指揮官達を前に言う。

「これより、宗家に仇なす不届者共を討伐するため軍議を行う」

コーディアス大公は、十五朝のうちヴェスティア公、オルセール公、ブルックドルフ侯、ガルニエ伯、エルサール伯、並びに彼らの一族や縁者を中心とした、約一万八千の軍勢が、オルセール公爵領に集結し、王都ヴィサンに攻め上らんとしている、と述べた。

王が玉座を立つ。

「リューク宗家としては、断固これらの家を討ち、以て世を安んじめんと考えておる」

アルトワ公爵が跪く。

「アルトワ公爵家は、陛下の御為に謀反人共と戦うことをお約束いたします」

これまで蒲柳の質を理由に、積極的にリューク宗家に協力することがなかったアルトワ公爵家が、真っ先に宗家への恭順と協力を申し出た。そのことに、居並ぶ諸侯達は驚きを隠せない。

更に公爵は、彼の軍のうち精鋭三千を、娘婿である近衛騎士団第三中隊長、グレスティス男爵グリムワルドに指揮させ、残る三千で自領を固める旨を王に申し出た。

「グレスティス男爵、そなたの武勇に期待するや大である」

王は跪いたグリムワルドに声をかける。グリムワルドは短く、はっ…。と返事をする。

「近衛騎士団のご助力のご恩に奉ずるのは、今を置いてございません」

辺境伯が王の前に跪く。彼は自ら三千を率いて、王都の前に最後の陣を敷き、ヴィサンの盾となることを約束した。

「宗家にお味方下さる皆様、東方は豊作でございました。糧秣はお任せ下さい」

「心強いぞ、辺境伯。じゃが、勝利の暁には、全うな対価は支払わせていただくぞ」

王は辺境伯に答える。

「私めは、五千を率いて敵が寄せて来る街道を押さえます」

宮宰はそう言うと、王の前に跪く。王は全幅の信頼と共に頷く。

「宗家からは、最精鋭二千を出す。指揮は、近衛騎士団長リシャール・コーディアスが取る」

「お任せ下さい」

「全軍の作戦は、武術指南役リーシェ・ロワール・フランシス、そなたに任せる」

リーシェは王の前に跪く。

「敵の全軍を、覆滅してご覧に入れましょう」

そこまでのやり取りを見ていた若い貴族が、王の前に跪く。

「陛下、及ばずながら、私も仲間に入れていただきたく」

「おお、ソシエール侯爵」

宮宰コーディアス大公は物珍しげに言う。

「そなた、何時も政や戦に興味はない、そう言っておったではないか。味方となるは心強いが、どういう風の吹き回しじゃ」

ソシエール侯爵は笑って言う。

「いくつも理由があります。」

彼は万座の貴族たちを前に、話し始めた。

新たな近衛騎士団が組織され、王都への道すがら彼方此方で野盗などのならず者狩りを行い、王都に入って来るや否や、これまで宗家にことあるごとにたてついてきた諸侯の護衛士隊をことごとく狙い撃ちにするようにさんざんに痛めつけ、これでもか…とその武威を示してきたのには、必ず理由があり、誰か筋書きを描いた者がいる筈だ。…そう考えていました。私はそのものが何を狙っているか、考えてみたのです。すると、諸侯たちの不満を増大させ、暴発させて、一網打尽にする。そういうシナリオになっている、と気づいたのです。

私は今回謀反を起こした連中の行動を苦々しく思っておりました。そして、それに対して何ら手が打てない宗家の弱腰に嫌気がさし、これまで政や戦にかかわることを避けてきたのです。

そう言うと、ソシエール侯爵は顔をあげ、王を見上げる。

「ソシエール侯爵家には、私が育てた長弓隊が二千ございます。これを以て、リシャール殿の指揮下に入り、宗家の兵として戦いたく」

「自ら指揮をするわけではないのか」

「私は前線に出るより、軍略をめぐらす方が好きでございますので」

ソシエール侯爵はリーシェを見て、言う。

「これだけの策を、短期間で為した指南役殿の側にいれば、いろいろと面白そうだと思いまして」

リシャールはソシエール侯爵に言う。

「侯爵閣下、お申し出ありがとうございます。不才の身ですが、死力を尽くします。ご助言ください」

「騎士団長閣下、指南役殿、今後よしなにお願いいたします」

リーシェはリシャールに言う。

「侯爵閣下に、近衛騎士団の参謀長になっていただければ、心強いかと」

リシャールは頷く。それを見た王は、ソシエール侯爵に言う。

「近衛騎士団の面々は、謀略に長けた者が少ない。そなたがその智謀を以て助ければ、何倍もの力を発揮することができよう」

「ご下命、謹んでお受けいたします」


近衛騎士団はその全軍をあげて王都を出発する。留守は代わって王都入りする辺境伯の軍勢と、護衛士がつとめる。リーシェはソシエール侯爵の長弓部隊を見て、伯爵に言う。

「…驚きました。私が今まで拝見した長弓隊の中でも、最強かと思います。」

ソシエール侯爵はリーシェに言う。

「やはり、貴方は恐ろしい方だ。私は乗る馬を間違えずに済んだようです」

リーシェは侯爵をじっと見る。

「閣下も、変わったお方ですね」

「よくそう言われます」

ソシエール侯爵はそう言って笑う。

「どのくらい前から、この部隊を?」

三年程前から。侯爵はそう答えた。ちょうどリシャールが東方に左遷された時期と一致する。

「矢がある限り、敵はこの部隊に簡単には近づけますまい」

ソシエール侯爵は首を横に振る。

「貴方は別です。精霊使い(エレメンタラー)ですから」

侯爵は笑って言う。

「一応私も、少しばかり古代語魔法(ルーン)を学びましたので」

リーシェは内心舌をまく。これだけの力を持つ当主が、十五朝にいたのか。そんな驚きが彼を満たした。

「断っておきますが、私はエルフィアの王位には興味はないのです」

「何故、宗家にお力添え下さるのですか」

リーシェの言葉に、ソシエール侯爵は力強く言い切る。

「宗家を中心に、国を強くできそうだ。そう思ったのです」

ソシエール侯爵は、リシャールが王位につくことが国を安定させることになるだろう、と言った。

「女王夫君、ではダメなのです。有事の際に、国王が最前線に立つ気合を見せねば」

リーシェは頷く。

「恐らく、シャルロット姫殿下も、それをお望みでしょう。」

「宮宰閣下は、なかなか首を縦に振らないと思います」

リーシェは侯爵に言う。その言葉に、ソシエール侯爵は身震いする。

「やはり貴方は恐ろしい。どこまでものが見えているのか、底がしれません。でも、だからこそ頼もしくもあるのです。」

リーシェは侯爵に右手を差し出す。侯爵はその手をしっかりと握った。


諸侯連合軍陣営…


大兵力を揃え、諸侯連合軍の士気は上がったか、というと、兵の側では多少なりともプラスに働いた。しかしそれを率いる将の側で士気が上がらなかった。ヴェスティア公爵とオルセール公爵は、日々作戦を話し合っていたが、簡単に宗家の軍勢を打ち破れる策は出てこなかった。とりあえず、現在の全軍で王都に向け、このまま前進を続け、敵の出方を見る。消極的ではあったものの、リスクの少ない戦略であるとは言えた。しかし、一気に王都を叩き宗家に退位を迫る、という雄図の下に集まった諸侯連合軍の動きとしては、いささか消極的に過ぎた。

「皆、どうかしているのではないか!」

ガルニエ伯爵が不満げに言う。

「ガルニエ伯、落ち着かれよ、まだ戦闘も始まっておらぬのに、そう熱くならずともよろしい」

主将格のオルセール公爵が、いきり立つガルニエ伯爵をなだめる。しかし、ガルニエ伯爵の鼻息はおさまらない。

「ブルックドルフ侯爵殿、エルサール伯爵殿、常の威勢はどうなされたのです?!我等十五朝の諸侯が、なぜこのようにゆるゆると行軍せねばならぬのです!こうしている間にも、王党派を名乗る輩は我々を迎え撃つ準備を進めますぞ!」

「狼狽えずともよろしい」

ヴェスティア公爵も落ち着いて諭すように言う。

「連中がたとえ準備をしても、我々の軍勢の方が多い。焦ってばらばらに行軍しては、各個撃破される恐れがある。ガルニエ伯爵、そなたは軍事に明るい故、ご理解いただけよう?」

ヴェスティア公爵の言葉に、ガルニエ伯爵は少しだけ落ち着きを取り戻す。

「それにしても、こちらに正対する敵の軍勢が少ないのが気になる」

ブルックドルフ侯爵は地図上に駒を置きながら言う。

「敵の先鋒は、どうやら近衛騎士団を中心とする、宗家直属の約二千。そして、ソシエール侯爵の軍勢が同じく二千。…その後ろに、宮宰家の五千とアルトワ公爵家の三千。約一万二千しかいない。その少なさが、むしろ不気味だ」

「ブルックドルフ侯爵殿らしくもない…こちらは約二万、踏みつぶして通ればよい。」

エルサール伯爵はブルックドルフ侯爵と視線を交わす。ブルックドルフ侯爵は頷く。

「閣下、ガルニエ伯爵の意気、極めて軒昂にして頼もしいこと限りなく」

「先鋒をお願いし、宗家の狗共にひと泡吹かせていただくのが宜しいかと」

二人は口をそろえてオルセール公爵に言う。持ち上げられたガルニエ伯爵は有頂天になり、オルセール公爵に言う。

「お二人のご推薦、忝く。謹んで先陣を承りたく、お願いを申し上げます」

オルセール公爵は、どうしたものか…と言いたげな顔でヴェスティア公爵の顔を見る。ヴェスティア公爵は頷くと、重々しく口を開く。

「オルセール公、任せてみては如何か。一当たりしてみねばわからぬところもあろう。それに、ガルニエ伯爵の軍勢は三千五百、宗家の軍の二倍まではないが、簡単には後れは取るまい」

「ヴェスティア公も、然様お考えか。よろしい、ガルニエ伯爵、先鋒をお任せいたす」

ガルニエ伯爵の頬は紅潮している。

「先陣は武人の誉れ。必ずや、宗家の軍を打ちのめしてご覧に入れましょう」

ガルニエ伯爵は、配下の軍勢に号令をかける。

「前進して、宗家の直営軍二千を打ち破る!続け!」


オルセール公爵領から、いくつかの小領主たちの領地を過ぎ、十五朝の一つピルスマイヤー伯爵領に入ったガルニエ伯爵の軍は、ピルスマイヤー伯爵に兵力と糧秣の提供を要求した。ピルスマイヤー伯爵がそれを断ると、ガルニエ伯爵はピルスマイヤー伯爵領で略奪を行った。ピルスマイヤー伯爵はガルニエ伯爵軍に抵抗したが、衆寡敵せず一敗地に塗れた。ピルスマイヤー伯爵は歯ぎしりして悔しがった。彼は中立を宣言していたが、それをやめて王党派に身を投じた。

「最初から陛下にお味方致しませんでしたことが身の不明…あたら忠良な民を、苦しめる結果になってしまいましたこと、悔しく存じます」

そう言って嘆いたピルスマイヤー伯爵に、王は慰めの言葉をかけた。ピルスマイヤー伯爵は、宮宰に涙ながらにこう言った。

「ガルニエ伯爵は逸っております。敵の本隊と丸一日以上の距離をおいて進んでおります、これは各個撃破の好機であると見ました。何卒我が領民たちの敵を、取ってやって下さいませ」

コーディアス大公は優しく言う。

「ご心配あるな、ピルスマイヤー伯爵殿。宗家の直属軍は、数こそ二千じゃが、その二千が恐らく私の全軍にも匹敵する強さを持つ。見ておられよ、そなたの無念は彼らが必ず晴らしてくれよう」

「ご令息、近衛騎士団長閣下が」

「愚息のみではない。グレスティス男爵殿、指南役殿をはじめ、近衛騎士団には文字通り一騎当千の勇者たちが揃っておる。おまけにソシエール侯まで、自慢の弓隊を率いて同行しておる。これまでの宗家の直属軍とは、雲泥の差じゃ」

ピルスマイヤー伯爵領での事件を知った周辺諸侯や小領主たちの反応は素早かった。北西方面の各諸侯はそのほとんどが王党派に協力を申し出てきた。それはそのまま、諸侯連合軍の戦略に齟齬が生じたことを示していた。

「ガルニエ伯爵は何を考えておるのだ、愚か者めが!」

オルセール公爵は本陣で激怒した。よりによって中立を宣言した十五朝の諸侯の領地で、略奪などと正気の沙汰ではない。周辺の諸侯を皆、敵に回すようなものである。

「事ここに至っては、長引くほどこちらが不利だ」

「速戦を、考えるしかあるまい」

ブルックドルフ侯爵とエルサール伯爵は、オルセール公爵に言う。

「ガルニエ伯爵の軍との間が、離れすぎております。行軍速度を上げませんと」

「そうだな、丸一日以上離れるのはまずいだろう」

ヴェスティア公爵も頷く。諸侯連合軍の行軍速度は、それまでよりもやや速いものに変わった。

しかしすでにその時、ガルニエ伯爵と近衛騎士団の間で、戦端は開かれていたのである。


ロストク領郊外、メタウルス河畔―――


ヴェスタールは騎兵を百程率いて、宗家軍の先陣にいた。

「隊長殿!」

斥候に出ていた近衛騎士が駆け戻る。隙の無い身のこなし、戦慣れしたきびきびした動き。彼が斥候に送ったのは、彼の中隊で副長格の元D・S隊員、スィンバーン・ラシュフォードであった。

「スィンバーンか。どうであった」

「は、向こうはガルニエ伯が先陣にいるようです。数は三千三百から三千五百の間、こちらが思っているよりも士気が上がっているようです」

「兵に略奪をさせた様だからな」

「ピルスマイヤー伯爵も、お気の毒でしたな」

日和見するからだ、と一人の騎士が吐き捨てるように言う。

「そう言うな」

ヴェスタールはその騎士をなだめる。

「おのが目で我々の力を見ずに、信じることなどできまい。この俺とて、リーシェ殿に殺されかかって初めて分かったのだ」

ヴェスタールは百騎の部下に声をかける。

「弓の準備はいいか。こちらは軽騎兵を以て敵を挑発する。適当なところで怯えたふりをして逃げろ。上手く渓谷の奥まで敵を引きずり込め。訓練の通りにするのだ、いいな」

おう!と皆が声を揃える。

ヴェスタールの号令一下、彼を先頭に百名の騎兵がガルニエ伯爵の軍勢に向かって走り出す。


ガルニエ伯爵は、部下からの報告を受け、先陣に姿を現す。

「何じゃあの小勢は」

ガルニエ伯爵は、やって来る騎兵隊を見て鼻で笑う。

「誰ぞ出て相手してやれ」

ガルニエ伯爵の命令を受け、同程度の騎兵が出陣する。しかし、五分もしないうちにガルニエ伯爵の表情が怒りで真っ赤に染まる。彼が送り出した百程の騎兵は、敵の軽騎兵の弓による攻撃で怯んだところに突撃され、あっという間に蹴散らされてしまっていた。

ヴェスタールは大音声で名乗りを上げる。

「エルフィア王国、近衛騎士団第四中隊長、ロストク男爵ヴェスタール、見参!宗家に仇名す鼠賊、ガルニエ伯爵、覚悟せよ!」

ヴェスタールの号令が響く。

「放てぇ!」

配下の百名が馬上から一斉に弓を放つ。ばらばら、とガルニエ伯爵の周囲の兵が倒れる。

「伯爵閣下、おさがりください!」

伯爵の陣は大混乱に陥る。ヴェスタールは深入りを避け、もう一度一斉射撃をすると、背を向けてもと来た道を退却していく。風のような素早さであった。

「おのれ、小癪な…追え、何をしておる!」

ガルニエ伯爵軍はヴェスタールを追いかける。ヴェスタールは全速力で逃げてはいなかった。彼は後ろを向いたまま、敵との距離を測り、追って来る敵の先頭を引き付ける。

「放て!」

ヴェスタールの命令一下、三度目の一斉射撃が後方に向けて行われる。全力で突進して来たガルニエ伯爵軍の先頭を走る騎士が、射すくめられて馬ごと倒される。そこに後続の部隊が突っ込んだ。ヴェスタールは哄笑する。

「ははは、あのざまをみろ!貴様等の相手など、我々だけで充分だ!」

ガルニエ伯爵は歯ぎしりしながら体制を立て直すと、再び全速力でヴェスタールを追う。

ヴェスタールは再びギリギリまで敵を引き寄せると、百騎で一斉射撃。落馬、混乱。それが三度繰り返された。

「くそっ、くそぉ!奴らは、近衛騎士団でも最弱の第四中隊のはずだぞ、何をしておる!盾を構えんか、盾を!」

今度はやや重装備の騎兵たちが、盾を構えて追って来る。しかし、ヴェスタール達は軽騎兵。ガルニエ伯爵が送り出したのは重騎兵。装備の重さが違い、伯爵が出した重騎兵は程無く馬が疲れ、走れなくなってしまう。

「向こうの将は、頭がおかしいんじゃないか?軽騎兵を重騎兵で追いかける馬鹿が、いるとは思わなかったぞ」

ヴェスタール達はまたもガルニエ伯爵を小馬鹿にし、笑い転げる。

ガルニエ伯爵は既に頭に血がのぼっている。逃げては弓、逃げては罵声を浴びせて来るヴェスタールの部隊を、一時間以上も追い回し、メタウルス川が作り出す渓谷の奥へ奥へと進んでいく。

この渓谷は、ヴィサンのある平地へ抜ける川に沿って街道があり、両側は高さ六メートルから十メートル位の崖になっていた。ヴェスタール達は二列縦隊に隊を編成し、凄まじい速さで渓谷を奥へ奥へと進んでいく。彼の騎馬隊の全速力は、息が上がったガルニエ伯爵の部隊を引き離す。

「ち…逃げ足の速い奴め」

忌々しそうにガルニエ伯爵が言う。後ろから彼の軍勢が、ようやく追いついて来る。この渓谷を抜ければ、ヴィサンまで平地が広がる。ガルニエ伯爵は部隊に更に前進を命じる。

その先鋒で、ガラガラ…!と大音響が響く。ズシン…という地響き。

「何事だ!」

苛立つガルニエ伯爵に、伝令が告げる。

「岩を落とされました、道が塞がり、前進できません!」

「なんだと」

「たっ、退路も断たれました!」

その時、両側の崖の上に、弓を携えた人影が現れる。ガルニエ伯爵のすぐそばに、巨石が落ちて来る。悲鳴と共に、二人の兵が下敷きになり、血漿が飛び散る。

「わっはっは、こんな古風な手に引っかかる奴がいるとはな」

「貴様、グレスティス男爵!」

グリムワルドは崖の上から岩を投げつける。ガルニエ伯爵の軍は、恐慌状態に陥った。

「野郎共、やっちまえ!一人も生かして返すな!」

グリムワルドの声に、第三中隊を中心とした兵と、アルトワ公爵から託された三千の兵が、力任せに岩を投げつける。ガルニエ伯爵の兵は、次から次へと岩の下敷きになっていく。

「岩の攻撃が一段落したら、弓で狙え」

ソシエール侯爵が命を下す。二千の弓兵から、雨のように矢が放たれる。ガルニエ伯爵軍は、既に軍隊の体をなしていなかった。

先頭を塞いでいた大岩が、眩い蒼い光に両断される。

リーシェを先頭に、第一中隊と第四中隊が抜刀して渓谷に斬りこんだ。

「ロストク男爵、ヴェスタール、再び見参!ガルニエ伯爵、覚悟しろ!」

ラーリアも白く輝く愛剣を抜き、次から次へと敵を倒し続けていた。

「歯応えないわね…死になさい、アンタたち!」

リーシェは無人の野を往く如く、前に立ちふさがる兵を腰の長刀で一閃、また一閃…。渓谷は阿鼻叫喚の地獄と化した。宗家軍は、三千五百のガルニエ伯爵軍を、文字通りほぼ最後の一兵まで刻み殺した。生き残ったガルニエ伯爵は、縛り上げられてリシャールの前に連れてこられた。

「ガルニエ伯爵」

憔悴しきった伯爵に、リーシェが言う。

「貴方には、王都に行ってもらう。…ああ、命乞いの為じゃない。陛下にガルニエ伯爵家の取り潰しと、貴方を断頭台に乗せるように、裁きを下していただくためさ。」

リーシェは後ろを振り返って言う。

「ピルスマイヤー伯爵、謀反人の護送を、宜しくお願いいたします」

ピルスマイヤー伯爵は、冷たく言い放った。

「指南役殿、感謝いたします。こやつの断頭台の紐は、私が切ってやりたい」

「それは警吏にお任せ下さい。さ、あまり近寄ると、馬鹿がうつります、ピルスマイヤー伯爵」

ガルニエ伯爵はがっくりとひざをついた。

この、「メタウルス渓谷の戦い」が、宗家軍と諸侯連合軍の緒戦となったが、文字通り諸侯連合軍の大敗北であった。三千五百のガルニエ伯爵軍を、宗家本軍二千、ソシエール長弓隊二千、アルトワ軍三千の計七千で、袋叩きにしたのである。

「やはりこういった話は、広まるのが早いですな、指南役殿」

リーシェは頷く。彼はソシエール侯爵の手腕に満足していた。

侯爵は謀将として一流の力を持っている。それは、彼の負担が少なくて済む、ということを意味していた。

「次に取るべき策ですが」

ソシエール侯爵は皆に地図を見せ、作戦を示す。

リーシェは苦笑して言う。

「悪辣だね」

侯爵は頷く。

「そうですな」

「でも、敵はこれに乗らないわけにいかないだろう」

リシャールは侯爵に言う。

「改めて、侯爵閣下が我々にご助力くださったことに感謝します。貴方を敵に回さなくてよかった」

「私の策など、指南役殿にかかれば読まれてしまうでしょう。あちらの連中は、どうだかわかりませんが」

リーシェは首を横に振る。

「連中が僕の予想より賢ければ、恐らく自領に撤退するだろう。ただし、それは連中の滅亡を先延ばしにするだけでしかない」

グリムワルドも頷く。ジェットがぽつりと言う。

「…滅びの美学、じゃねえだろうけど、多分戦いを挑んで来るよな」

ヴェスタールも頷く。

「ともかく、準備をしましょう。敵はもう渓谷を通っては来ません。迂回してサンダウン街道に出ようとするはずです」

全員が頷く。グリムワルドが席を立つ。

「じゃ、かねてからの作戦通りで」

リシャールは頷き、グリムワルドと握手する。

「幸運を、男爵」

「団長もな」

グリムワルドは三千の兵を率いて、いずこかへ消えていった。

「我々も準備を開始しましょう」

「侯爵閣下のおっしゃる通りだ。行くぞ、みんな」

リシャールも立ち上がる。


サンダウン街道

自治都市マルメディ郊外、諸侯連合軍野営地…


メタウルス渓谷での大敗北の話は、すぐさま諸侯連合軍に伝えられた。隘路に誘い込まれ、倍の兵に包囲殲滅されたガルニエ伯爵は、王都に送られ、即日王によって死刑と家名の断絶、族滅の刑を言い渡され、ピルスマイヤー伯爵の手によってガルニエ伯爵の一族は捕えられ、赤子に至るまで例外なく全て殺された。ガルニエ伯爵の領地は宗家に接収されることになり、論功行賞が行われるまではセギエ侯爵がその管理に当たることとなった。諸侯連合軍は緒戦でその六分の一強を失ったことになる。

「このままでは、済まさん…!」

オルセール公爵は軍議で言う。エルサール伯爵、ブルックドルフ侯爵が頷く。

「伯爵は敵を軽んじる所がございましたからな」

「然様、たった百の軽騎兵の挑発に乗って、あんなに渓谷に踏み込んでは」

ヴェスティア公爵は二人を窘める。

「死者を鞭うつものではない。…我々とて、油断すればそうなるのだ」

「しかしこうなった以上、全軍で動かないと各個撃破されかねません」

「そうだ」

ヴェスティア公爵は頷く。

「敵はまさにそれを狙っておる」

オルセール公爵は溜息をつく。

「…とはいえ、兵の士気は低下しておる…。極めて不利な状況じゃ」

「しかし公、今更退却して自領に引きこもったとして―――」

ヴェスティア公爵の言葉に、オルセール公爵は頷く。

「どこからも援軍は来ぬ。その状況で、果たして宗家軍の攻撃を凌げるか?」

押し黙る一同。皆、ここから自領に引き返してもじり貧になることは理解できていた。

「我々には戦って宗家の本軍を打ち破る以外の選択肢は残されていないのだ」

「オルセール公爵閣下のおっしゃる通りです」

ブルックドルフ侯爵は頷く。

「改めて、私に先陣をお任せ下さい。ただ、通常行軍で進みます。後詰は間隔をあけずにお願いいたします」

「そなたなら、盲進はすまい。エルサール伯爵、そなたが第二陣として続き、敵の攻撃あらば合力せよ」

「お任せ下さい、必ずや侯爵閣下のお力となりましょう」

諸侯連合軍は、そのまま隊列を整えてサンダウン街道を東へ、そののち南へ折れた。さすがに王党派についたといっても、周辺の小領主たちの力で一万五千を超える連合軍と正面から戦うわけにはいかず、守備兵たちは逃げ去った。連合軍は敢えて略奪などの行為は行わず、まっすぐにヴィサンを目指した。


アルトワ公爵領

州都パラディオン郊外

タルソ湖畔…


サンダウン街道はエルフィアの北西、港町ヴェスティスから、ヴィサン近郊のアルトワ公爵領の都、パラディオンの街まで続く主要街道の一つである。諸侯連合軍としては、このアルトワ公爵領の攻略が、まず第一の目標であった。常であればアルトワ公爵が独力で集められる兵は約六千。それだけならば排除することもそう難しくはない。しかし、その二倍半の兵力を擁しながらも、オルセール公爵は決して油断はしていなかった。

「先鋒のブルックドルフ侯爵から伝令です。タルソ湖畔、ここから二時間程の距離に、宗家軍約二千が陣を敷き、我々を待ち構えている様子とのことです」

オルセール公爵は、ヴェスティア公爵と共に周辺の地図を見る。タルソ湖畔はサンダウン街道の他に通れる道がなく、大兵力を以て押し通ることが難しい場所である。そこに最精鋭を入れて守るところなど、誠に以ていやらしい戦い方をする。もっとも、少しでも戦慣れしていれば、兵力で劣る場合に平原での正面衝突などするとは、オルセール公爵自身も思っていなかった。その意味で宗家の軍勢の戦い方、陣の敷き方は、オルセール公爵の想定の範囲内ではあった。

「敵の将は、誰か」

伝令の顔に、緊張が走る。

「どうした、報告しろ」

「宗家の旗に並んで…蒼い矩形旗(バナレット)が翻っております」

ヴェスティア公爵の顔色が変わる。オルセール公爵の顔にも、緊張が走った。

「分かった。ブルックドルフ侯爵には、その場で待機し、迂闊に手を出さぬように伝えよ」

「はっ」

伝令を送り返すと、オルセール公爵はヴェスティア公爵に言う。

「…ついに出てきおったな」

ヴェスティア公爵も頷く。宗家軍最強の使い手、蒼の剣士。メタウルス渓谷での戦いでも、彼の前に立ちふさがった者はことごとく蒼の剣で両断されたという。入口を塞いだ岩を、嘘か誠か、蒼の剣士が両断することで、宗家軍はメタウルス渓谷に斬りこんだ、という話も聞こえてきた。

「一騎打ちは禁じないと」

「当たり前だ」

オルセール公爵はヴェスティア公爵の言葉に頷く。

「誰よりもあの二人が、それをよく知っていようぞ」

オルセール公爵はそう言ったものの心配になり、すぐさま前線に彼の名で伝令を走らせるのであった。


「父上、お願いでございます!」

「ならんっ!!!!ならんといったら、ならんのだ!」

ブルックドルフ侯爵は、息子シェインに大きな雷を落としていた。

たった一人宗家軍の陣前に立ち、リーシェはブルックドルフ侯爵軍に悪罵の限りを尽くした。彼は、ヴィサンのグラン・クール広場で、シェイン率いる百三十名程の護衛士たちが、たった五名のグレスティス男爵たちを相手に大惨敗し、這う這うの体で上屋敷へ逃げ帰った話を、喜劇仕立てにして朗々と歌って聞かせたのであった。本職の吟遊詩人もかくや、というリーシェの歌語りは、宗家の軍勢には大爆笑と喝采を巻き起こし、ブルックドルフ侯爵軍には恥辱と爆発寸前の怒りを植え付けることに成功していた。特に当事者のシェインは、顔を怒りと恥辱で真っ赤に染めながら、父親に懇願する。

「お願いでございます、父上、あの物との一騎打ちを、何卒―――」

「何度言ったらわかるのだ!」

ブルックドルフ侯爵は息子を指揮杖で打ち据える。

「貴様ごときが、グランドマスターであるあやつを、倒せるはずがあるまい!…東方で恐れられている、ウィルクスのアルファナイツの長、彼のマウ・ルフ・ロディールですら、蒼の剣士リーシェ・フランシスあり、と聞いて即座に退却したのだぞ」

ブルックドルフ侯爵は言う。

「わが軍に、一騎打ちで奴を倒せるものはおらぬ。であれば相手にせず、そのまま数で押し通る他はない」

ブルックドルフ侯爵の陣営に、エルサール伯爵もやって来る。彼はブルックドルフ侯爵の陣の隣に自軍を丁寧に整列させ、リーシェに対する。

「―――あやつは…」

エルサール伯爵の長子ルイは、前方でブルックドルフ侯爵軍をあてこする歌を歌い続けているリーシェを見て、身震いする。

「おや、今度はエルサール伯爵が出てきたのか。諸侯連合軍も、謀反など起こす割に、人材がいないなあ」

リーシェは、今度はグラン・マルクト広場でのルイ・エルサールとの事件をコミカルに歌う。ルイの顔が、恥辱と怒りで真っ赤に染まる。

「侯爵閣下、不甲斐ない息子で申し訳ない」

「それはこちらとて同じことよ、伯爵殿」

シェインとルイは二人の父親の会話に、意気消沈する。

「どうなさる」

ブルックドルフ侯爵は、オルセール伯爵からの伝令による命令を伝える。

「それが宜しい。向こうから仕掛けてこぬ限り、こちらは安全だ。罵詈雑言は面白くないが、所詮言葉だけだ、相手にしなければいい」

リーシェは一頻り歌い終わると、馬を諸侯連合軍の近くまで進め、更に悪口雑言を浴びせる。

「あの美しい歌姫は、いい女だったよ、ルイ・エルサール。君が百回口説いても、彼女が君に靡くとは思えないけどね。まあ、自分の容姿を鏡で見てから、ちょっと考えれば、見込みがありそうかどうか分かりそうなものだよ。だが、どこの世にも、現実を見ようとしない者たちがいるものさ。エルサール家の御家来衆こそ、いい面の皮だ。誰か一人でも、『若様、無駄でございます。あの娘は若様には靡かぬと存じます』と、言ってやれば良いものを。大体、彼女があの店で、誰の歌を歌うか、聞いてごらんよ。少なくとも、君の歌じゃないねえ、ルイ・エルサール!」

そこまでだった。ルイ・エルサールは、大剣を引っ提げて馬を走らせる。リーシェは一旦距離をとると、背の大刀を抜き、正面からルイ・エルサールを迎え撃つ。

勝負は、たった一太刀で決まった。ルイ・エルサールは、真っ二つにされて馬から落ち、絶命した。リーシェは布切で刀を拭うと、それをルイ・エルサールの亡骸に落とす。布切はルイ・エルサールの顔を覆った。

「他愛もない。…エルサール家には、余程人がいないようだねえ。さ、次行こうか」

リーシェは凍りつくような殺気を放つと、一歩馬を前に進めた。

「放てぇっ!!」

エルサール伯爵の号令とともに、弩弓隊が一斉にリーシェに矢を放つ。空を覆うような矢の雨が、リーシェを襲う。エルサール伯爵は高笑いする。

「愚か者めが、思い知ったか!」

しかし、その矢風がおさまると…中から、無傷のリーシェが馬と共にあらわれた。

「ばっ…馬鹿な、あの数の矢を…!?」

リーシェは風の精霊を操り、自分を狙う全ての矢をあらぬ方向にそらす。

「さてさて、何を思い知ればいい?」

リーシェは剣を構え、突撃を敢行する。エルサール伯爵の軍とブルックドルフ侯爵の軍は、共に先鋒が恐慌状態に陥り、大混乱になる。リーシェは敢えてそこに踏み込まず!左手を上げて合図を送る。

ソシエール伯爵の長弓隊が、一斉に矢を放つ。


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