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六十二話

「…………どういう、意味だい?」

「深雪もずっと、自分がなんで生きてるのか、わからなかったんデスよ」

「……本当、なの?」

「ハイ」

 だとするなら、知りたかった。

「だったら……なんでキミは、立ち直れたの?」

「深雪の話をしても、イイデスか?」

 悪いわけがない。

「……むしろ、聞かせてください。よかったら」

「卑下しないでください」

 顔を上げる。

 深雪ちゃんは――いつの間にかアゴを机に乗せ、くず折れていたぼくとムリヤリに視線を合わせていた。

 一番の謎は、やはりこんなぼくとなぜここまで付き合ってくれるのかという理由だった。

「深雪は……パパとママが大嫌いでした」

「ぶっ!」

 思わず、意識せず、ぼくは吹き出していた。今までの重くシリアスな雰囲気、大・崩・壊、だった。なんか泣きたくなった、オレのアイデンティティってなんなんだろう?

「…………なんデスか、先輩?」

 ものっっっそいジト目で、睨めつけられた。というかよくよく見て、深雪ちゃんの頭に若干ぼくの唾がかかっていた。申し訳なかった、あんまりなことに唾を抑えることも方向を避けることもしていなかっ、た――

「う……うわわわわあごめんごめんごめんあのそのていうかただひたすらにごめんなさいっ!!」

 ガンっ、とテーブルに額をこすり――つけるのを通り越して、叩きつけてしまった。すっごい痛い。

 ふと、視線を感じた。

『…………』

 すっごい、周りのひとが見てた。というか、ほぼ全員。よくよく考えればさっきから叩かれて叩かれてしなだれてアゴつけてトドメのようにテーブルに頭突き、うんそりゃあ注目も集めるよねと。

 なんかすっごい、恥ずかしくなってきた。

「…………あの、深雪ちゃん」

「ハイ、なんデスか?」

 とりあえず大変な粗相の後始末――つまりは掛けてしまった唾を、自分のおしぼりで拭かせていただく。キラキラなツインテールは想像以上にサラサラしていた、まさか地毛じゃないよな?

「……先輩、」

「あ、はい、なんでしょう?」

「…………それって、先輩がさっき全力で手を拭いていらしたおしぼりデスよネ?」

「! っ、と、ご、ゴメンっ!」

 慌てて引っ込めた、もう失敗に次ぐ失敗、上乗せに上乗せする恥、本当ぼくなんて生きててごめんなさいな存在だった。

 とりあえず仕方ないので、ナプキンで改めて拭かせていただくことにする。当然紙でカッサカサだから、髪なんかがうまく拭けなかった。というか水分吸って、むしろ申し訳なかった、生まれてきてごめんなさい。ますますブルーになった。

「……先輩、」

「あ、ハイ、その、なんですか?」


「…………もう大丈夫なので、ていうかナプキンで拭くのやめてくれませんか?」

「あ、うん、ゴメン」

 離す、やってばかりだった、落ち込む再度燃え尽きた某あしたのボクサーの気分になる。もうどうとでもしてくれというか。

「先輩?」

「……ナンデスカ?」

「話の続きをしてもイイですか?」

「あ……」

 ふと、我に返る。

「その……そのことなんだけど、場所、変えない?」

 周りに視線を回すと、素晴らしく視線が集まっていた。ひょっとして痴話喧嘩か別れ話かくらいに思われてるのだろうか、すげー嫌だった。

「……なんでデスか?」

 気にしてなかった。さすがだった。だけどぼくは気にしてしまう小さな人間だった、生きてて大丈夫なのかという本気の宇宙人なのだけど。

「いやその……ちょっと騒ぎ過ぎたというか」

「――そう、デスね」

 周りを見回し、同意してくれる二つ年下の少女、あー主導権握られて本当情けないと思うがこれがぼくのアイデンティティなのかもしれないとも思う今日この頃だった。

「では、深雪の部屋に行きましょうか」

「ハッ!?」

 ガタンっ、と激しく椅子を弾き飛ばして立ちあがってしまった。ますます注目を集めてしまう、が、今はそれどころじゃなかった。

 間違いなく、聞き間違いだよな?

「い、いま、その部屋……なんて、言ったの?」

「深雪の部屋に移動しましょうか、と」

「マジでっ!?」

 ガタガタンっ、と椅子をブッ飛ばしてしまう。まさか? そんな! バカな!? 脳内に湧き出すのに次々と疑問符が浮かんでは消えていく、そしてその答えを求めて、ぼくは口を動かした。

「まままマジで……深雪ちゃんの、部屋に?」

「……先輩、変なこと考えてません?」

 図星、ザックザクだった。あーもう本当今日は生まれてきて以下略なことばかりだった、反省、というか猛省、ゴメンマジもう帰りたいというか帰らせて。

「…………くハァ」

「先輩、」

 こんな展開ばかりだ。

 お気を遣わせてしまって、申し訳ありません。

「……なんですか?」

「少しだけ、元気出ましたか?」

 不意打ちだった。

 心の空白を、突かれた気分だった。

 一瞬宙にでも、浮いた気分だった。

「……ゴメン」

「謝らないでください」

 心の言葉を、留めることが出来なかった。

「なんでそんなに、優しくしてくれるんだ?」

「先輩は、深雪と同じなんデス」

 もう周りの存在は、完全に頭から消え去っていた。

「深雪はパパとママが嫌いで……罵りあって喧嘩して大暴れして……それで家出して勝手にホテルで生活してるうちに、お父さん、深雪を探して交通事故で、死んじゃったんデス」

 心臓に、胸を冷たいナイフを突き刺された気分だった。

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