四十四話
特に、深雪ちゃんがマズかった。すっかりさっきの一件で、警戒心をマックスにしてしまったらしい。ドリンクバーで注いできたコーラゼロをストローでちゅーちゅーしながら、ジト目で明後日の方を向いている。だがどう考えてもこちらを意識している、気マズかった。
「まーまーまー、せっかくのカラオケでの懇親会やし、盛り上がろうぜ! ンじゃままずはおいが一発歌うばい、『女々しくて』!」
赤羽はベタだった、初っ端ゴールデンボンバーとはわかってるなーというかうんまぁというかまぁ、という感じだった。とりあえずこういう場に慣れてないぼくは、それをただ見守るに過ぎなかった。
赤羽が女々しくて女々しくて女々しくて辛いよォオオォオオオ、と吠えている間、ぼくはひたすら歌詞が流れるテレビ画面を見つめていた。いつの間にかぼくもドリンクバーでオレンジジュースを注いできていたので、深雪ちゃんに倣ってストローでちゅーちゅーする。間が、もたなかった。ていうか持ち歌もろくにないしどうしようかという感じだった。
辛いよぉ~おオオオ!
その通りだった。歌詞に共鳴してしまうだなんて、末期だった。
居たたまれなくなって、嘉島の方を向いた。嘉島は珍しく、笑っていなかった。両手を合わせて、俯き、悩み、考えているようだった。なにを考えているのか、気にならないことも無かった。やはりぼくのことだろうか? それともこの空気についてだろうか? 後者だったら同士だが、前者だったらぼくにとっても悩ましいことだった。
なんであの時、話してしまったのだろうと考えていた。黙っていれば、良かったのだ。黙って、心を閉ざしていれば、パンドラの箱は開かず絶望が撒き散らされることはなかった。みんなで言っていた仲良しごっこを続けられた。
――仲良し、"ごっこ"?
「ハァイ! ――おしっ、歌いきったばい! 次、上月いってみようかァ!」
「へ? は?」
いきなり振られ、ぼくはわけがわからず戸惑う羽目になった。つ、次って――あ、あそうか歌か。
「あ、お、うん……っていや、オレ持ち歌とか――」
「SEKAI NO OWARI歌えばよかやん」
がたんっ、とスゴイ音がした。見ると、深雪ちゃんが三分の一くらいコーラゼロをテーブルの上にこぼしていた、粗相だった、身近でやらかすひとを初めて見た、まぁ原因はどう考えてもぼくだろうけど。
ぼくも立ち上がり、近寄って――
「大丈夫?」
キッ、とまるで子猫を庇う親猫みたく、睨まれた。ぼくは頬をひくひくと引き攣らせるしかなかった。するとしばらくしてから深雪ちゃんは俯き、
「……だ、だいじょうぶ、デス」
それにぼくは一緒にナプキンで、コーラゼロを拭った。見ると既に赤羽は内線で連絡を取っていた。もちろん嘉島は足もとまでシッカリ、ぼくだけ一番腰が重いなと軽くへこんだ、今日はへこんでばっかりだ。
「じゃ、じゃあ……」
一通り終わったみたいなので元の席に戻り、
「じゃあ上月、歌え!」
なんつーストレートな文句だと思った。そして三者の視線が、集まった。もう半分ぼくは自棄だった。お望みどおり、SEKAI NO OWARIを入れてやった。
機械仕掛けの『僕らの真実』はいつかあなたの心を壊してしまうだろう。
なんか今のぼくの心境に、ダヴるところがあった。いっそだったら、毒食らわば皿まで。ぼくは腹の底からめいっぱい、シャウトした。
「ぼぉくたちがっ、見てい・るっ世界っは! 加工ぅ、調整っ、再現っ、処理された世界! だかぁらっ、あなたがみていぃるその世界っ! だけがすべてっ、ではないとっ? みんなだってそうおもわないかァイッ!!」
「わー、盛り上がってるわねー」
ぴきっ、と空間にヒビが入ったような心地がした。
世界がぐらりと、歪んでいく。ぽかーんとした顔をしてアホの子のように聞いている深雪ちゃんの顔も、いつもの笑顔を取り戻しパチパチ手拍子している嘉島の姿も、タンバリンシャンシャン鳴らしてうひゃひゃと笑っている赤羽の狂乱図も、戯画のようになっていく。そしてぼくはギコチなく、ドアの方に顔を向けた。
「ハァーイ?」
そこにはやっぱりひと月ぶりに会った、京美人の菅原さんの素敵過ぎる笑顔があった。
聞かれた、という想いが重く胃袋に沈み込んでいた。今日はもう手遅れなくらいやってばかりだった。もうどこかに埋めて欲しかった、出来れば輿水さんあたりにお願いしたかった、心の声でまでぼくはやってしまっていた、もはや処置なしだった。
ガックリ、肩を落とす。途中で歌うのを止めてしまったぼくの代わりに、現在ボックスでは深雪ちゃんがその透き通った美しい歌声を披露していた。曲目は、AAAの『恋音と雨空』、歌詞が切なかった。好きだよと伝えればいいのに、願う先怖くいえず、好きだよと好きだよが、募っては溶けてく。
「どしたの? なんかすっかり落ち込んじゃってぇ」