六十四話
ぼくはほぼ無意識に、携帯を手に取っていた。そしてうつぶせのまま、顔だけ横に向けて、ピピピと電話帳を呼び出し、そして電話を、掛けた。
しばらくの、呼び出し音。微かな緊張を覚えた。そういえば誰かにプライベートで電話で掛けるなんて、ほぼ初めて――というかよくよく思い出してみて、実際初めての経験だった。相手の反応や、都合が気になって仕方な――
『もしもし』
久しぶりに聞いたその声は、やたらと渋い感じがした。
深夜3時過ぎ。家で会うかどうか考えたが、ちょうど昼に新規店舗を発掘していたから、そこで会うことにした。そのことを話したら相手も車を持っているらしく、迎えに来てもらえることになった。なんか申し訳ない気持ちと、ぼくも免許取った方がいいのかという不安が湧いたりした。
そしてほぼ10時間前と同じ場所に、ぼくは今度は男とふたりで、向き合っていた。
「悪いな、こんな時間に呼び出したりして……でもちょっといっぱいいっぱ――」
「いい」
ただの一言のみ、少しつっけんどんな印象さえ覚えるが、これがつまりは病気だということなのだろう。それを踏まえて向き合えば――つまりは心と心で対峙すれば、相手の本質にさえ目を向ければ。
かなり心が弱っているのを感じた。厨二病かぼくは、自重自重。
ぼくはとりあえず無言で、メニューを手に取った。そして手早く注文を決め、相手に渡す。相手もすぐに――と思ったが意外にもじっくり吟味し、その間ぼくは所在なく辺りをぽけーっと見るハメになり、そして十分ぐらい経ってからメニューを返され、そして注文することになった。ぼくは鉄板のハンバーグステーキのライス追加で、目玉焼き付きで399円は正直ありえない値段だと思う。そして相手はフレッシュチーズとトマトのサラダなんてお洒落なメニューを頼んでいた、この辺に地方との格差を感じるのはぼくだけだろうか。
注文を終え、ぼくは改めて相手と向き合った。
「……それで、嘉島」
ただ、頷く。
それにぼくは、本日というか既に昨日昼間に起こった出来事を、話した。普通は隠すような細部も漏らさず、心理描写まで余すことなくすべて公開した。それはやはり嘉島があまり語らないところや、故に過去に負った誹りにより人の痛みが理解出来るだろう点や、似たような境遇を持つであろう深雪ちゃんが信頼している点などを考慮しつつ、結局は一番なんだか安心できるという感覚的な理由で、ぼくは頼っていたいや別に赤羽がダメだとかそういうわけではないとはフォローを入れておくことにする。
嘉島は予想の通り、嘉島はぼくが話し終えるまで、一言も口を挟むことは無かった。
そしてぼくの言葉が終えると同時に、見計らったかのように食事が到着した。
「お待たせいたしました。ハンバーグステーキとライス、ご注文のお客様?」
「はい」
「はい、どうぞー。続いてフレッシュチーズとトマトのサラダのお客様?」
「…………」
やはり黙して語らず、挙手して主張する嘉島。そして互いに料理が揃ったところで、とりあえず腹を満たそうと思った。しかしその前に喋って喉が渇いたので、ドリンクバーに行くことにした。嘉島の方を向くと、掌を突き出し無言で首を横に振られた。
ひとりドリンクバーに行き、ぼんやりとコップ片手に彷徨う。なに飲もう? さっぱりしたいし勢いつけたいから、とりあえずペプシコーラにしておくことにする、ジャー。てかもういっそアルコールでもイイ気がした。
席に戻り、コーラを一気した。意味ねぇ、という気がした。なんか赤羽を思い出した。キャラ被るのはいやだなァと思ったりした。
「……荒れてるな」
ぼそっ、と呟いた。
今まで会話が無かったぶん、きっかけになった。
「べ、別に荒れてねぇし! 気だって立ってなんかねぇし! 色々いきなりわかってテンパってなんかねぇしっ!」
捲し立て、そして思わず既に空だっていうのにコップを煽ってしまい、あ、的なノリになって、意味も無く周りを見回し、そしてバツが悪げにコップを机の上に戻した。
三秒くらいして、耐えられなくなった。
「……わりぃ、いっぱいっぱいでさ」
責めることは一切せずただ頷くだけで応えるこの男は、やはり有り難いと思った。深雪ちゃん、キミの目は確かだったかも?
「それでさ……実際オレのキャパも限界だからさ、嘉島の意見、聞かせてくれない?」
ふと、ここまで来てからいや実際こいつコミュ障に近いから話を聞いてもらうのには向いてるけど、相談に乗ることは出来るのだろうかと心配になった。
「……俺、経験少ない、から、うまいこと、言えない、けど」
「あ、あぁ、うん」
少し、どきどきした。なんか男にドキドキするなんてすげー嫌だなと思ったりした、どないやねん。
「俺、思うに……お前、たぶん、輿水さんの、こと、好きだ」
4,5回、瞬きした。
なにがなんだか、数秒わからなかった。
そして我に返って、戸惑った。
「――――オレが? 輿水さんを?」
なんで?
嘉島はぼくの問いに、不思議そうに首を傾げた。
「……違う、のか?」
「いや……え? いや? は?」
相談としたというのに、正直その何倍も混乱するハメになった。




