十五話
変なところで真面目だよな、と悩ましかった。赤羽に、嘉島に、知り合いになるメンツ濃い奴ばかりだった。とても馴染めそうにないのがまた、悩ましかったりした。
それにしても、女の子か――
ふと。
ほんの気まぐれというか。無意識にというか。魔が差してというか。
左側を、振り向いてみた。
ポン、と土が宙を舞うところだった。
変なところで真面目だよな、と思ったりした。
「どうですか、調子は?」
気づいた時には、声をかけていた。
「…………」
やっぱり、振り返る気配は無い。徹底的に、穴を掘る作業に集中している。いや、本当にそれだけだろうか? いくら集中しているといっても、これだけの距離で完全に自分に向けて声をかけられれば、普通は気づくのではないだろうか?
"普通"は。
″不思議ちゃん″。
「…………」
ぼくは考え、一瞬躊躇い、そして――
「……あの、」
肩に手を、当てた。
とたん彼女は、振り返る。
「ひゃ……え、あ、あなた、は……?」
スゥ、と息を吸う。覚悟を決める。なにも合コンの為だけじゃない。と、思う。たぶん。言い訳大事、嘘カッコ悪い。よし、充分。ぼくはそれだけたくさん自分に言い聞かせてから、
「……オレの名前は、上月之乃っていいます。あなたの名前を聞かせてもらっても、いいですか?」
それに彼女はやっぱり自分を庇いながら目をパチクリさせて、
「わ……わたし、は、輿水菖蒲と、いいます」
知り合って二週間と二日目でようやく、互いの名前を知ることとなった。
ドックンドックン、と心臓が高鳴っていた。これがときめきだったら良かったんだけど、別の意味のドキドキも混ざってるから複雑だった。不思議ちゃんかぁ……どんな感性持ってるんだろう? さすがにいきなり暴れ出したりしないよな? もしくはセクハラだとか騒いでどっかに行ったり? いやいやそこまでは――さっきのふたりも、強烈だったよな。九州出身の熱いんだか冷たいんだかわからない赤羽に、紹介されておきながら一っ言も話そうとしなかった嘉島。そういう人間の思考回路も理解できないんだから、こんな不思議ちゃんの次の行動なんて予測出来る訳も無いよなと実際思う。うーわていうかこれときめき0%じゃん、せっつねー、所詮ぼくの青春こんなもんかと今度は悲しくなってきた。上がったり下がったり、ぼくの人生忙しいな。なにも無いのを望んでたっていうのに。
ちらり、とG-SHOCKを見ると、2秒しか経っていなかった。一般相対性理論バンザイ。
「…………あの?」
びくんっ、と身体が跳ねた。なにもこんなよそ見してるタイミングで話しかけなくても……!
「な、なんですか?」
「はい、あの……御用件は、なんでしょう?」
合コン一緒にやりませんか?
なんて言えるかよ、まさか。
「あ、あー……その、良い天気ですね?」
「曇ってますけど?」
はいベタですねどうもありがとう空も空気読んでくれて。
とかなんとか言ってる場合じゃないな、えーと、えーと――
「いや、その……オレ、曇り空好きなんですよ」
「そうなんですか」
「そうなんですよ」
「――――」
「――――」
うーわ会話続かねー。
泣きたくなってきた。そういえば以前も穴の話ばかりで、世間話のひとつもなかった。なんていうか、ぼくはそもなにをしたいのかわからなくなってきていた。なんだったっけ?
「…………その、」
「上月、さん?」
いきなり名前を呼ばれ、またもビクンっとしてしまう。最初と立場が入れ替わったようで、情けないことこの上なしだった。
「はっ、はい。な、なんでしょう?」
「曇り空、好きなんですか?」
――そこに喰いつくか?
ぼくはそんな戸惑いを悟られないように表情は変えず、
「あ、はい。その、好きですね。なんていうか晴れは押しつけがましくて、あんま好きになれないというか」
ちょっぴり本音も入れておいた。本当はそこまで天気なんて気にしたことはなかったが、とりあえず話合わせるのが先決だろうと。
すると、彼女――輿水さんは空を見上げ、
「わたし……雨空が好きです」
聞き間違いかと思った。
でも彼女なら在り得るなと、冷静に対処することにした。
「そう、ですか。雨空が……それはなんでなんですか?」
「虹が、見れるから」
「ぶっ!?」
二日続けての、吹き出しだった。マ、マジで言ってんのか? 絶対頭お花畑咲いてるタイプだとばっかり――いやこれはこれで咲いてるのか?
ぼくの葛藤とは裏腹に彼女は素敵な笑みを浮かべ、
「雨雲で覆われていた空が、晴れたあとに広がる、天に掛かる大きな橋――虹。……あぁ、素敵じゃないですか」
確かにそう聞くとかなりメルヘンチックで、少し同意しそうになった。
「虹に乗って、空を渡れたら……あぁ、素敵ですよね。飛行機いらないし、海外行き放題、お金の節約。あぁ、本当に素敵ですよね……!」