八十八話
たぶん3人くらい、ほぼ同時に声をあげたように思う。誰が声をあげて、あげなかったのかわからなかった。
そんなことを理解する暇なんて、まったく無かった。
「お待たせしました」
そこに立つ人物が誰なのか、理解できなかった。きっと理事長が現われるのだと、そう勝手に想像していたのだから。だって理事長が親なのだと、そう言っていた筈なのに。
なのに。
そこに現れたのは、なにをどう見ても――
「お久しぶり、之乃さん」
「久しぶりだな、之乃」
嘘だと思った。
悪夢のようだった。
そこに立っていたのは――
「オ、じ……さん、叔母さん?」
お待たせしました、という声は間違いなく輿水さんのものだったはずだ。それ故ぼくは、彼女の姿を探した。知りたかった、事ここに至った経緯を。
なぜだ?
どういうつもりだ?
どうして――
「いた」
彼女の姿は、少し後ろで三つ指ついて座礼していた。よく、わからない。彼女は天才だといっていた。なのになぜ、彼女は女将のような真似をしているのか? なぜ彼女は、ぼくの――
「どうだ、元気してたか? 大学は、楽しいか? 一人暮らしは、うまくやれてるか?」
「ご飯、食べてる? 痩せたんじゃない? お友達は、出来た? たまには連絡しなさいよ?」
質問責め、いつものように。二人はまったく、変わってはいなかった。まったく変わらず、ぼくの前に立っていた。まったく変わらず以前と同じ瞳で、ぼくを見つめていた。
生温かいというか、まるで蜘蛛に絡めているような居心地の悪さというか、そういうものを感じていた。その理由を、以前のぼくはわからなかった。
だが今のぼくは、すべてを悟ってしまった。思い出してしまった。
だからぼくは、
「――なんで、だ?」
端的な質問は、果たしてふたりに届いたのか。
育ての父親の笑みが――酷薄なものに、変わった気がした。
「なにがだ?」
育ての母親の笑みが――醜悪なものに、変わった気がした。
「なんの話ー? どうしたのかしら、この子は? あ、そういえば今度家族みずしらずで旅行にでもいかない? だーいじょーぶ、おとうさんとおかあさんが之乃くんの分までお代は持つからねーっ」
ゾクっ、と背筋が凍りついたように感じた。
ふたりは、気づいている。ぼくが気づいたことに、気づいている。気づいているうえで、生贄を弄ぶように楽しんでいる。
愉しんでいる。
親を殺され、その軍門に下り、そして何も言えない身代わり羊を。
「――――」
少し前のぼくだったら、なにも言えず、多分以前のように苦笑いして相手の話に合わせていただろう。ガタガタ震えて、青ざめて、その無様さを肴に酒でも呑まれていたことだろう。
ふと、後ろを振り返った。
みんな、既にバラバラの行動を取ってはいなかった。一様に、ぼくの背中を見つめていた。
その視線が、ぼくを守っていた。
その視線が、ぼくの背中を押していた。
ぼくは再び、叔父と叔母に向き合った。
もう心は、決まっていた。
「あの……叔父さん、叔母さん」
「なぁに?」
応えたのは、叔母さんの方だった。叔父さんは、ふんぞり返って腕を組んで、悠然としていた。ぼくはもうそんな二人に、なんの感想をすら抱けなかった。ただ機械的に、言葉を綴った。
「おふたりは、ぼくの両親を…………殺したんですか?」
ここまでストレートに突き付けられるとは、やはり二人は予想していなかったようだ。
叔母さんの方は、まともに動揺を顔に出していた。
「は? ……え、いや、な、なに言ってるのよこの子はァ、困ったものね、どうしたのよ? いったい、なにがあって――」
「殺したんですか?」
ぼくはただ、他に一切余計なことは言わずに同じセリフを繰り返した。
叔母さんは面食らい、二の句を繋げられないようだった。
今までのぼくだったらまず考えられないセリフに、衝撃を受けているようだった。
そんな叔母さんに代わり、叔父さんが腕組みを解いて前に出てきた。
ぼくの目を、睨みつけるように。
睨み殺す、かのように。
「……どういうつもりだ、お前? 今まで育ててやった俺たちに対して……どういうつもりだって聞いてんだッ!!」
この静かな口調から突然激昂するような叱り方に、いつも怯えてきた。叔父が、恐ろしかった。ある種異常なほど。
その理由が、わかった。彼はぼくの、現実としての生殺与奪の権利を持っていたのだ。それをぼくは記憶は封印しながらも本能的に、悟っていたのだ。
ぼくは、一歩前に出た。
「――――」




