二十二話
「はいもしも」
「遅かって」
相手の番号はまだ登録されていなかったが、名前を確認する必要もなかった、まぁでも一瞬疑問形かと疑いはしたが。
「……悪い、ちょっと立て込んでて」
「女の子の都合はついたと?」
沈黙、
「――衝立?」
「あ、わりぃ。ついた、か?」
「あ、あぁ……いやまぁ、その……まあ」
「おお、やるなー上月! じゃもう先会場行って待っとるけん、着いたら連絡してな!」
「あ、ちょっ待――」
ツーツー、という電子音。さすがは赤羽、弾丸のような男だった。ペースについていけるようになるには、まだ時間が――というよりなれるかどうかもまた、疑問ではあった。
ぼくはガタンゴトンという電車が揺れる音を聞きながら、携帯電話を握り締め、考えた。
「…………」
夜7時代の電車はあっという間に満員になった。ギュウギュウと押し込まれるように人が増えていく、都会ならではの光景だった。そしてそれはあまり見覚えのない光景でもあった。バイトに行く時間はもっと早いし、帰る時は電車を使えない深夜だし。無い日も遊びに行かず大学から直帰していたから、こんな光景は新鮮ではあった。
現実逃避してる場合じゃなかった。
もう本当に、躊躇している時間は無い。
「……あの、」
「はい」
もう輿水さんは、落ち着いていた。声色に動揺は見られない。逆にぼくは酷い事になっていた。完全に立場は逆転、まったくなんでこうなったんだか。
とにもかくにも現場に行く前に、まず――
「輿水さん」
「なんですか?」
「その……これから向かうのは、新宿でして……」
「その切符を買いました」
「そう、ですね……それで、実はご飯を食べるのはオレだけじゃなくて、他に女の子がふたりと男がふたりほどいまして……」
「そうなんですか?」
「はい、実は、そうで……あの、それで着く前に聞いておこうと思うんですが?」
「はい、なんですか?」
「あの…………参加して、もらえますか?」
沈黙、それはとてつもなく重かった。なんていうか、感覚的に。周りがザワついて、密着しているというのがデカいのかもしれない、なんていうか普段言ってるATフィールド的にというか、マズいこの子セカンドチルドレンか。
体感で、9秒。
耐えられる、限界だった。
「……帰る?」
「帰っていいんですか?」
悩ましい質問だった。正直状況を鑑みるにすぐにイエスと言ってしまいそうになった。
「…………いや、その……出来れば、帰らないで欲しいです、はい」
またも沈黙、とてつもなく重い、なんでこんなプレッシャーにされされなければいけないんだろうという理不尽に対する怒りまで生まれてきた、もう合コンなんてすっぽかしてぼくも一緒に帰ってしまおうか? 義理は、まぁ、無いし、いくらなんでも今朝告げて今夜というのは酷過ぎると思う、たまたまバイトなかったからいいものを、しかも女の子までヨロシクだなんて、都合良過ぎる、整理してたら余計腹立ってきた、うん、帰ろう、このまま電車乗り換えておうちに帰ろ~う♪、
「くすくす」
漫画みたいな笑い声が、聞こえた。
目を瞬かせて、ぼくは顔をあげた。そして声の発信源――隣を、見た。
笑っていた。輿水さんが。口元に手を当て、控えめに、でも目も細め、口元も緩めて、楽しげに。その美しい光景にぼくは目を奪われ――ふと我に返り、尋ねた。
「ど、どうしたん、ですか?」
「なんだかすっごい色々考えちゃってますね?」
ど、読心術? 有り得ない話じゃない、今までの言動――からすると、これも妄想のひとつなのか? マズい、こっちの方は一個も気持ちが読めないでその反応に一喜一憂してるっていうのに――
今さらだけど、少し、落ち着こうと思った。
そう、わからなければ――会話、すればいいんだし。
「……なんで、わかったんですか?」
「顔に書いてありますよ」
そうか、そう言われれば自然に納得、というか隣に座ってる美少女ほったらかして俯いて黙って悩んでるんだ、わからない方がおかしいか。
そう思えたら、肩の力が自然に抜けた。
改めて椅子にもたれかかる。
「……ゴメン、なんかオレ、いっぱいいっぱいで」
「大変なんですね?」
「いやでも、地球の裏側に行くことに比べたら大したことないですよ」
「いやー」
アハハハ、と頭をかく。その姿に、こちらもクスリと笑った。なんか、すげぇと思った。感情表現が豊かすぎる。ここまでくればもう、なんていうか尊敬の念すら抱いてしまうくらい。
だったらと、ぼくも覚悟を決めた。
「その……まずあの、迷惑おかけして、申し訳ないです」
ぺこり、と頭を下げた。
「いえいえ」
それに結構余裕の同じように頭を下げる彼女。それを確認してぼくは、
「それで……申し訳ないんで、輿水さんが都合がつかないというのでしたら、もうここから帰ってもらって、大丈夫です。帰りの電車賃はもちろん出します。友達にはオレの方から言っておきますんで……」
そこで改めて、沈黙が訪れた、三度目、しかし今度のは前二回のほど重くは無かった、ぼくの気持ちが解放されたのが大きかったのかもしれない、だいたい仕事でもないのに義務もなにも無かったっていうのに、どうもこういうところがぼくは固すぎると自分でも思う。とにかくこれでどっちかには転ぶから、あとは彼女次第――
「いい、ですよ」
なにが?
「え? あの……それって、どういう?」
「行ってもいいですよ、その会合、っていうか合コンですか? ハイ。今まで参加したことなかったんで興味あります、ハイ」
目が泳いでて焦点が合っておらず、しかもハイを二回混ぜるって、これはなにをどう考えても"また"、本音を言ってないだろ?
その、心は――
「……すみません」
「な、なにがですか?」
「いや……」
優しい子なのだと思う、たぶん。ただ向いている先が決定的に間違っているだけ。そう思うようにした。それ以上考えても答えなんて出てこないし、頭痛くなるだけだ。
ちらり、とG-SHOCKを見た。到着まで――
『本日は小田急線をご利用くださいまして、まことにありがとうどざいます。本列車は、急行大宮行きです。次は調布、調布です。新宿までお急ぎの方は、次の駅で準特急にお乗り換えを――』
残り、20分弱。




