五話
日々の生活を占めている内訳は、主に四つだった。講義、バイト、睡眠、そして自由時間。さらに自由時間に関していえば、3つのパターンがあった。大学での空き時間、バイト先での休憩時間、そしてそれ以外のすべて移動時間や主に家にいる間とかそういう感じ。ちなみにぼくはバイト先にはあまり思い入れが無く、基本的にお金を貰いもとい稼ぎに行っていると思っている。
だから必然気持ちの置き所となるのは、なににも囚われず自由に振る舞えるアパートでの時間帯となる。大学は、次点というところだ。
そう、だったというのに。
「――信じ、らンねぇ」
ぼくらしくない口調が、飛び出してしまう。
彼女は――仮にこの場ではスコップ女と名付けておくは、毎日中庭を掘り続けていた。最初の三日間は当初見かけた子供用スコップで、次の三日間は工事現場で使うようなシャベルを使い、次の三日間はまさかのツルハシでとんてんかん、さらに次の三日間では鍬を使ってザックザック、そして現在。
彼女はドドドドドっ、とまさかのドリルで発掘作業でもやっているかという様相だった。
それは既に、累計二週間も続けられていた。彼女の姿は日に日に地下に沈み込み、今日に至っては既にその半分が見えなくなっていた。
冗談なのか?
本気なのか?
「…………」
ここのところ日課となりつつある、階段に片足を掛けた状態でのフリーズだった。毎日毎日、ハラハラドキドキだった。今日もいるのか? なにを掘っているのか? そんな調子で水道管とかにブチ当たったらどうするつもりなのか? 責任とれるのか? もしくはそのリスクを冒してでも見返りがデカいのか? 石油とか、埋蔵金とかなのか?
バカバカしかった。心底くだらなかった。だけど目の前の現実はそんな妄想を喚起させるくらいに、それはそれはそれはくだらなくて心底バカバカしいものだったりした。
そして得物――といっていいかどうかはわからないが、それが変わることがまた恐ろしく心臓を早く鼓動させた。スコップ → シャベル → ツルハシ → 鍬 → ドリルときて、次は? ぼくの貧困な発想では、あとは――だいな、マイト? くらいしか?
ありえねぇ。
ていうかマジ、怖い。
怖過ぎ。
という訳でぼくは、15日目にいく勇気が、持てなかった。
頭を振って気持ちを切り替え、階段に掛けた方と反対の左足は踏み出さずに逆に右足を床に下ろし、一度深呼吸して来た道をズカズカ戻って途中会ったカップルを避けて中庭へのガラス戸を開き、外に出て中庭も横切りちょっとオタクっぽい男二人に怪訝な目を向けられながら彼女の傍まで行き、トートバッグを握り締めて息を吸って覚悟を決めて――
「……あの、」
久しぶりに、生きていくうえで必要ない状況下で、誰かに話しかけた。
果たして彼女の反応は、
「――――」
なかった。一瞬落胆に近い感情が沸き起こりかける。
しかし彼女は無視したというより、それはどちらかというと、一心不乱に掘り続けているが故のようだった。凄まじい集中力、なんだか邪魔するのに気が引ける想いだった。
「…………」
一度、ため息を吐く。なんだコレ? ナンパか? これはナンパなのか? 色々自分に言い訳したくなる気持ちを、なんとか抑え込む。
一度だ。
一度把握しておかないと、これからの気楽な大学生活を送るうえでもう気になって気になって支障が出ること受け合いな案件だった。だからやるのだ。もう一度、もう一度だけだ、まるで自分に言い聞かせるように思い、ぼくはもう一度、今度は彼女の肩に手を、触れた。
「ひゃっ!?」
驚かれた。
と思ったらスゴイ勢いで、振り向かれていた。その際肩に置いていた手は遠心力で、宙に舞う。そして彼女は自身の身体を庇い、警戒した眼でぼくを睨みつけてきた。
――なんだコレ?
ショックだった。生まれ十八年、こんな扱いは初めての経験だった。痴漢か? オレは痴漢なのか? とぼくの方も固まり、半分払われた形の自分の手と、彼女を交互に見比べてしまう。
「え…………と?」
「な、なんです、か?」
声、が震えている。
それにぼくは気づき、自身の動揺を抑え込み、冷静になって彼女の様子を観察してみることにした。
違った。睨んでいるのではなかった。彼女は確かに、警戒――こそしていたが、その瞳は確かに、怯えていた。
っていうかますますオレ、加害者な立ち位置だな。
ぼくは気を取り直すように軽く咳払いして、
「え、えほん……あの、ちょっといいですか?」
「な、なんですか?」
そうビクビクしなくてもいいと思うんだけど。
ぼくは、今まで培ってきた自信やそれなりのプライドなんかが根こそぎ持っていかれそうになるのを感じながらもそれこそ今まで通用してきた対人用の人畜無害そうな笑みを浮かべ、
「あの……ここでなに、やってるんですか?」
ようやく辿り着けた、核心。
それに彼女はオドオドと目を伏せ――
「……地球の裏側に、行かなきゃいけないんです」
沸いてんのかと思った。