二十九話
それにぼくも倣い、合図とするようにぼくたちもまずは食事を始めた。いつもおかずから食べるが掘さんに倣うように、味噌汁から口をつけてみる。喉を流れる暖かさと出汁の旨味が、朝からなにも食べていない栄養不足の全身に、染み渡っていくようだった。一人暮らしを始めて改めて思う。今日も訪れたこの恵みに、感謝を。
イカのフライを口に入れるタイミングで、声をかけられた。
「……それで、なにか用デスか?」
不機嫌さが口調から滲み出ていた。どうも場違いという感じが否めなかった。歓迎されてないな。一瞬だが、お暇しようかとも考えた。
でもまだ食べるものが残っているので、そういうわけにもいかなかった。となると問われたことには答えないと、更に場の空気が悪くなりそうで仕方なかった。
ぼくはフライを口に入れるのを諦め、
「いや、用っていうのか……いつから、付き合ってるんですか?」
「関係あるんデスか?」
ごもっとも。
ぼくは悟り、愛想笑いを浮かべ、今度こそイカのフライを口の中に放り込んだ。しゃくしゃくと、手作りならではの温かみのある歯ごたえ。ありがたや、と最近思う。手料理って、ありがたい。そう考えていると、従弟の叔母と伯父のことを思い出した。10年近くも実の息子でもない自分を育ててくれて、本当に――
「きのぅ」
消え入るような声が、聞こえた。
視線を向けると――嘉島が、笑っていた。
――しゃべったのか? この男が。
「へ、へぇ……そうか、合コンのあと?」
「ふたり、で、飲ん、だ」
「い、意外だな……」
嘉島も堀さんも、確か駆けつけ一杯しか飲んでいなかったはずだ。それもふたりとも、半分以上残していた。なのに二人きりで二次会、それも飲み直しとはびっくりだった。どこ行ったんだろう? バーとか? BARってカッコいいよな、と思う。BARにはドラマによると探偵もいるらしいし。ぼくも一度行ってみたいBAR、できれば誰か、よければ女性と、ひとりじゃ切なすぎる。
「それ、で、いろいろ、飲んで、それ、で、意気、とうごうした」
色々話して、じゃないところに独特の感性を感じた。その時の選んだ酒の種類からなのか、居心地のよさか、雰囲気か直感か? いずれにせよその時の印象が、この結果につながっている。世の中広い、うまく立ち回れる――悪い言い方だが赤羽みたいに器用なやつが貧乏くじ引くなんて、今までなら考えられない世界だった。
なるほど、と一応の納得をつけて、ぼくは改めて食事を再開。あと残るはサラダとみそ汁の残り。まずはサラダの、レタスとトマトに手をつけ、あとはみそ汁のお椀を持ち上げ――
「深雪のことは、聞かないんデスか?」
ぶっ、とみそ汁を吹きかけたのを両手で口を押さえて、なんとか防いだ。
深雪って! 自分を名前呼びって!? なんですか厨二病ですかお子ちゃまですかゴスロリですかそういやきゃりぱみゅみたいなツインテっすねっ! とか思って、それは脳内だけで留めた。さすがは東京もう数えるのは諦めた、だった。
それはともかく――と必死に表情をまじめに戻し、
「い、いっ、や……その、じゃあ、なんで……ッ」
「じゃあってなんデスか? っていうかなんでそんな震えてるんデスか?」
「そっ、その、無理に標準語喋ってる、感じ、も、やめて……ッ」
「そんなことないさー!」
ピシッ、と場の空気が凍りついたようだった。これは当人含めてみんなが、やっちまったな的な感じを醸し出した故だった。気づけば周りの数少ない生徒たちも結構聞き耳たててたみたいで、全体的に重苦しい空気になっていた。どうすんだ、これ?
「…………」
「……なんで黙るさ――んデスか?」
「黙るさんってナニ人ですか?」
「うっさい」
もうどうしろと?
「――くっ、ぷぷ」
と思ったら、笑っている人物がいた。それもぼくの、目の前に。
「……嘉島?」
「なにがおかしいんデスかっ!」
それに堀さんもぷりぷり怒っていた。なんかこんな感じで感情丸出しで怒られると、それはそれで可愛く思えてきた。そんな堀さんに対して嘉島はなにをいうでもなく控えめに笑い続け、それに堀さんはますますムキになっていった。なんだ、この二人案外いいカップルなのかもしれないな。
「ハハハ」
「だから笑うなさーそこっ!」
「ハハハハ、堀さん訛ってる」
「な――ッ!」
堀さんは絶句し、たまらない様子で全身をわななかせたあと――ようやく少し落ち着いたように肩を落とし、
「……ゴメンなさい、ちょっと取り乱しまシタ。深雪としたことが、不覚デス。以後、海よりも深く反省しマス」
「うみんちゅ?」
キッ、と猛烈な勢いで睨まれたので、さすがに反省しておくことにする。どうもデレが始まったようで、正直面白かった。そういえばアキバくらいには一度行っておくべきかもしれないと今更思った。
「いや、ごめんつい……いや失言、失礼失礼……」
「なんだか、思ってたより全然先輩って不真面目なんデスね」
評価だだ下がり本当にありがとうございます、別に真面目でいい人だなんて自己紹介したつもりはない。ただまぁ、余計な干渉は好まないというのは実際だったが、とリアルなジト目を観察する機会に恵まれつつ思ったりした。
「いや、面目ない。というか堀さんこそ、なんだかユーモアっていうか、愛嬌ある女性なんですね、意外です」
「それは明らかに褒めてまセンよネ……」
「そ、そうでもないですよ?」