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二十六話

 白羽の矢が、立った。正直スルーしたいような状況下だったが、実際彼の頑張りは感じ入る所ではあった。ここで協力してもバチは当たるまい、もう二度とこのメンツとも会わないだろうし。全く本当何しに来たんだかな、オレは。

 頭をかきつつ、

「えーと……赤羽の親友の、ユッキーノこと上月之乃です。以後お見知りおきを――」

「ぷっ!」

 一部で、ヤケに受けていた。主に菅原さんに。隣では赤羽がバカ笑いしてたし、でももちろん嘉島と堀さんはノーリアクションだったし、これはアレだ、このふたりも数合わせだな、確信した。

「アハハハハハハハっ、さっすがユッキーノばいナイス自己紹介っ! ではじゃあ最後に、そこのユッキーノのお連れの女の子ちゃん、自己紹介、お願いしまーす」

 軽やかな連携だった。これ以上ないほどの、流れ。これなら自己紹介は、普通に自分の名前を言えばそれで済む。ぼくと菅原さんは拍手までしてるし、赤羽はきちんと手を添えて素晴らしい笑顔だし。他二人はおいといて。

 なのに。

 彼女はなにひとつ、話す様子は無かった。

「――――」

 ピン、と糸が張られたような緊張感。手すら、振らない。表情すら、変えない。目すら、合わせない。本当に、声が聞こえていないかのような完璧過ぎる無視シカトっぷりだった。

 空気が悪い悪くないというレベルではない。ただもう、なんというか――

「あー……えとー……きみ、きみけど?」

「――――」

 鉄壁、という言葉が頭に浮かんだ。ブレねぇ。真っ直ぐ前だけを見て、まるで魂が抜けた人形のようだった。

 人形のようだった。その浮世離れした服装も、異常なほどに整った髪形も、その造形も。

 人形に掛ける言葉って、なんだろう?

「……なぁ、上月?」

 様々な妄想が脳裏を駆け巡っている中、気づけば耳元で赤羽が助けを求めていた。それにぼくは正気を取り戻す。少し、トリップしていたらしい。

「あぁ、おう、わかってる……あの、輿水さん?」

 ぼくは襟を正し、彼女のほうを向いて、声をかけた。

 彼女はそれでも、こちらを向くことはなかった。やはり彼女の心は、まったく読めない。怒っているのか? 呆れているのか? それとも結局は、いつも通りなのか?

 周りの爆音が、遠くの出来事に感じられる。またあの壁が、認識出来るようになってきた。これは彼女の在り方に感化しているのだろうか? わからない。いつも世は、わからないことだらけだ。だから結局は、なにも変わらないという事だった。なにも変わらないのだから、ぼくもいつものように行動すればいい。

 ぼくは彼女の肩に、手を当てた。

「ひゃ!?」

 それに彼女も、いつも通りのリアクションで応えた。ぼくは半分払われた形の自分の手は気にせず、ただ感情の灯らない瞳で彼女の姿を見つめていた。

 彼女はいつものように怯えた顔をして、その手で自分の身体を庇っていた。

「え? あの……な、なにか?」

「輿水さん、」

 彼女の目の網膜が、ぼくの姿を捉える。

 ぼくは言うべき言葉を、図りかねていた。

「あの…………自己紹介、してもらえますか?」

 おそらく30秒くらい、経った気がする。

「わたし……輿水、菖蒲っていいます。よろしく、お願いします」

 その瞳は、どこも見ていなかった。ただ促され、それに従う形を取ったに過ぎない。それは誰の目にも明らかだった。

 この異質が、受け入れられる環境などあるのだろうかと考えたりした。

 合コンは、それでもそれなりの盛り上がりを見せた。確かに男女ひとりづつは口も開かず参加する体すらとらなかったが、それでも男二人と女性一人は積極的に交流を求めたし、もうひとりも無愛想ながらにお喋りにはそれなりに参加していた。最初から2対2だと思えば、それは楽しめる類のものだった。赤羽の前向きさと明るさと、万知子さんの華やかさと器量に救われた感があるのは事実だったが。

 だけど正直ぼくは、輿水さんのことが気になって仕方がなかった。話しながらも、機を見て彼女の方を向いた。最初どきっ、とさせられた。彼女は、俗に言う窓際の花になって――いたのではなく、あさっての方を向きぶつぶつと呟いていたからだ。

 普通じゃない、というのはとっくにわかっていた事実だった。その筈だった。しかしそれを人前、というより一般社会に連れ出すと、その浮き彫りにされた大きさに、ぼくは呆然とするしかなかった。

 ぼくはそれが気がかりで、途中何度も上の空になり、そのたび赤羽に注意され、そしてみんなに笑われた。それを誤魔化す為、ぼくも苦笑した。よく見れば輿水さんも、そして嘉島も笑みを浮かべていた。表面上はぼくたちはまったく普通の、楽しげに談笑しているどこにでもいる大学生の集まりだった。

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