二十七話
それが透けて見えて、ぼくは虚しさに張り裂けそうな気持ちになっていた。
二次会はカラオケで、と赤羽は提案した。それに賛同したひとは、残念ながらひとりもいなかった。万知子さんは苦笑いをただ浮かべ、ぼくは視線を左右に彷徨わせ、嘉島はただ笑い、堀さんは無表情で、輿水さんは明後日の方を向いていた。
結局その場で解散となり、ぼくは赤羽とふたりで帰路についた。嘉島もこのあと用事があるという。そして赤羽の誘いに乗り、ぼくはふたりで結局カラオケにいくことにした。
歌も入れずに赤羽はいきなりビールを注文し、運ばれてきたそれを間髪いれずに一気した。ぼくはその様子をただ黙って見つめていた。さらにもう一杯、今度は芋焼酎。なんださっきのは無理して都会に合わせていただけなのかなんて野暮なことは言わず見守り、またも持ってきたのをわき目も振らず一気。さらにご注文は? と伺う店員を手を振って追い出し、そして赤羽に――
「だいじょうぶか?」
「あー……しっぱいしっぱい、このおいが、やっちまったじぇ、じぇじぇ……」
少し、自嘲が入っていた。赤羽にしては珍しい事だったが、むしろぼくはらしいと感じていた。ぼくはドリンクバーから注いできたカルピスソーダを口に含み、
「ま、赤羽はよくやったと思うよ。たった一日でメンバーを集めて開催にこぎつけたんだからさ。まぁ、メンツに若干の難ありだったかとは思うけど」
「へっ、わいに慰められるとはなー……なんか、情けなかばい」
「悪かったな、"おい"が慰めて」
「別にそういう意味じゃなか」
無くなったジョッキを傾け、空になっていた事に今さら気がついたように疑問符を浮かべ、改めて内線電話を使って注文する。今度も芋焼酎、ぼくの勝手なイメージもあながち間違ってはいなかったかもしれない。
「みんな、個性強過ぎばい……おいがすっかり、翻弄されっぱなしやった。いや参った参った……」
アルコールのあとのカルピスソーダは、なんだか酸っぱかった。ひょっとしたら涙が混じっているのかもしれなかった、そんなわけはないが。
「みんな、東京人だったのか? いや、菅原さんは確か京都だとか言ってたっけ……堀さんは?」
「沖縄」
ちょっ、マジかよと思った。深い雪という名前で、しかもあのおおらかとは程遠いツンデレ具合でそれはなんだか詐欺みたいだとも思った。とするとあとは嘉島――いや、出身地なんてどうでいいか、あまりにぼくはこだわり過ぎだとも思うところもあるし。
とにかく地方出身の友達もろくにいない男二人での、侘しい反省会の続行中だった。
「っかし、まさか、ああなるとはなー……」
赤羽は酒が無い為所在なさげな手をブラつかせながら、ぶつぶつ言い出した。それにぼくは、カルピスソーダをもう一杯喉へ流し込む。今度は甘い気がした。やっぱりアルコールは、ぼくにとって苦いなと思ったりした。
「仕方ないよな……嘉島は喋らないし、堀さんは結構無愛想だったし……菅原さんだけは結構イイ感じだったけど、やっぱ三人だけじゃ――」
「輿水っていったっけ?」
少し上の空のように、赤羽は言った。それにぼくは、少しの間言葉を失った。
輿水菖蒲。
大学の、穴掘り少女。
会話が通じない、電波人間。
人の輪に入れない、不思議ちゃん。
「とン、っでもない子だったよなァ……ハンパなかったばい、全然会話出来んし、ていうかこっち向かんし、あんな子初めて見たけど……わい、あんな子どこで見つけたと?」
――どこでって、大学の中庭で。
と言いかけて、やめた。実際ぼくのようなひとり身の人間を除いてみな、相対する人間を見るので精いっぱいのようだった。謳歌する青春で、手いっぱいのようだった。だから中庭の隅で意味不明に穴など掘る人間の姿が目に入らなくても、それは普通のことなのかもしれなかった。
「いや、たまたま知り合って……そんなことより赤羽は、女の子ふたり、良くその日のうちに集められたよな?」
「ンなこと大したことなか、それより輿水って子、大丈夫と?」
「だいじょうぶ、と? って?」
「ああ、悪い悪い、大丈夫、なのか?」
「――――」
答えられる問題でもない、というよりなにを指して大丈夫だとかなんと言っているのかも定かではなかった。ぼくは黙りこみ、そうこうしている間に次の芋焼酎がきた。それがテーブルに置かれるか否かという間にひったくるようにして、赤羽はそれを煽った。そしてぷあっ、と大きく息を吐き、そのままソファーにゴロリと横になってしまった。心配する店員を、ぼくは大丈夫だからと下がらせた。大いびきをかく大学で初めての友人を横目に、ぼくはSEKAI NO OWARIのLove the wazを入れた。戦争ってなんだ、世界ってなんだ、幸せってなんだっけ? と歌っている痛々しくも切なくて、哀しくなる曲。それを誰も聞いていないカラオケの一室で歌っていると、今東京にいることも隣に九州出身の男が寝ていることも大学まで来てしまったことも何もかも、悪い夢のような気がした。
父や、母がいるあの家に、戻りたいような気が一瞬だけした。
気の迷いだと確信して、ぼくは一曲歌い終わってアルコールを注文した。なかなか見かけなかったレモンサワーというそのチュウハイは、なんだか甘酸っぱい味がした。
終電ギリギリで、ぼくは家に辿り着くことが出来た。赤羽は結局自力では起きず、ぼくは肩を揺すって2,3分かけて起こすハメになった。ふたりして真夜中の街を、疾走した。途中赤羽は逆流し、都会の一角を胃のもので汚した。周りを見ると同じような人間は幾人も目に入った。周りからは自分たちも同じように見えているんだろうかと考えた。