九十四話
少しトリップしたぼくに絶対零度の冷凍光線のような視線を向けてぼくの目を醒まし、深雪ちゃんは手招きしてぼくをその穴まで呼び寄せた。
ソレを見て、ぼくは最初驚きに声を出せなかった。
「すげぇな、これ……」
よく、目を凝らす。そのめくりあげられた地面は、まるで作り物に見えなかった。本当に、土そのものが2メートル四方に切り取られたように錯覚されるほどだった。いわゆる子供の頃にやった落とし穴作りとはまるでまるで次元が違う、特撮映画のCGレベルといってよかった。これだと、普通絶対気づかない。気づけるわけがない。だからこそ逆に、深雪ちゃんが気づいた理由が欠片もわからなかったが――
「なんで深雪ちゃん、わかったの?」
「それを正確に詳細にお話しようとするとだいたい41分36秒ほど掛かりますが、如何がなさいますか?」
一瞬考えたが、しかし結局説明は遠慮しておいた。みな、それぞれの世界というものを固有している。それは他人には理解できない、絶対の空間ともいえる。
無理に理解すべきものでは、ないのかもしれない。
ただ、共鳴できれば、共鳴したければ、すれば――
「? なにやってんですか、行きますよ? 先輩?」
また少し、呆けてしまっていた。二歳年下の女の子に促されて、ぼくはその穴の中に身を投じていった。
知らない時は以前のように、直立の穴が空いているかと思っていた。梯子が立てかけており、そこを伝って降りるのかと。
しかしそこには、階段が設置してあった。土作りの、それは見事な。まるで芸術家のそれは域だった。足を着けるのを、躊躇うほどの。
深雪ちゃんがザク、ザク、と進むのを見て、それに続くことが出来た。深い。すぐに思った。以前のものとは比べ物にならない。数えてみると、すぐに50歩を越えた。これを、個人が? 信じられない心地だった。歩き続けて、しばらくしてG-SHOCKの灯りを点けた。既に10分、歩き続けていた。信じられない。高さでいえば、ビル15階ほどに及ぶのではないのか? いやこの場合は深さというべきか? まるで不思議の国のアリスの気分だった。いったい、いつまで――
「先輩」
ボソっ、という声に、我に返る。
気づけば下方に、踊り場のような空間を発見した。
この長い階段の、終着点なんだろうか?
ぼくはそこに、降り立った。続いて深雪ちゃんも続いた。さすがに新天地に先に立つ勇気は預かっておいた。
そしてぼくは、横の空間に目をやった。
あまりの衝撃に総毛立ち、血の気が引き、頭の中が真っ白になった。
そこには巨大な地下王国が、広がっていた。
「――――」
真っ白な脳裏に、過去の言葉が反復する。
『あの子は、天才よ』
遠くでザク、ザク、という聞きなれた音が聞こえる。
『だけど方向性を、間違えた』
足元には無数の家郡が広がっていた。丸い、スペインだとかそういう国で見かけるようなものが中心だった。遠くには、神殿のようなものが見える。地下だというのに視界が利くのは、あちこちに掲げられている松明の為だった。パッと見ただけで、その面積は軽くちょっとしたドームぐらいあるようだった。
これを、ひとりで?
『才能の、無駄遣いよ』
なぜ?
『たかが兄の為に、そこまでするなんて……』
なんのために?
『わたしは――――』
ノイズ。
そう。あの時は確かに、ぼくの耳にはノイズとしてしか聴き遂げることは出来なかった。しかしその波長が少しづつ、合っていく。彼女の高みに、ぼくのレベルが追いついていく。
意味を、成していく。
彼女は、言っていた。
『わたしは"、椿樹くんに命を貰った仮初の存在なんです"』
凄まじい言葉に、ぼくはフリーズしてただ彼女の言葉を思い出していた。
『"わたしはほんの三秒前に生まれる予定だった彼の魂を吸い上げて、生まれでてしまったのです"』
ぼくは、
『"でもわたしは"、"そんな罪の意識に耐えられませんでした"』
その言葉に、
『"だからわたしは"、"彼の為にすべてを捧げ"、"そして彼とわたしが入れ替わる為にわたしは"、"地球の裏側に――"』
「先輩っ!」
ガクガク、と肩を揺らされた。
それにハッ、として、我に返る。深雪ちゃんの顔が、目の前にアップにだった。それにドギマギする暇も無かった、いつも無表情を装っていた彼女が、なりふり構わず必死だったから。
「ど、どうした、の?」
「先輩こそどうしたんデスか? 顔真っ青デ、汗だらだら流シテ、細かい息を断続的に漏らシテ……普通じゃないじゃないデスかっ!?」
気づけば。
心臓がバクバクと震え、顔中がベッタリと冷たい汗で敷き詰められ、それよってか全身が氷水にでも漬けられたように冷え切っていた。
理由なんて、とっくにわかっていた。
ぼくは――




