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六話

 凍りついてしまった。このぼくが。周りに影響されることなく、周りに透明な壁があるとかのたまい、両親の死ですら実感がなかったこの、ぼくが。ある種信じられない想いだった。なんて日だ、っていう芸風の芸人がいたことを思い出した。

 そんな宇宙的感想をコンマ3秒ほどで脳裏に巡らせた後、ぼくは現実に立ち戻り、目の前の女性と視線を合わせた。

 つぶらで、透き通った黒目がちな瞳。ぷにぷにの頬に、柔らかそうな唇。芸能人かアイドルのように洗練された髪の艶、サラッサラのヘアスタイル。

軽く寒気すらするほどの、それは顔立ちが整った美少女だった。

 へー。

 口にこそ出さなかったものの、ぼくはすっかり感心してしまっていた。女性に関してぼくは、自分でもまーまー関心が薄い方だと思っている。ガツガツしている周りを見てると正直感心すらしてしまうくらいだった。そのぼくが、気づけば体感で2秒強くらい目を奪われてしまっていたのだ。ひょっとして気になったのも、遠目ながらもその容姿が目についていたせいなのか? 視力左右0,6というメガネギリギリな自分を恨む。

 それはさておき、

「……地球の、裏側?」

 とりあえず礼儀として、そこは聞き返しておくことにした。

 つぶらな瞳が、揺れていた。

「はい……地球の裏側、へ……行かなきゃ、ならないん、です……」

 真剣だった。目に力が入り、身体が小刻みに揺れて、張り詰めた空気がこちらまで伝わってくる。

「…………」

 ここまで真剣だと、なんというか迫力があって、何もいえそうになかった。冗談とも思えない。もちろん茶化すことも出来ない。というかこの状況は、一体なんなのか?

 異次元過ぎるだろう?

 とても現実とは、思えない。

「そ、そうですか? 地球の、裏側に? それは大変ですね……が、頑張ってくださいね?」

 ぼくは苦笑いを浮かべながら、そそくさと退散した。彼女はそのぼくの行動に、怯えから戸惑い、さらにキョトンとした様子に瞳の色を変えながら、ジリジリとカニ歩きするぼくをただ見送っていた。


 そのままぼくは、いつもの日常に戻ろうとした。現在ぼくはこの、なんでもない日常を気に入っている。周りに気遣われることもなく、周りを気遣う必要も無く、ひとり自由に、気楽に、ただ空気のように振る舞い――

 そう、ぼくは空気だ。両親が死んだ時でさえ、なにも想わなかった人間だ。そんなの人間じゃない。愛がなんだなんて考えているんだ。そんなのまともじゃない。

 ひととの関わりが、煩わしかった。ただただ面倒だった。ひとの気持ちが見えなかった。善意の意図がわからなかった。悪意の裏が取れなかった。

 理由がない行動など、ぼくには理解が出来なかった。

 出来なければぼくにとって他人など、それこそ宇宙人のようなものだった。

「ハイっ、芋焼酎に焼き鳥盛り合わせ、たこわさお待たせしましたーっ!」

 ご注文の品を、作り笑顔と大声でお届けする。

 その相手は顔が真っ赤で、やたらと笑っていて、陽気で、身ぶり手ぶりが大きくて、もはやタコかなにかのようだった。タコって切り身とかアニメ絵とかと違って、本物見るとまるっきし火星人みたいなんだよなー、とか脳裏に過ぎった。他意はないが。

「おー、こっちこっちー、兄ちゃんこっち回して―」

「あ、はい、ではまずこちらがたこわさ――」

 誘導に従い、大テーブルを迂回してテーブルのうえに並べ――ようとしてその途中で、取り上げられる。

「っ」

その勢いでお盆がぐらぐら揺れたが、なんとかバランスを保つ。舌打ちしそうになるのを、なんとか堪える。

「し、失礼、致しました。では焼酎ご注文のお客様は?」

 鉄壁の笑顔で、残りを配膳していく。そしてバカ騒ぎする14、5人の客たちに見られてもいないお辞儀をして、厨房に戻る。そして浴びせられる、次の罵声。

「遅ぇよっ! さっさとしろよ、次待ってんだろうがよ! 刺し身盛り合わせに海藻サラダに軟骨からあげ、10番テーブル! もう15分も待ってんだから、とっとといけよ! お客さん何度も催促に来てるし、最近売り上げだって落ちてんのにお前みたいな捌けないのの教育までさせられ――」

「はい」

 長い口上に、ぼくは返事だけして、言われたようにとっととお盆を三つ持っていく。なぜだ? なぜわかっていることを繰り返し語るのか? こちらが聞いているかどうかなど気にもしていないし。それでこちらを不快にさせるくらいなら、いっそその辺にいくらでもあるコップにでも叫べばいいのに。ひとを不快にする趣味でもあるのか?

 悪意が、こちらに染み込んでいくようだった。

 それに浸食されて、ぼく自身までもが黒く染まっていくかのようだった。

 空気だなんて言っておきながら、実際ぼくは怒りという感情はしっかり持ち合わせているようだった。いや、怒りとかそういう激しいモノとは違うか。これは蔑みや、嫌悪や、そういう薄い感情の類だろう。諦観といってもいいのかもしれない。なにが空気だか。ぼくはぼく自身で、その言葉や感想の適当さ加減に嫌気が差しそうだった。

 ああ、なんといい加減なるぼくという生き物。

 ああ、なんといい加減なるこの世界。


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