五十五話
「は、ハハ……なにを?」
「先輩は、孤独なんデス」
「いったい、なにを?」
「先輩は、他人に心を許せないんデス」
「ハハ……まぁ、そうだね?」
「先輩は潜在的に、他人に対して恐怖を抱いています。それ故、他人との繋がりを得られません。ソレに対する不足感は抱いてはいますが、それ以上に――過去に、決定的ともいえる出来事があったと、推測します。痛々しいまでの臆病さや、時おり始まる暴走は、その為のものだと考えます」
「は? いやいや、そんな……ぼくの過去は、もう既に話した通りで――」
「先輩の説明には、わかり易いまでに穴があいている期間があります。お父様とお母様がお亡くなりになってから、大学に入学するまでの期間です。その間――」
「いやだから話した通り、ぼくは特に何も感じず、機械じかけのように毎日を――」
「ありえません」
断じられた。
そう、感じた。ぼくの半生を。ありえない――つまりは、間違っている、と。
なぜか少しだけ、焦りが生まれてきた。
「あ、ありえません、って……実際そうだったんだから、ていうかなにいってんの?」
「ありえないんです。確か小学2年生って言いましたよね? その頃なら、もう充分に物心もついているはずです。それなのに、親が死んだことが理解出来ないはずがありません。それに高学年、中学、高校と経て、実感として湧かないはずがありません。そんな人間、いる筈がないんです」
半笑いして、
「い、いる筈がない、って……現に今、目の前で、ここに……」
「だから先輩は、その間の記憶を、封印しているんです。子供がトラウマに遭遇した際に、その理想と現実のギャップに耐えきれない場合、その記憶を奥底に封印、抹消するというのはよくある話デス。別にそれほど驚くことでも――」
後の言葉は、よく聞こえなかった。
記憶を封印、という一文が、やたらと耳に響いていた。
ぼくの、記憶が? 正確なものではない? 封印されている? 本物、ではない?
偽物だと、いうのか?
この、ぼくが――
「先輩? どうしたんです、先輩?」
気づけば深雪ちゃんは、近くまで来てぼくの様子を窺っていた。それにぼくは、手を振り、頭を振り、
「い、いや……なんでもない。その……なんていうか、スゴい仮説だね、うん、ハハハ」
「そうですね、仮説デス」
軽く流そうとしたが、深雪ちゃんは真っ直ぐにこちらを見つめてきた。ずいぶん、しつこいというか――なぜか少しだけ、イライラしてきた。
「あ、う、うん……それで、」
「仮説デスが、深雪には確信に近いものがありマス。そんな先輩を、深雪は放っておけまセン。だから深雪は……」
「――大丈夫だから、そんなに心配してもらわなくても。それに、悪いし」
「深雪は優しいから、放っておけないんデス」
「お節介――!」
なんだよ、放っておけよ、と激昂しかけた。
けれど以前の赤羽にやらかした時を思い出し、ハッとなって口元を抑えた。
別の意味でドキドキと、心臓が高鳴った。一応ただの一言で留めたものの、まーまーの声量でお節介と叫んでしまった。周りを見ると、チラリと視線を向けられ、戻し、なんだ痴話喧嘩かよ別の場所でやれよという呟きが聞こえた気がした。
――これで結構気の弱いとこがある深雪ちゃん、まさか怯えて、泣いてたりしないだろうか?
恐る恐る、顔を向けた。
深雪ちゃんは、涙目になり、握りしめる拳をぷるぷると震えさせながら――それでも視線を逸らさず、じっとこちらを見つめていた。
その迫力に、ぼくは瞳を揺らす。
「……深雪ちゃん?」
「先輩、が……苦しんでいるんなら、深雪は……というか、深雪、わかりマスから……先輩の、気持ち」
「え……」
寝耳に、水だった。共感、されたのか? 初めての経験過ぎて、一瞬理解出来なかった。
ていうか、わかるって?
宇宙人の、このぼくの気持ちが?
「――――ウソだ」
「ウソじゃないデス」
即答された。その反応に、ぼくはさらに動揺する。当り前に、答えているのか? それだけ疑問に感じるほどのことでもない、ということなのか?
わからない。理解出来ない。意味がわからない。どうして、なんで、なにが――疑問が、脳を駆け巡る。次の一手が、決められない。
ただただ戸惑っていると、
「怖が、ら……さんけー」
両手を、握られた。
正直、面食らった。
「さ、さ、さ、さんけー、って……さ、3Kって奴、デス、か? 危険、汚い、き……な、なんでしたっけ? きが付くことは覚えてんですけど、ってなんかいきなり敬語になっちゃいましたね、ハハ、ハハハ……」
や、柔らかかった。手が、女の子の手が、手が手が手がうわー柔らかいよー温かいよーでもなんかスッキリ冷たくて気持ちいよーわー離したくないよー手を繋ぐのなんて初めてでこんな気持ちいいならずっと握り続ける為ならなんでも――
輿水さんと、手首は握ったな。




