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四十五話

 ぼくの左隣、つまりは赤羽の右隣に挟まれる形に座った菅原さんが、笑いながら肩をぽんぽん叩いてくる。それにぼくはドックンドックン心臓が暴れ出していた。純情な少年は、ボディタッチで雨空よりも簡単に心模様は変わるのです。

「い、いやぁ、その……な、なんでもないデス」

 落ち込んでる原因は貴女にぼくの美声を聞かれたからなんデス、とは間違っても言えなかった。美声とかかましてる時点で案外まだ余裕があるのかもしれなかった、うんもうわけわからん。

「ふーん、なんでも、ないん、だー」

「あの……なんで、肩に手を回してるんですか?」

「え? ふーん、いや別にー?」

「あ、あの……なんで、顔をそんなに、近づけてくるんですか?」

「うん? ふーん、いやべっつにー?」

「あ、あのっ……なななんで、指先で頬を撫でるんデスかかかっ!?」

「あん? ふーん、いやべつ――」

「うらやましかー!」

 魂の雄叫びが、カラオケルーム内に突き抜けた。声の出所を探る必要さえない。ぼくはそちら――ぼくの左隣に苦笑いを浮かべながら振り返り、

「あか」

「あーん、そっち向いちゃだーめ」

 頬を掴まれ、こっちを向かされる。

「――――」

 もうぼくはなんにも言えず、石のように固まることしか出来なかった。

 赤羽の声が、後ろから追いかけてきた。

「あッー! なんで上月ばっかり、ズルかーズルかーよかなー羨ましかーッ!」


『かしまさいっ!!』


 マイクで増幅された凄まじい声量に、みんな吹き飛ばされたように仰け反り、耳を塞いだ。そしてキイィィインというマイクハウリングだけが響く中、それをやらかした当人である深雪ちゃんが、

『――ひとが歌ってる時は、キチンと聞くものだと思うんデスが』

 それに全員必死な様子でブンブン縦に頭を振った、嘉島だけはいつもの笑顔だったが。今日はよく沖縄弁を聞ける日だった。

 そして既に手を離しある程度距離もとってくれた菅原さんは小声で、

「――ねぇ、」

「な、なんですか?」

 なんかこんな当り前の会話でもすっごいドキドキする。顔赤くなってないか気になる。

「――かしまさい、ってどういう意味?」

「たぶん、静かにしなさいとかって意味じゃ……」

『やかましい』

 ドッキン、とした。マイクで、また怒られたかと思った。

「な、なに……」

『という、意味デス』

 正されただけのようだった。ぼくは曖昧な笑みを浮かべて、応えた。そして彼女は残り少ない歌の続きに入った。何度も邪魔したような形になり、かなり本気で申し訳なかった。

「――へぇ」

 そこで菅原さんは、なんだか愉しんでいるような声をあげた。それにぼくは顔をあげると、彼女を辺りを見回していた。まるでそれは、値踏みでもするように。

「あの、菅原さん?」

「なに、上月くん?」

「その、どうかしたんですか?」

「え? なにが?」

「なんだか、楽しそうなんで」

 ストレートに言い過ぎたかとは思い、彼女は予想通りに目を丸くした後、笑みを作り、

「えぇ、そうね少し、驚いてるわね。なんだかみんな、この前とは随分様子が違ってるみたいで」

 そう言われ、改めてぼくも周りを見回してみた。歌い、ツッコみ感情が昂ると沖縄弁が飛び出す深雪ちゃん、ニコニコ穏やかに手拍子なんてしてる嘉島、周りに合わせて手拍子しつつこちらにうらやま光線を送っている赤羽。

 確かに。

「もちろん、上月くん筆頭にね」

 もうぼくは吹き出したりはしなかった。そんなことはせずに、深く静かに落ち込むだけだった。でもあまり露骨にそれを見せると菅原さんにからかわれるため、表にはあまり出さず。世の中の不条理を知った心地だった。

 そんな葛藤、目の前の菅原さんにはお見通しだったようだが。

「フフっ、素敵だったわよさっきのシャウト。いきなりやめちゃって、もったいなかったわー」

「そ、それは、どうも……」

 そして店員が現われた。深雪ちゃんは構わず最後のフレーズを熱唱した。君との時間が一秒でも長くなるならずっとじゃなくていい、願いかける恋音と雨空。

「どうもお待たせいたしました、カシスリキュールのお客さまー」

「ハーイ」

 可愛げだった、というかここでもお酒飲むのか本当飲んべぇだな、と心の中で思ったりした。

 歌が終わり、深雪ちゃんが着席した。嘉島は未だ拍手していて、それを深雪ちゃんは照れっぽく制していた。うぉ、少しドキッとするシチュだった。赤羽は次誰もいれておらずかつ自分の順番ということに気づき、慌ててデンモクを操作していた。なんか立場が逆転したな。

 菅原さんはカシスリキュールに色っぽく口をつけ、

「――ッ、美味しー! やっぱ仕事上がりのお酒はさいっこうねー!」

「お仕事だったんデスか?」

「そうよー、大学生は羨ましいわねー」

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