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八話

 空笑いしながら、ぼくは一直線に歩き始めた。この場合最大の問題は、階段まで行き着かないと真横のガラス戸の向こうに広がる中庭を、臨むことは出来ないという点だった。それまでお預け、そこに行けばいきなり全貌が露わになる、0からいきなり100だ、急転直下だ、それは精神衛生上よろしくない、人の心は徐々に順応していく性質があり、それは緩やかなら緩やかに、急なら急に対応しながら変わっていかなければならない、なのに0から100、ぼくの心臓は耐えられるだろうか? ビックリして止まったりしないだろうか? どっきどきだった、恋とか愛でもないのに、ただスッキリしたいだけなのに、それが切なかった、本当にしなければならないのか悩んでしまう、今さらだった。

 そんな風にウダウダ考えているうちに、ぼくは階段に片足を掛けていた。習慣って恐ろしいな、と他人事ひとごとのように思ったりした。

 一瞬このまま昇ろうかとか考えたが、男が一度決めたことだった。

 瞼を閉じてから振り返り、そしてドキドキしながら瞼を開けた。

 一瞬目を、疑った。

「あ……あ、アレ?」

 わからなかった、なにがどうなってるのかが。

なぜなら振り返ったそこに、なにをどうやっても彼女の姿を見つけることが出来なかったからだ。

 平凡な、そこには光景が広がっていた。春を謳歌する大学生たちが行き交い、談笑し、その向こうに見える中庭には、ただただ当たり前の木々と芝生とテニスコートがあるだけだった。サーブ、スマッシュ、そして高等技術ドロップショット。遊びでやっているサークルにしてはなかなかの応酬だった。

 ぼくは少し、それに安心していた。もし飽きてどこかに行っているとしたら、それに越したことはない。ぼくが望む平穏の日々を、再度手にすることが出来るから。まぁ地球の裏ってのがどこを指してなにを求めてたかっていうのが若干気にならないでもなかったが。

 とか安心して色々考えていたら、ふと、違和感に気づいた。

 目の前の地面が、歪にギザギザになっていた。

「……なんだ、アレ?」

とか思っていたらボコっ、と土が飛び出してきた。

「…………」

 ぼくはなにも言えず、考えられず、ただ足だけを前に動かして、中庭へと続くガラス戸を開いた。途端に聞こえてきたザクっ、ザクっ、という音にもはや決定打を喰らった気分になりながらも、なんとか"ソコ"に行き着いた。

 直径5メートルってとこか。

 深度は目算で3メートルちょっと、いやはやそれそれはご立派なそこにはホールが出来ていた、まぁ言い回しを英語にしただけで結局は穴が開いているというだけの話だったが。

 まるで重機で行われた工事現場。縁から覗き込んでみると、彼女は大型のシャベルでザックザックと土を外にかき出す作業の真っ最中だった。昨日で土を掘り起こす作業を終えたというところだろうか。

「――――」

 彼女は、相も変わらず素晴らしい集中力で作業を続けていた。その顔は無表情にして、真剣そのもの。機械のように腕を動かしながらも、額からは大粒の汗が浮かんでいる。

 ザクッ、と一際深く、シャベルが地面に突き刺さる。額からはスプリンクラーのように汗が舞い飛んだ。

「…………」

 その気迫に、ぼくはたじたじになっていた。どうしよう? これは邪魔、しない方がいいんじゃないだろうか? こんな平穏LOVEとかのたまってる男が、ちっぽけな好奇心とか自尊心とか戦いだとかわけわからん理屈で声なんか掛けない方がいいんじゃないだろうか? そう考えた。とりあえず電動ドリルの次は無いということはわかって、これ以上ハラハラする心配も無いわけだし――

「ふぅ」

 と悩んでいたら、彼女はざくっ、と改めてシャベルを突き刺し、そして手を離しなぜかこちらに向かって歩き、そしていつの間にか立てかけられていた梯子に足をかけ、3メートルの高さをスタスタと昇ってきて、

「あ」

 彼女と、目が合った。

 状況的どうにもこうにも逃げられず、ぼくは――

「あの……こんにちわ」

「?」

 そこでようやく――目と目の距離5センチくらいに迫って初めて、彼女はなんだ? という感じでどこか眠たそうな瞳で顔をあげ、

「ふ、ふぇ!?」

 目を見開き、驚き、諸手をあげ、

「あ? ちょっ――」

「あわわわわわ……きゃんっ」

 そのままバランスを失い、真後ろに倒れていき――どーんっ、穴の底に落ちていきました。

 これ、オレのせい?


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