七十三話
「――――」
今のオバさんの一言に、ぼくの頭は真っ白になった。幾ら子供だっていまの一言が、ヤバい一言だってことわかる。しかもタイミングがタイミング。
ぼくの心臓は、急にバックンバックン暴れ出した。
――なにを、話しているんだろう?
オバさんの声が、聞こえる。
「……保険金目当てに殺したのなんて……バレたらどうする気よ? 前科持ちなんて冗談じゃないわよ?」
――両親は飛行機事故で、生還者はいなくて
「大丈夫、バレやしないさ。死体は山中に埋めたし、証拠品もすべて処分した。それに之乃にも言い聞かせたし、テレビも見せてないし、これからオレたちが養うって言ってやれば信用もするだろうし、問題は無いさ」
――でも、大丈夫。オジさんオバさんがちゃぁんと之乃くんのこと守ってあげるからね。
「そ、そうよね……あの子には他に身寄りもないし、大丈夫よね。それより、いくらぐらい入るのよ? キチンと山分けだからね? ど、どうする? 海外旅行とか行っちゃう!?」
――大丈夫だからね? なにも心配しなくて、いいからね!
「そうだな、最初はあんまり派手に動くと怪しまれかねないから、慎ましく車を買い替える辺りから――」
「…………」
会話は未だ続いていたが、ぼくは力なくドアから離れた。ヨロヨロしながら、階段を上る。喉は張り付きそうなくらいに渇いていたが、水を飲もうとはかけらも思わなかった。そして部屋に戻り、そのままベッドにダイブした。
寝る前と起きたあとに続いた出来事が、頭の中をぐるぐると回っていた。お父さんとお母さんが、飛行機事故。生還者はいない。なにも心配しなくていいから。保険金目当てに殺した。バレたらどうする? 死体は山中に埋めた。テレビも見せてないし、バレない。
バレない。
オレたちが養うって、言えば。
身寄りのない、ぼく。
「…………」
色々な情報が、立場が、状況が、頭の中でグルグルと高速回転していき、加熱し、オーバーヒートを起こしているようだった。小学二年生のぼくには、難しく、そして複雑過ぎた。理解を越えていた。そしてその時のぼくには、独りで生きていく為のお金も力も知恵も経験もなにも、そうなにもありは、しなかった。
だから――
「…………」
ぼくが、選んだのは。
「――――」
バレていたって、事実を知っていたって、口をつぐむしかない。ぼくひとりでは、生きていけない。身寄りもない。他に頼りに出来る人間もいない。相手が親の仇だと知っていても、それでもその庇護に預かるしかなかった。軍門に、下るしかなかった。
笑うしかない。
泣くわけにはいかない。
忘れるしかない。
覚えていてはいけない。
――それでも、
「う」
身体が、忘れることを拒否していた。魂が、親の愛情を憶えていた。
表面では背に腹は代えられずに封じ込めていたソレが――記憶が、気持ちが――奔流となって、溢れ出した。
「うわああああああああああああああ!!」
身体が、震えていた。脳が、恐怖していた。魂が、戦慄いていた。
自分がどれだけ臆病で、生き汚くて、醜く、生きる価値の無い人間なのか――罪深い魂の牢獄に繋がれた囚人なのかが突き付けられた心地で、自分という存在全てが、震え、暴れ出していた。
慟哭が喉から、迸る。
「ぼ、ぼくは、オレが、ぼくの、オレに、ぼくが、オレが、ぼく、は……ッ!!」
混乱と恐怖と嫌悪で、ぼくの心は千々に乱れた。視界すら、消えた。耳も聞こえない。わからない、なにも、いやそれはウソだった自分が屑で腐ってて今すぐ死んだ方がいいタイプの人間だということだけは嫌というほど思い知らせて、それで、それで――!
「あ、あわ、が、く、あ、あわあがが、ぐあ、が――!」
頭が、割れるかと思った――その時。
不意に右手に、感触があった。
「な……」
それに驚き慌てて振り解こう――としてギュっ、と握られた。
言葉を越えた、意思を感じた。
――だいじょうぶ。
ぼくは僅かに、我に返った。落ち着きを微かに、取り戻した。
キミの存在を、思い出した。
――でも、
「……輿、水さん」
「はい、います。ここに、いますから。心配しなくて、大丈夫ですから」
それにぼくは、少しの安堵と――戸惑いを、感じた。
「……その、申し訳」
「だいじょうぶですから」
意図はわかったが、それを読み取るだけで済ませる訳にはいかなかった。
「だって、だって……関係無い輿水さんに、こんなご迷惑をおかけして――」
「だいじょうぶですから」
ギュっ、と手を握ってきた。
その瞼は、閉じられていた。顔は伏せられ、視線は交じわされていなかった。
その行為は、ひとつの意志をこちらに伝えてきた。
わたしは耳が、聞こえないから。
なにを喚いても、大丈夫。
「あ、」
それが、ひとつのキッカケになってしまった。
想いが、零れる。
「あや、め――!」
「大丈夫」
トドメになった。
想いが、溢れる。
「う……わああああああああああああああ」
ぼくは、溺れた。




