十二話
ぼくはチラリ、と壁の時計を見て――今日の講義を、諦めた。どう考えても今から戻って4時限目には間に合わないし、この目の前の男がいかせてくれるとも、思えなかった。
「ハハ……それで、どうする? これから」
「あー、そうだな。上月、腹減らん?」
「減った」
正直に言った。なにしろ10時半から現在3時前までなにも喰ってないのだ、そりゃ減りもする。
赤羽はぼくの返事に、ニヤリと笑った。
「んじゃ飯食い行こうぜ」
というわけで、赤羽行きつけのラーメン屋に行くことになった。とんこつラーメン、出身は福岡か熊本か? まぁそれはおいおいということにして――まずは一口啜り、ぼくは目を見開いた。
「うまっ、これうまいなホント!」
思わず素の感想が飛び出る。
ずるずるずるっ、と麺をすする手が、止まらない。麺は腰があってシコシコ、スープは濃厚豚骨で、チャーシューは脂が乗ってて強過ぎなくらいの塩味が食欲を爆発させてたまらなかった。
ズルズルズルッとかきこみ、咀嚼する。濃厚なそのスープと、面と、シャーシューが、口の中で暴れ回る。うンまい、ラーメンってこんなにうまかったのか、毎日テレビで特集されるわけだよな、と今さらながら感心する。あーうまうま。
「おっ、いい食べっぷりだな東京人」
「じゃないって」
なんだか赤羽のペースになっているなと感じた。まぁ、それならそれで、ひとにペースを合わせるのは慣れてるし、別に一緒にいる時ぐらいなら構わないし――そんなに居心地も、悪くないし。
「ンクンクンクンク……ぷあっ! あー食った食った、ごちそうさん」
キッチリスープまで飲み干し、赤羽はしっかり手を合わせていた。ぼくは麺とシャーシューを食べてスープは少しだけ飲んでごちそうさましていたが、こちらも手を合わせてみた。やはり食にはしっかり感謝の念を持つべきか、と。
赤羽はそれを見届け、
「そいでさ、上月はなにしに東京きたと?」
食べ終わって水飲んで一服ついてから一発目の話題にしては核心突いてくるなと、ぼくはやや面喰いつつ、
「あ、あぁ、そだね……実はオレ、親、いないんだよね」
「ほう?」
なんていうか、この気を遣わないというかザッくらばんなところが、ぼくは気に入っていた。だからぼくもなんというか、大胆になっていたように思う。
別に構わないだろう、本音を言ったってくらいに。
「それでずっと従弟の家にお世話になってたんだけど……その、肩身狭いとも違うんだけど、なんていうか、申し訳なくってさ。別に関係ないのに色々世話してもらって。だから上京して、ひとり暮らししてるってわけ。そういう赤羽は?」
なんだか話してるうちに重い雰囲気になりそうな予感を感じたので、早めに切り上げた。よく考えれば会って早々かます話じゃないし。チラリ、と顔色を窺うと――赤羽は頬杖ついて、こちらを見上げてた。
なんていうか、なんともいえない表情で。
「なるほど、やっぱ人間みんな色々あるよな……そいで、今はバイトとかしとっと?」
「あ、ああ。深夜の居酒屋。結構キツいけど、身入りはいいし」
「っへー、すごかなー……細い身体しとっとに、根性あっとなー」
「っても赤羽も細いだろ」
「筋肉つけたかなー」
ハハハハ、と笑い合う。アレ? コレ、青春? ぼくはふと、思っていた。今まで遠くに感じていたソレに、ぼくは身を投じているのか?
「それで、上月」
「え? な、なに?」
「お前、彼女はおっと?」
「夫?」
さすがは方言、沖縄東北ほどではないが、わからないところも出てくる。おっとって、まさかオットセイか?
「ああ、悪い悪い。彼女、おるの?」
おるの――いるの、ってことか?
「ああ、いや、いないけど?」
「へー、おいはおる」
「へー、よかったな」
「でも昨日別れた」
「ぶっ!」