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七十六話

 ごもっともだった、反論の言葉も無い。ぼくは黙るしかなかった。というかすっかりぼくこの子に頭上がらなくなってるな、間違いなく嘉島は尻に敷かれてるだろうな、がんばれ嘉島。

「それで? 実際なんがあったとや、上月?」

 赤羽は頭の後ろに手を回し、少し上から目線だった。

 ぼくはなんだか、らしいなと感じてしまった。

「いや、その……」

 心臓が再度、どくどくと暴れ出した。心の準備が、まったく出来ていない。というより永遠に出来るかどうかわからない。あんな汚点、というより汚物そのもののぼく、人前に出るのだってどれだけ掛かるかわからなかったというのに、実際ぼくはどうしたら――

「ま、なんかあったからこうなってんでしょうしね」

 久しぶりの、真っ当な標準語だった。彼女は今日もタイトなスーツ姿だった。

 というよりもその疑問を解消する方が、先だった。

「……あの、今日はその、なんで?」

 もごもご呟きながら、ぼくは携帯をいじり、そして受信メールの画面を呼び出し、突き出した。

 どうした? なんがあった? 心配しとるけんメールせろや? だいじょうぶ? 心配だ、返事待つ。よかったら相談に乗りますよ? なんでもよかけん返事せろって!

 題名の羅列に、菅原さんはフッ、と笑った。なんだかお酒でもあればくい、と呑みそうな勢いだったなんだそれは。

「青春、よねぇ……あー若い若い。その熱気に当てられて、うちも痛いことしちゃったわァ……フフフ」

 ヤバいひとりで笑いだした。このひとまともそうで、なにげに一番ヤバいんじゃないか疑惑は以前から微妙に抱えていたり。

 そして、

「…………上月、」

 ぼくは一番神妙に、その男と向き合った。

「あ、あぁ……嘉島、その、」

「輿水さ、から……メール、きた」

 胸の中らの波が大きく、うねりを上げた。


 最初の一文は、助けてくださいだった。

「ハァ……ハァ……ハァ……」

 自然、呼吸が荒くなっていった。助けてください、だと? なんだ? なにがあった? 耳が聞こえないということが脳裡を過る。なにか、なにか自分ではどうしようもないことに巻き込まれたのか? ドクドク、と心臓が脈打つ。なんでみんなには送って、ぼくには送ってこなかったのかという疑問が浮かぶ。

 一回目を閉じて、なんとか少しでも心を落ちつけてから、本文に目を通した。

 嘉島さん、良かったら、上月之乃さんの事を、助けてあげてください。

 衝撃の、それは内容だった。ぼくは感想さえ浮かべることが出来ず、続きを読んだ。

 上月之乃さんは、現在とても辛い立場にあります。でもその原因を作ってしまったのは、わたしです。上月之乃さんは、いまとても大事な時にあります。でもこれを乗り越えれば、きっと素晴らしい未来が待っていると思います。でもひとりでこれを乗り越えるのは、とても大変だと思います。

 嘉島さんよろしければ、上月之乃さんを支えていただけませんか? あんな風に一緒に楽しくお酒をお飲みになれる嘉島さんなら、きっと上月之乃さんのお力になれると思います。

 どうかどうか、よろしくお願い致します。

「な、なんだ……」

 なんだよこれ、と言えなかった。

 本当になんだよこれ、と思ったからだった。本当に、芯から心の底から想うと、ひとは言葉に出来ないのだと知った。言葉は所詮心の補助であり、必要のない場合ただ想うしか出来ないのだと。

 ぼくは目を、パチクリさせた。

 文面に、変わからなかった。間違いなく、それは彼女――輿水さんからのメールだった。

 彼女からの、それは確かにぼくのことを慮るメールだった。

「愛されてマスね、先輩」

 皮肉にしか思えないその言葉が、なぜかぼくの胸を貫いていった。

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