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九十六話

「先輩の尊厳を守る為に、あえてツッコミは自重させていただきました。まぁ他に特に赤羽とかいう赤髪の先輩は露骨にリアクションしてましたけど、他わたしたち三人おとな組は空気読んでたので、ギリギリな気はしますけど」

「あぁ、うん、まぁ……なんだね」

 なんだか微妙だったが、結局結論は出た。

 次に確認すべきは、ひとつだった。

「あの、堀さんは、その、合コンのとき……輿水菖蒲さんとは、会ったのかな?」

 会いました、というと思った。

 会ってません、といわれると思った。

 そこまで予想して、どちらに転がってもそれは恐怖なのだと理解した。

「先輩が心配しなくても、輿水先輩は存在しますよ」

 気を遣われた、という屈辱のような複雑なような、つまりはなんともいえない感情が胸の中で渦巻いた。釈然としないような、それでも結局答えは出ているような、そんな感覚を抱えたまま、ぼくたちは再び中央に向けて歩き始めた。

 別に確証みたいなものがあったわけじゃない。ただ、他に目印というか、目指すべき対象がみつけられなかっただけともいえた。同じような家が無数に並び、ひとがいない、オレンジ色に照らされたまるで――蜃気楼のような、幻想的な王国。なぜ王国と思ったのか、深雪ちゃんのように街だと思わなかったのか、その違いを、少しづつ理解し始めている気がした。

「……誰も、いませんね」

 ぼそり、ぼそり、と深雪ちゃんは呟いた。彼女にしては珍しいことだった。この以上空間に、さすがに気圧されているのだろうか? それはぼくとしても、都合がよかった。

「いない、ね。これって、やっぱり、そう、わかってても……」

「ひとりでこんな街を作り上げるなんて、どんな気持ちだったんでしょうね?」

 取り留めの無い、それは独り言のようだった。

 それを察した時、ぼくはとても寂しい気持ちになった。誰もいない街を彷徨っているというだけでも十分すぎるほど寂寥とした気分になるというのに、二人並んで歩いてそれぞれが独り言を呟くなんていうのは、もはや寒々しさすら沸き上がるほどのそれは空虚さといえた。

 そんなことを考えているのに気づいたのか深雪ちゃんはこちらに視線をやり、

「……あまり、この雰囲気に呑まれるのもヨロシクないかも知れまセン。ココはひとつ、気分を変えるという意味も込メテ、ふたりでゲームでもしまショウか?」

「ゲーム?」

 その言葉に、ぼくは少し嫌な感じがした。この自称天才少女相手にゲームだなんて、いったいなにをやらされるのだろうか? 素数を延々あげていったり、フェルマーの最終定理の多重解釈をそれぞれにあげていったりといった超高度な難問を要求されたりするのだろうか?

「ハイ、そうデスね、ではしりとりでも。せっかくですからしりとりの、『り』から」

 思わず呆気に、取られてしまった。

「……ぷっ、あハハ」

 そして思わず、吹き出してしまった。

 当然その反応に、ムスッとする自称天才少女。

「……ナンデスカ? 今の深雪のナイス機転と気遣いの、どこに笑うポイントがあったのデスか?」

「いやいや、ゴメンゴメン」

 ぼくはパタパタと手を振って、謝罪の言葉を述べた。

 確かに、彼女の言う通りだった。

「で、えーと……り、り、リス?」

「するめ」

 即時対応してきたのでワオ、と外人みたいなリアクションを取りそうになった。

 さすがだった。

「め……めかぶ」

「ブリッジ」

 まさかの英語だった。

「じ、地獄っ」

 我ながらトンでもない単語を返してしまった。

「く……クイーンっ」

 さすがに相手もこのパターンは考えていなかったようで、少し戸惑いが見て取れた。これはだんだんと、熱い戦いになってきたようだ――

 と、いうか。

「ん……だね」

「――――」

 ぼくの指摘に、彼女はただ黙って無表情でスタスタ前に向かって歩いていた。素晴らしいポーカーフェイスだったが、しかしその握り締めた拳だけは隠せていなかったが。

『――――』

 うん、気マズいね。しかも微妙に怒ってるのが、堪らないね。

 だけど、雰囲気は普段どおりに戻っていた。心に考える余裕が、出来ていた。怖気づいていた心が、落ち着いていた。

 まったく年下に気を遣われるなんて、情けなさ全開な先輩だった。

「……ごめんね、その」

「いえ、気になさらず」

 素っ気無いのが、むしろ彼女の優しさなのかもしれない。

 ぼくは、そう考えていた。素直な感情は、あざといとも、計算だとも捉えられる。彼女のように出来る人間なら、なおさらだ。ひとの世は嫉妬と妬みと、そして欺瞞で出来ている。暗いな、と自分でも思った。だからこそ、本当を見せる人間は選ばなくてはいけない。

 本当を、見せる人間か。

「先輩、」

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