二十五話
くん、と鼻が動く。それはもうもうたるほどの、いわゆる酒気だった。
アルコール、アルコール、アルコール。どこを向いてもみんな、ジョッキでコップでなかには瓶ごと、がっぽがっぽと酒やらチュウハイやらビールやらを煽っていた。みんな、よっぽど嫌な事があったんだね。見ていると、不思議と穏やかな心地になった。
「いらっしゃいませ、お客様人数は――」
「ああ、ツレがいるの」
「それは失礼致しました」
従業員は一礼して、奥へと走っていった。大変にお忙しそうだ、心中察する、ぼくもそうだから――大変だよな、週末の居酒屋。なのに仕事でもないのにぼくは、ここにいる。運命の不思議を感じずにはいられなかった。
「じゃ、いこう」
そして菅原さん筆頭に、ぼくたちも人の熱気をかき分けるようにして奥へと進み――
「アハハハハハハハっ!!」
バカ笑いを、聞いた。
その主が、こちらを向く。
「お? よーうユッキーノ、おっそかぞなんしよったとやもーやっとるばい盛り上がっとるばい楽しかばいアハハハハハハハハハハッ!!」
「なんだよ、ユッキーノって……」
アッキーナかよ、というツッコミは言葉にならなかった。赤髪が、赤鬼になっていたからだった。
顔、真っ赤。ここまで人は真っ赤になれるのかってくらいだった。しかも手にあるのは、チュウハイ――たぶん、カシスオレンジあたり。それで立ち上がって、バタバタしての大立ち回り。九州人は芋焼酎で、樽いっぱいくらい軽いというのも偏見だとよくわかった次第だった。
しかし――
「……盛り上がってる、ねぇ?」
菅原さんが振り返り、肩をすくめた。それにぼくも、苦笑いを返す。
テーブルについていたのは、予想の通り3人。向かい席の奥に赤羽、手前の席奥に例の嘉島くんと、真ん中に小柄な女性がひとりだった。
そして問題は、赤羽以外は正座で座り込み、ただ黙々と飲み物を口に運ぶだけで、ぼくたちの登場にも振り返ることはおろかリアクションすら無かったということだった。
なんだこの、空気?
それに赤羽はパン、と自分の額を打ち、
「あいたたた、それいわれると痛かねー。ままままま、とりあえずお三方席についてついて、まずは乾杯といこうぜ!」
勧められるままぼくたちは、席に着く。席順はそのまま、手前の席に菅原さん、奥の席にぼくと輿水さん。これが一番ベストだと思えた。特に輿水さんは、間にぼくというクッションを噛ませておきたいところだったし。
っかし、合コンか。
ふわー、と視線を巡らせた。左から嘉島くん、右に菅原さん、そしてその二人に挟まれるような形の真ん中に――
ツインテール?
「じゃじゃあみんな集まった所で、自己紹介ターイムっ!」
すっかり赤羽の時間だった。とりあえず、任せておこうと思う。せっかく彼が、九州から出てきてひとりで4人そろえて実現させたイベントなのだ。心ゆくまで楽しませてあげようと思う。
「ではではまずはおいからっ! 九州出身の19歳、砺波大の赤い閃光とはおいのことばい赤羽冬馬でーすっ!」
中指と薬指を曲げ、他は伸ばして顔に添えてぺろっ、と舌を出す完璧な自己紹介だった。欠片も修正する所が見当たらない、ひょっとすると練習さえしたのかもしれない、その心意気に乾杯な気分だった。
ぱちぱちぱち、とまばらな拍手が起こった。叩いていたのは恥ずかしがりながらのぼくと、手前下座に座る菅原さんだけだった。ドキドキするが、まだ始まったばかり。ぼくは自分に言い聞かせるような心地だった。
「さてさて次は、万知子ちゃんどうぞー!」
「あ、うち? えーと……じゃあ冬馬ちゃんにならって、京都出身の20歳、菅原万知子でーす、よろしゅうお頼み申しますぅ~」
「イェーイっ、万知子ちゃん最高ばーいっ!!」
すげぇ盛り上げ方だった、拍手の音もひとりで十人分は打ち鳴らしているし、これだったら問題なさそうな感じさえした。あとふたりはやっぱり無言で無反応だったが、ぼくがその分は頑張った。
さて、問題のメンツの番だった。
「お次は、そだなー……嘉島っ!」
手で促された嘉島は――照れたような笑顔の前で二回、手を振っていた。
一瞬意味が、わからなかった。
『…………』
場の空気が、凍りつく。あの赤羽が×(バツ)の字に目を細め、突き出した四本指はぷるぷると震えていた。菅原さんはハァ~、とため息交じりの苦笑い。もうひとりはやっぱりリアクションすら無し。ぼくはただ、目をパチクリするしかなかった。ただただ、無力だった。
それでも赤羽は、赤羽だった。
「――じゃあ気を取り直して、深雪ちゃんっ!」
というのはさっきから一言も話していない、ぼくの目の前のこの女の子のことを言うのだろうか?
ぼくは初めて見た時からずっと、気になっていることがあった。
漫画の中とテレビのきゃりーぱみゅぱみゅでしか見たことが無かったその、ツインテールが。
「……掘、深雪っていいマス。よろしくお願いしマス」
それだけ不満そうに言って、自己紹介は終わってしまった。正直無愛想このうえなかったが、
「いえーいっ、サーサー盛り上がってきたばい! つづいて親友、ユッキーノ!」