八十七話
「ずっと穴を掘っていたのに……最近はすっかり見かけないね。どうしたの? もう、世界の裏側に行けたのかな? それとも、諦めちゃった? もしくはキミの言葉は、実際のソレとは別のナニかなのかな?」
「お、おい、上月……?」
さすがに赤羽が、声を掛けてきた。そして周りも、ザワザワとザワつきだした。やり過ぎなのは、重々承知だった。だけどそんなことに、構っていられる余裕はなかった。
ただ、必死だった。
彼女の心に、届こうと。
彼女のレベルに、追いつこうと。
彼女と、関わろう、と。
「ねぇ、応えてよ? キミは、キミはその、彼とは、その――」
振り返った。唐突に。ソレに心臓が、止まりそうな心地がした。
聞こえたのか、と。
彼女はニッコリと、紫陽花のように微笑んだ。
「着きましたよ。こちらが、皆さんのお部屋になります。しばらくお待ちください。すぐに女将が、ご挨拶に参りますので。では」
そしてしずしずと頭を下げ、輿水さんは下がっていった。それをぼくらはただ見守り、言われたとおりに通された部屋の中に入っていった。そこは和室で、10畳と8畳の部屋が隣接する貧乏大学生には分不相応といえる贅沢な和室だった。
四人で、輿水さんが戻ってくるのを待った。各々が、会話することも無くそれぞれが自由に振る舞っていた。菅原さんはベランダで外を眺めていた。その様子を赤羽がテーブルに着席して、見つめていた。どこかいじらしい。深雪ちゃんは隅っこで、なぜか膝を抱えていた。その傍で嘉島は膝立ちして、庇うように話しかけていた。くそっ、このリア充め。
そしてぼくは居ても立ってもいられず、部屋の中をウロウロしていた。唇を噛んだり、爪を噛んだり、手首を噛んだりして、たまに舌打ちなんかもしながら、あっち見てこっち見て落ち着かなかった。
落ち着かなかった。色々頭がぐるぐるしていた。座ってなんていられなかった。どうにかなりそうだった。
がりっ、と爪を噛んだら、少し血が出た。
「……落ち、つ。すわ……れ」
「ああっ」
やや苛つきながら、言葉に従い畳に腰を下ろした。ドン、と音がした。チッ、と舌打ちした。どうもうまくいかない。これでまた変な気を遣わせてしまうのだろうか?
『――――』
三人とも、別にリアクションすらなかった。各々の作業を続けるだけだった。なんだかそれはそれで、切なかった。菅原さん、せめて貴女だけでも振り返るだけでもして欲しかった。
「…………」
ぼくはまた座ったまま居たたまれなくなって、しかし再度立ちあがるのもバカバカしく、あぐらをかいたまま腕組みして、俯いた。
考え事も、無駄に動かないと意外に心落ち着けることができた。少し、深呼吸してみた。脳まで、酸素が染み込んでいくようだった。周りを、見回してみた。
美しい日本庭園が、窓から広がっていた。
雅な風が、胸を通り心を通過していった。
「落ち、つ……た、か?」
すごい高度な気の遣い方をされていたらしい。申し訳ない、自分以上に空気を読む能力が高いだなんてチート級ともいえるスペックの持ち主だった、少し憧れすら湧きあがり始めていた。
世界は、広がり始めていた。殻が、割れ始めていた。
東京にきた、意味はあった。
ふと、感慨深くなって、赤羽を見た。
気づけば菅原さんからこちらに、視線を変えていた。
照れる。
「な、なんだよ……?」
「や……なんか、おいの名前が聞こえた気がしたけん……」
「いや、お前の名前は、言ってないけど……」
「そ、そか?」
「あ、あぁ」
「ハ、ハハ……」
「ハハハ、ハ……」
「気持ち悪いデス」
最年少からのダメ出しだった。正直自分でもヤバいとは思っていたので、どこかホッとした気分だった。だけどなぜか少しだけ気持ち良かった気がする、うんヤヴァいなオレ。
そしてなぜか座り込んでいた深雪ちゃんは嘉島に支えられながらリア充実全開じゃないなんとか立ちあがり、
「だいじょうぶデス、どうもデス喜一郎……では皆さん、覚悟しておいてくだサイね」
第一声が、意味わからんかった。
「――ハ? いやそれって、どういう意味……」
「皆さんには未だ理解しかねる事実だとは思いますが、大変遺憾ではありますが深雪には天才ゆえに、この事態の異常さが理解出来てしまうのデス」
「どーゆー意味かな、天才少女ちゃん?」
「天才"美"少女デス」
悠々と首だけで振り返る菅原さんに対してすら、深雪ちゃんはいつもの調子を崩さなかった。さすがだ、イケメンとしか言えなかった。
「……天才"美"少女ちゃん、失礼致しました。で、ご教授願えますか?」
「イイデスよ。では本題に。この屋敷は――」
突然。
唐突に。
前触れなく。
扉が、開かれた。
「え」




