六十六話
トクトクトク、と次の一杯を注ぎながら、横暴に尋ねる。それが済んだら、次は自分のコップにも手酌しようとして、嘉島に奪われ返杯された。恐縮恐縮、ぼくは恭しく受け取った。
そして、
「かんぱーいっ」
「ちあー、ズ」
なぜか嘉島は英語だった。そしてガブガブ呑んだ。1,5リットルの頼んどいて良かったってもんだった。くはーっ、うまぁ。
「……どっち、から。俺? いや、深雪――どう、だな?」
「どうだなってなんだよ? お前? 深雪たん? ていうかお前なんか微妙に深雪たん呼び捨てにしてんだななんか許せねー」
「性格、変わってな?」
「そうか?」
「や、わからん、が……てかお前、深雪、たん?」
「ひゃっはははははは」
「いや、笑っ、誤魔化す、なし。ひとの女、しつれ」
「そだなー、でも深雪たんも可愛えーよー、すっげイイ子だし、頭いーしー」
「ま、そだな……俺に、もったいな」
「なわけでもねーだろ。お前実際、イイ奴だし」
なんだかしんみりしてしまった。別に狙ったわけじゃないが、嘉島がワインを喉に流し込む音が聞こえた。
コツ、と静かにグラスを置いた。
「俺、イイか? 喋り、下手。空気、読めな」
「いことないんじゃないか? むしろ良く読んで、だから喋らないで、自己主張しないんだろ? 偉いと思うよ、思ってること口走らないでさ。逆に話聞いたり共感したりはスゴイうまいと思うし」
「……そ、か?」
「……むしろオレの方が憂鬱だよ。ひとの気持ちわかんねーし、過去のトラウマとは向き合えねーし、酒も弱ぇーし……ハァー、生きてる意味あんのかなー?」
ちびちび、お酒を口に運ぶ。ボトルは既に、空だった。早ぇーよ、ボトル一本空けるのに何分で――てうわ、一時間半経ってた。ダラダラ喋ってるだけで、なんでこんなに経ってんだ?
「ふはぁ」
「トラウマ、なんて、誰も、向き合えな」
ホロリ、と涙が零れた。
「……そう、か?」
「心的、外傷、ってはず。痛み、みんな、嫌だし」
「…………そう、だよな? な? なァ?」
「あ、あぁ……てか、落ち着け。ちょ、こわ」
「あ、ああ……」
切なかった、またも煽った。本当にオレは弱い人間だとぼくは思った。一人称まで錯綜していた。誰かに答えを求めたかった。
ちょうど都合よく、目の前にイイ奴がいた。
「あのさァ……オレ、なんなんだろうかなァ?」
「おま、は、イイ奴だ、ぞ」
ぴくん、と眉が上がる。
「オレ……が?」
「ああ、少し俺、似て。不器用、けど、みんな、いちば」
「う、うぅ……!」
今度はボロボロと、涙が豪雨のように零れてきた。
そして一気に、ハートが鷲掴みだった。
「嘉島――――――――――ッ! お前、イイ奴だな――――っ!」
「……抱き、つくなし。そゆ趣味、なし」
「うおおおおおおおおおおお今日は朝まで飲もうなあああああああああああああああああ」
気づけばふたりしてテーブルに突っ伏して爆睡こいてて、起こされた時には空が白んでた。自堕落だった。
家に帰って、凄まじい眠気に抗い必死の想いでシャワーを浴びて洗顔して髭を剃って歯を磨いて下着を着替えて服を着替えて、そしてショルダーバッグを肩にかけてエアフォースワンを履いて、玄関を出た。眩しい朝日に、砂になりそうだった。ヤバい、こんな体調で大学に行きたくなくて仕方なかったが、さすがにもうこれ以上自堕落になるのは嫌だった。魂的に、負けそうで。
バスに乗るところまで、ギリギリなんとなく覚えていた。
乗り込み這うようにして椅子に座り込んだら、あとは完全にシャットダウンした。
そして当然のように、乗り過ごした。
「……ここ、どこ?」
回送に変わってどこぞへと走り去っていくバスを見送り、ぼくは立ち尽くした。バス停には、どこと聞いたことも無い地名が綴られていた。まったく場所がわからない。どうしよう? 普通に考えれば道路の向かいにあるあそこのバス停で帰りのバスを待てばいいのだろうけど――
スタスタ、と道路を横切ってみた。車なんて一台も来なかった。ていうか周り、スゴイ田んぼだとか向こうに壮大な連山だとか見えたりして、ガードレールがやたらボコボコだったり足元には雑草がワサワサ生えてたりするが、果たしてここは都内なのか?
次のバスは、2時間後だった。軽く目眩がした。そして元のバス停を探すのも苦労したが、果たして単純計算でざっ、と同じく2時間ぐらい掛かりそうだった。ていうかバス代2000円とか大出費だったなァ。
どうしよう?
「…………」
現時刻、正午前。今から学校に戻っても、一切なんの単位も取れない。しかもまともにバスで帰っても、2000円くらい掛かるし、タクシーだと天文学的数値になるし、今日はバイト休みだし――
「…………」
ふと。
ぼくは気づけば、歩き出していた。




