五十八話
そしてゴクッ、とスパークリングオレンジを煽る深雪ちゃん。
今の会話で、なにがわかったというのだろうか? 自分で言うのもなんだが、正直100点満点のパーフェクトな回答だったと思うのだが?
「先輩、小学校一年生の時のこと、覚えてますか?」
その質問に、ぼくは――
「……ああ、うん。初めての学校で、ドキドキした、と思うよ、うん……確か、粘土の授業が好きで、それで……」
「その程度デス」
なにがだ、と思った。
こんなしどろもどろの回答で、いったいなにが?
「通常小学校の頃の記憶など、その程度デス。思い出せと言われても、咄嗟に出せるものでもありません。それがスラスラと、まるで教科書でも読み上げるように答えられるのは、それはつまり、そこからは真っ当な感情を持ち得ずほとんど客観的に生きてきたという事実に他なりません。
そして、ここからが本題デス。
先輩の……失礼ですがご両親が亡くなられた時のことを、詳細にお聞きしても、よろしいでしょうか?」
ドクンッ、と身体が震えた。
「え……?」
手先が、震えた。
「両親、が……し、死ん、だ、時の……こと?」
視界が、白滅する。頭が、重くなってきた。なんだ? なんだこの感覚は? 何回も何回も色んなひとに話してきた話題なのに、そして何にも感じてこなかったのに、どういうことなんだ?
「そうデス。お辛いとは思いますが、是非事細かに、お願いしマス」
事細か。
ぼくは、反射的に拒否しそうになった。そんなトラウマ、普通根掘り葉掘り聞いたりはしない。失礼だし、まず間違いなく気分を害する。
だけど深雪ちゃんの瞳は、真剣だった。とても好奇心や軽い気持ちで聞いているのではないのはハッキリと伝わってきた。
覚悟を決めて、ぼくのことを想って、それは訊いてきていた。
だからぼくには、その時断る選択肢は、浮かばなかった。
しばらく言葉が、出なかった。
「…………オレはその時、従兄の家にいたんだ」
「はい、聞きました」
「それで、その時オレは、従兄と遊んでたんだ」
「はい」
「……好きな戦隊ものの、ロボットだったと思う。超合金の、合体する奴で、オレはそれを従弟のとぶつけあって必殺ざわの名前を叫びあって、戦ってたんだ」
「はい」
「楽しかった……従弟と遊ぶのは、本当に楽しかったんだ。オレの家は一人っ子だから、兄弟がいなかったから、だからずっと一日中遊べる相手がいるっていうのは、本当嬉しかったんだ……」
「はい、わかります。深雪もひとりっこなので、深雪もお姉ちゃんか妹ちゃんが欲しかったです」
「そう、そうなんだ……だから別に、両親が邪魔だなんて、思ってたわけじゃないんだ。父や母が海外旅行に行くのだって、ふたりが行きたいっていうから行ってらっしゃいって言っただけで、向こうも笑顔だったから、こっちも笑顔で見送った方がいいと思ってただけで、別にサヨナラしたいと思ってたわけじゃないんだ……だから、」
「――だから。どうしたんですか?」
やたらと深雪ちゃんの声が、優しくなった気がした。
なにか胸の奥が、ムズカユイ気がした。
「だから…………両親が要らないだなんて、ぼくは、思ってな――」
なにかが一瞬、込み上げそうになった。
「うぷっ!」
咄嗟に口元を、手で覆う。なんだ? 今のは、なんなのか? 正体不明だった。だが、それはこの場面において出してはいけないものだと思えた。だから抑えて――
「だいじょうぶですか、先輩?」
深雪ちゃんが心配そうにこちらを覗きこみ、背中をさすってくれる。なんだか正直――若干気持ち悪いくらい、優しかった。なにか企んでるんじゃないかと疑ってしまいそうになるが、背中の感触は事実癒されるので、余計なことは言わないことにしておく。
「あ、うん……だいじょうぶ、とりあえず……」
「ではイタリアンでも食べて、少し落ち着きましょうか」
なにゆえ? と言葉に出しかけたが、それを躊躇っている間にご注文の品がやってきていた。
「お待たせいたしました、ぺペロンチーノの半熟卵乗せとピッツァマルゲリータのお客様?」
「あ……はい」
「ハイハイ、ピッツァこっちデス」
よくわからないテンションのぼくとは対照的に、深雪ちゃんはすっかり腹ぺこのようだった。それぞれに配膳され、下がって行くウェイトレスさんをぼくはアホの子のように見送り、
「デハ、いただきマス」
「あぁ、うん……イタダキマス」
なんだかしれっ、と食事が始まっていた。以前の学食と同じように、深雪ちゃんは静かな表情で淡々と行儀よく食事を進めていた。それにぼくも、とりあえず倣うことにする。フォークでくるくる巻いて、口元へ。
ぱくっ、と食べる。うむ、アルデンテ、実にうまし。唐辛子が利いたオリーブオイルがパスタに絡んで、実に食欲をそそる。続いて半熟卵をぶちゅっ、と潰した。とろけだす黄身に、涎が出てきた。もちもちの麺に絡めて、舌の上に載せる。あー幸せ、これで349円はやっすいよなー。
「落ち着きマシたか?」




