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六十一話

「深雪にわからないことはないので、内容次第デス」

 ロジックが破綻してるのが、天才たる所以なのかもしれないと思ったりした。

 そしてぼくは、吐いた。

「……ぼくは、悲しいのかい? それともこの感情は、別の何かなのかい?」

 今まで吐いたことのない、弱音を。

 四つも年下の、少女に。

「そんなこと深雪にとっては、あまりに簡単な問題デス。先輩は、過去のトラウマによって心が複雑化、多重構造になり、自身でも通常の行動を起こすことが難しい状態になっている症例なのデス」

 本音がマトリョーシカ。どこかでそんなことも言われた気がした。

 ぼくは理由も無く溢れる涙を拭い、深雪ちゃんと目線を合わせた。なぜか既に涙は、止まっていた。

 ぼくはぼく自身の深刻さに、目眩いがする心地だった。

 深刻なのは、ぼく自身がその深刻さに危機感を持ってはいないという点だった。

 ぼく自身、生きた心地がしないといった感想や、宇宙人のように感じているということは、なにげに的を得ていたということのようだった。

 つまりは、すべては逆で、たとえるなら天動説ではなく地動説で――

 宇宙人だったのは、ぼくの心だったということに他ならなかった。

「…………」

 なにも。

 なにも、ぼくは言葉を発することが出来なかった。だってぼくは、宇宙人の心を持っているのだ。そんな男というより宇宙人がなにを語ろうと、それは的を得たものにならなくて、だから相手も不快になるし、ぼくも気持を共有できなくて――

 ぼくはそこで、衝撃の事実を思い知るハメになった。

 目を逸らしたくなるような、それは事実だった。

「みゆき、ちゃん……」

「せんぱ――」

 深雪ちゃんの声が、途中でとぎれる。

 それほど今のぼくは、酷い顔をしているということなのだろう。

 それはそうだろう、とぼくは思った。

「ぼくは……生きていて、いいのかな?」

 言って、その言い回しは違うと思ったから、言い直した。

「ぼくは、生きている意味が、あるのかな?」

「せんぱいッ!!」

 悲痛な叫びが、胸を切り裂くようだった。

 それなのに、だっていうのに。

 ぼくはなにも、想うことは出来なかった。

「……深雪ちゃん、」

「勘違いしないでくださいっ! 何度も、何度でも言いマスが、先輩は普通なんデス! だって先輩はご両親が亡くなられたときに、言葉が出せないほどに驚いたんデスよね?」

「でも……だって今のぼくは自分の感情すらわからず、他人との共感も出来ないなんていう、こんな人間は――」

「待ってくださいっ!」

 彼女の悲痛な言葉も、ぼくの心に届くことは無い。

 生まれて初めて、思った。

「――死にたい」

「先輩っ!」

 パン、となにかが弾けるような音がした。視界が大きくブレる。衝撃が、頬を突き抜けた。

 叩かれたという事実を、理解することが出来なかった。

「…………深雪ちゃん?」

「なんでわからないんデスかっ! こんなに深雪が何度も何度も教えてるのに、先輩は出来の悪い生徒ですかっ!? 年上でしょう先輩でしょう、わかってくださいよ! 先輩は、普通です! なんにも引け目を感じることなんて無いし、そんなことで悩む必要も一切無いんですッ!」

「けど……」

「けどもでもも無いデス!!」

 荒々しかった、というか取り付く島もなかった。けれどそこには――

「……なんでぼくが、普通なの?」

「普通デス!」

「だってみんなこんな風に他人に共感できなかったり、自分がわからないわけないっていうか……みんな友達や仲間と和気藹藹と――」

「普通デスっ! だって深雪も凡人の価値観なんて理解出来ませんし、崇高で広大な自身の器なんて把握しきれませんっ!!」

 今のが、一番強調されてる気がした。というか天才と言いつつまったく理論ロジックが通っていなかった。わけがわからなかった。というかぼくなんて、実際わかっていることなんてほとんど無かったのだが――

「……ぼくの人生って、なんだったのかな?」

「先輩っ!」

「今までぼくが生きてきた18年間なんて、意味があったのかな……?」

「先輩ッ!」

「……これからぼくが生きていって、なにが意味があるのかな?」

「先輩ッ!!」

 パンッ、とまたも激しい音と、衝撃。

 痛みを持ってしても、今のぼくの空虚な気持ちは満たされなかった。

 ぼくはその衝撃にフラフラとヨロめき、ソファーにもたれかかった。

 そしてぼくの身体から、力が抜けた。ぐにゃり、とまるで糸の切れた人形のように。

 なにもかもが、無駄に思えて仕方なかった。

 深雪ちゃんが見下ろすような視線が、感じられた。

「……先輩、」

「…………」

 返事は、かえせなかった。なにもやる気力が湧かなかった。ぼくは今までなんのために頑張ってきたのか、わからなかった。もう、どうでもいい気分だった。こんなぼくなんて放っておいて、どこかへ行ってそうだ嘉島とヨロシクやって欲しかった。

 もうこの世から、消えてしまいたかった。

「……先輩、」

 もういいって。

 もう放っておいてくれ。

「先輩は、深雪とおんなじなんデスよ?」

 心が、フレた。

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