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七話

 ぼくはそんな哲学を行いながら、残りの4時間21分間の勤労を、乗り切った。客が酒臭いのも店長の口の悪さもチーフマネージャーの人使いが荒いのも厨房スタッフとの不仲もなんとか耐えられるし、なんだかんだいってまかないは美味いし量もたっぷり出してくれるから貧乏学生のひとり暮らしにとっては最高に助けられるし、深夜業だから時給は1200円だし、問題はまったく無しだといえた。勿論欺瞞だと自覚はあるが。

 3時に帰るのだって、慣れれば静かでいい。

 夜の道をひとりで歩いていると、とても心穏やかな気持ちになれた。綺麗な月が、ぼくを見下ろし、見守ってくれているような。都会でも、それぐらいの時間帯だと真っ暗で交通量も減って、それなりに星も眺めることが出来た。歩いて通える範囲に職場が見つけられたぼくは幸運だと思う。きっと天国の両親が星になって見守ってくれているおかげだろう。

 なんてね。自分のブラックジョークに、泣ける心地になった。実際泣けるわけでもないが。

両親の声かもしれないものを聞いて以来、すっかり感傷的になっているようだった。自分で自分のことが、まったくわからない。宇宙人だと揶揄したが、それはぼく自身もそのようだった。例えるなら周りが火星人でぼくが土星人のような。

 世の中、わからないことだらけだった。一歩一歩アスファルトで舗装された道を固い踵のスニーカー、エアフォースワンで踏みしめながら、そう思った。東京はこの時間でもそれなりに車が行き交っている。みんな、暇なのかとも思う。他人の事情だなんて、知りようもないのだけれど。

 本当に、ひとりの時間は良いと思った。延々と、なにかに浸食されることもなく、自己に埋没することが出来る。心地いい。ビバ、大学。ビバ、孤高の生き方。

 このままずっと、何事も無く。

 そんな想いを抱いて、今日もひとり誰に気づかれることも無く家賃34000円のアパートに戻り、風呂も入らず歯も磨かず服を着替えることすらなくそのままベッドに倒れ込むように、横になった――


 大学に入ってから、すっかり朝シャン派になった。まあそれは仕方なくともいえたが、しかし実際朝からシャワーを浴びると一日気持ちいい気分で過ごすことが出来たし、夜はバイトからバタンキュー出来るし、いいこと尽くめだった。そういう、自覚できるレベルの言い訳を頭の中でぶつぶつ呟きながら、シャカシャカとシャンプーを泡立てた。そういえばいつの間にか湯船に浸かることもなくなっていた。そのうち、朝のこの時間に起きることもなくなるのだろうか、歯止めを掛けてくれるような人間もいないし……いや早いよまだ二ヶ月だろ? と自分にツッコミを入れた。他に入れてくれる人間もいないので。

 そんなひとり漫才をかましつつ、さらにリンスとボディーシャンプーと洗顔を済ませ、髪を乾かしながら歯磨きしつつ朝のニュースでもチェックして、そして乾かした髪を手櫛でとかしながらのそのそと服に着替えた。ジャージと下着はそのまま洗濯機に放り込み、他にもバスタオルやら溜まっていた普段着なんかもいっしょくたに突っ込んで、ゴゥンゴゥンと回してから出掛ける。今のところご近所様を気にしてこの時間だが、それもいつまで――と最近そんなことばかり気にしてる自分もどうかと思う今日この頃だった。

 大学までのバスに乗り込み、SONYのWAIKMANに繋げたイヤホンを耳に突っ込み、即、睡眠に入る。移動時間のすべては、ソレに費やす。そうすることでまぁそれなりに普通っぽい生活を送ることが出来ている。しかしこれもそのうち――なんだか今日はやたら先のことばかり考えてしまう日だな、と苦笑と疑問を心の中でも浮かべながら、ぼくは意識の底に沈んでいった。

 その理由を、大学の正面玄関を越えた時点で、思い出した。

「あ…………」

 思わず、声が漏れていた。緩くなっていた頭に、火が点る心地がした。

 ロビーから、階段まで直線距離でだいたい30メートル。

色々なそれの原因である答え合わせが、目と鼻の先に迫っていた。

 そこまでいくのは、正直、怖い……電動ドリルの次は、なにが来るのか? やっぱり、ダイナマイトか? ダイナマイトなのか? しかし耳を澄ませてみると、特になんという爆発音も聞こえてこなかった。だとするなら――サイレンサー付きの? いやそれは銃の話だった、イカン混乱しているな。いずれにせよあの階段を通らずに、上の階へ行く方法は――あるな、エレベーターとか別の階段とか。よってあの階段にこだわる理由は――

 すぐわかった。

 心の問題だ。

 ぼくが囚われてるのは、あの階段じゃない。中庭の、あの美少女だ。

 もっといえば、あの"異質さ"だ。

 スッキリしないというか、自分の中で昇華させなければ精神衛生上良くないというか。傲慢を承知の上で言わせてもらえば、ぼくは、自分の心をコントロールして生きているという自覚があった。今までどんな局面においても穏やかに、激しく感情を昂ぶらせることなく物事を遂行してきた。

だからこんな小さな小石で失礼、つまづくわけにはいかなかった。

 その平穏を守るため、ぼくは戦場に赴く。

「なんてね、ははは……」

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