それは、
ぽん、と肩に手を当てられた。嘉島だった。もう何度目かのそれだから、すぐにわかる。こいつは言葉の代わりに、掌の温度で気持ちを伝えてくる。
いつも気遣ってくれる。
どうせ俺の擬態も、バレバレだったのだろう。
「先輩……」
素っ気ないような言い回しも、微妙なトーンの違いに気持ちを込めていた。それがここ一年で、理解できた。このふたりはそういう意味では、本当にお似合いだと思う。今なら心の底から、祝福できる。
携帯が、震える。ぐずぐずと涙を流しながら、俺は取り出した。菅原さんだった。あのひとエスパーかよ、心で毒づきながら文面を読む。たった一言だった。だいじょうぶ?
ちくしょー。
ぜんっぜん、だいじょうぶじゃねーよ。
「ぐっ、つ、あ、は、う……!」
「之、乃……!」
嘉島が、俺の頭を自身の胸に引き寄せた。男の胸で泣く男なんて、本当泣けるしかないくらい情けなかった。
本当は。
理解なんて。
納得なんて。
ほんの少しだって、しちゃいなかった。
「俺……俺、輿水さんに……さんに好き、だって……会いたくて、でも、だけど、それでも……!」
「上月ー! おいも、悲しかぞ――――――――っ!!」
赤羽も、上から覆いかぶさってきた。暑苦しかった。でも心が同じ親友がいるってことがこんなに嬉しくて、救われるものだなんて、思ってもみなかった。
俺は、泣いた。泣いて泣いて泣き腫らして、もう涙出ないってくらい泣いてから、ほんの少しだけ楽になって、男ふたりと離れた。ホント俺、気持ち悪いよな。
「悪い……俺、ちょっと」
「気持ち悪いデスね」
申し開きも出来ない感想に晒され、俺は消沈した気持ちで頭をあげた。
「てか深雪ちゃん、すごい目真っ赤だね?」
「気のせいデス」
「てか今もだくだくと涙流れてるけど?」
「視力検査をお勧めしマス」
みんな、全然変わってなかった。いやむしろ、絆は強くなっていた。
だから俺は、彼女だけの為に、肉体を捨てるわけにはいかなかった。
これは全部、彼女がくれたものだったから。
「……あのさ、俺、俺さ」
「おいも諦めとらんばい」
いつも俺の台詞を、先に言ってくれた赤羽。
「うん……」
「だいじょぶ、だ……ゆき、の」
拙い言葉で、元気づけてくれた嘉島。
再度バイブ、メールには――
『たぶん大丈夫じゃないと思うから、お姉さんからの一言アドバイス。無理しちゃダメよ? 友達に、うちに、弱くなって、甘えて、頼んなさい?』
色々と教えてもらいっ放しの菅原さん。
そしてずっと助けてもらいっ放しの――
「深雪ちゃん?」
「――深雪ちゃん? デスか?」
あ、またやってしまった。
「いえ、その、堀さん……?」
「まー別に……ぐちゅ……深雪ちゃんデモ、いいデスけど」
相変わらず、涙脆かった。そして、微妙に優しかった。なんか、泣けてくる心地だった。
「あ、じゃあその……深雪、さん」
「なんデスかそれ?」
「いやその、この辺が妥協点かと……それでその、どしたの?」
深雪ちゃんはずっと泣きながら、笑って、こっちに向けてピースサインを作っていた。
深雪ちゃんは、これでもかってくらいドヤ顔作って、薄い胸を張った。
「先輩、深雪を誰だト思ってるんデスか?」
「? や、深雪ちゃんは深雪ちゃんだと……」
「…………」
ジト目炸裂に俺はタジタジとなって、
「や……その、この日本で飛び級かました、稀代の天才少女だと……」
「その通りデス」
ぽん、と嘉島が肩を叩いた。俺が疑問符を浮かべると、反対側を赤羽が強めに叩いていた。わけがわからない。俺はふたりと顔を見合わせたあとに深雪ちゃんを見て、
「……あの?」
「そう、稀代の天才少女堀深雪ちゃんなのデス。デスから、普通のヒトがどんなに頑張ってもわからないコトも、天才少女堀深雪ちゃんはわかってしまうのデス、天才デスから」
――ちょっと待って。
「や、いや……そんな、バカな、いや、やめてくれよ、そんなありえない奇跡を、期待を、抱かせるなんて、そんなあんまりに残酷な……」
「苦労しマシたよ、深雪も先輩の妄想を疑わないコトもありまセンでしたが、その割ニハ先輩の話ニハ整合性が確認出来て、その薀蓄には含蓄がアリ、作り話とするには無理がアリ、だとするナラそれがアリうるという仮定の元で話を勧めるほうが建設的というか――」
「いっ! いや、あのっ」
俺はあまりに長い前口上に、思わず口を挟んでいた。
というか、我慢できなかった。
「――なんデスか?」
不服そうな口調にも、構っている余裕はなかった。
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと――!
「こっ、こしみ、ず……さっ、は!?」
「喜一郎のマネデスか?」「ひどっ、おま……」
「いるのか!? いないのかっ!?」
「いますよ」




