四十二話
ついに。
ぼくは、やってしまった。
それほど大声で叫んだわけじゃない。だけど普段のぼくの声量から考えるとやはり2,5倍くらいのものだったから、それは周りにそれなりの衝撃を与えてしまったようだった。
ぼくはやってしまったという感じで、黙りこくった。こんなつもりじゃなかった。ただみんなに迷惑をかけてしまったということで、弁解をするだけのつもりだった。それがどこでどう間違って、こうなったのか? ぼくは悩ましくて、頭を抱えた。
ぽつり、と赤羽が言った。
「……信用、出来んとや?」
「そうじゃない」
「じゃあなんや?」
「っ……!」
その言葉に答える術を、ぼくは持っていなかった。その事実に歯噛みして、ぼくは固く両手を握り合わせた。目を、瞑った。
「先輩、怖いんですか?」
後輩からの問いかけを、ぼくは手を解き目を開け立ち上がり、否定した。
「こ、怖くなんか!」
「大丈夫デス。深雪だって、怖いんデスよ」
その声は優しくて、その表情は妙に穏やかだった。だからぼくのいきり立った勢いは、空回りすることになった。
「こ、怖い、って……」
深雪ちゃんは妙に落ち着いて、言葉を選んでいるようだった。
「別に喜一郎みたいに病気じゃなくたって、みんな怖いんデスよ。他人と関わるのは、冒険の連続デス。嫌われるかもしれない、迷惑かもしれない、やらなければ良かったと後悔するかもしれない。そんな不安と闘いながら、みんな、ひとと関わって生きているのデスよ?」
当り前だった、当然だった、そんなこと小学校での集団生活で経験則として学ぶことであり、今更言われるまでも無いことの筈だった。
その筈だったのに、
「み、深雪ちゃんも……怖いの、かい?」
「深雪は天才美少女デスから」
自分で言っちゃったし美まで付けちゃった、やっぱりツインテールにゴスロリファッションは伊達じゃないなと色んな意味で感心してしまった。いずれにせよこれでは前提条件が――
「デスから、人一倍深雪は臆病デス。妬まれることも嫉まれることも逆恨まれることも日常茶飯事で、もう半分人間不信の域に達していマス」
ぼくは思わず顔を上げ、その瞳を見つめていた。
真っ直ぐに、強気に――そう強気に"気を張って"、ソレはぼくを見つめていたのだ。
ぼくはソレを、見つめてはいられなかった。
「そ、そうか……妬みも、」
「ハイ」
「嫉みも、」
「ハイ」
「逆恨まれることも、」
「ハイ」
「日常茶飯事で、」
「ハイ」
「それでも、君は……真っ直ぐ前を見て、怖さに立ち向かって、いるんだね?」
「ハイ」
淀みない答えに、ぼくはなにも言えなくなっていた。そして立ち行かなくなった視線を、嘉島に向けた。
嘉島はただ、笑顔を浮かべていた。黙さず、なにも語らない。だがその瞳を見つめていると、その奥に深い意志のようなものが語りかけてくる気がした。
彼女の言葉も、そしてぼくの在り方も、何も言わずに肯定しているような。
ぼくは赤羽に、視線を向けた。
「なんか質問や?」
口を開こうとするより先に、
「回数や年月がイコール親しさとはおいは思わんけどな。一回会っただけで十年連れ添った幼馴染よりも仲良くなれるやつもおるし、逆にどんだけおんなじクラスで過ごしても話もせんやつもおる。結局ここが共鳴するかどうかじゃなかかな?」
そう言って、赤羽は自分の胸元を親指で指した。心、もしくは魂とでも言いたいのだろうか。言わんとすることは、わかる気がした。
でも――
「納得できんとや?」
「いや、納得できる……納得できるんだけど、その……」
「赤羽先輩」
唐突に、深雪ちゃんがぼくたちの会話に割り込んできた。赤羽と話す深雪ちゃんというのもレアケースで、それはそれで興味をそそった。
赤羽は特に動揺なども無い様子で、
「なん?」
「深雪、思うんデスが……上月先輩って、」
「深雪って、小学校ぐらいの時からずっと自分のことそう呼びよっと?」
「…………」
重い空気が流れた。どうやら赤羽にとって、深雪ちゃんから声をかけられたという事実やその内容よりもなによりも、その一人称が気にかかって仕方なかったらしい実は、らしいといえばそうだが。
しばらくの間深雪は結構キッツイ視線で赤羽を睨んでいたが、当の本人の方は暖簾に腕押しのようだった。やがて諦めたようにため息を吐き、
「……思うんデスが上月先輩って、過去になにかあったんデスか? 確かに他人と関わるのが怖いことはそれほど珍しいことではないデスが、上月先輩の場合はかなり極端デス。過去になにかそういうことを負ってしまう事件が存在した、もしくは喜一郎のように病気であるという可能性が高いと深雪は予想するのデスが?」
「概ね合ってると思うばい、冬馬ちゃんもな?」




