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百七話

 すべてを清算させてくれて。

 今まで犯した罪と、大学で出来た友と、すべて含めた自分と向き合うキッカケと勇気をくれたのは、キミだった。

 だから――

「それはあなたの、強さです」

「ぼくは、逃げてきたんです。なにもかもから……だから今回は、逃げたくないんです。輿水さんには、生きてほしいんです。だって――」

「すいません」

 その口調は、断定的な響きを含んでいた。

 だからぼくは次の言葉を、覚悟して待った。

「……もう、思い残すことがないので」

「だ、だったら……なんで?」

 その時ぼくは、自分がどういう意味でなんでと言ったのか、よくわかっていなかった。

 彼女は初めてそこで、微笑んだ。

「あなたを、待っていました」

 ぼくは一瞬、意味がまったくわからなかった。

「え……ぼ、ぼく……を?」

 なぜ?

 そういえばもう思い残すことが無いというのなら、なぜ――ぼくが来るのが見えたのに?

「はい。あなたが、わたしと会おうとしているのがわかったので。でしたら、会おうかと」

 理屈も無い。

 もう思い残すことも無いというのに、ただ会おうと向かってきているぼくに、だったらその望みを叶えようと――

 背筋が凍るほどの、それは衝撃だった

 こんな絶対的な優しさが、存在するのか?

 ぼくは――

「あ……あのさ?」

 ぼくはもう取り繕わず、細かいことを考えず、ただ想ったことを綴ろうと、

「……今度一緒に、カラオケいかない?」

 彼女はぼくの言葉にも、優しく微笑むだけだった。

 ぼくの方は冷や汗を流して喉もカラカラででも笑みだけは崩さず、必死だった。

「BBQっていって、いま、結構流行ってるんだって。夏が一番いい季節らしいけど、今も充分出来るらしいよ。やったことあるかな? お肉とか野菜とか焼いて、串に刺して、みんなで食べて、お酒なんかも飲んじゃったりして……レモンサワーとか、飲んだことある? 結構甘酸っぱくて、結構美味しくて、なんか青春の味がするっていうか、ハハ……」

「…………」

「その、ぼく、大学入って……今まで辛かったんだけど、少し、楽しかったんだ。初めて出来た友達とゲームセンターに行って、合コンに行って、カラオケに行って、ファミレスに行って……馬鹿騒ぎして、お酒飲んで、歌って、悩み……聞いてもらって……悩んで、苦しんで、気持ち悪くなったりしながらも、でも……迷惑掛けて、申し訳なくて、本当情けない話なんだけど、でも……嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて……生きてて、良かったと、思えるくらいで……」

「良かったですね」

 彼女の言葉は、どこまでも透き通っていた。まるで不純物の含まれていない、蒸留水のようだった。

「だから、その……輿水さんにも、一緒に――」

「すみません。彼が、いるもので」

 この意味も、ぼくはいま完全に理解できた。

 彼氏が――恋人がいるから付き合えない、という意味ではない。

 彼――椿樹くんがいるから、表の世界では生きてはいけない、という意味だ。

 だからって、なんだ。

 引っ張られる枷という意味では、どちらも一緒じゃないか!

「で、でも……!」

「よかった」

 なにがだ?

「え……あ、あの?」

「ずっと、気に掛かっていたんです。ひょっとして、とても余計で、失礼なことをしてしまったのではないかって……でも、お元気そうで、安心しました」

 それきり彼女は、瞼を閉じてしまった。

 焦燥感に、心臓が鷲掴みにされたかと思った。

「いや、でも……いやあのそれは本当にありがたかったっていうか本当に感謝してるんだけど、けど輿水さんは……!」

「…………」

 だんまりだった。いやもっといえば、彼女はきっともうぼくの言葉を聞いていなかった。

 その肩から、指から――全身から力が抜けていくのが、視えるかのようだった。

 なにが起きるのか、予測も付かなかった。

 けどぼくが望むものじゃないことだけは、ハッキリと確信を持って思えた。

 だから――叫んだ。

 縋った。

「こ、輿水さんっ! ダメだって、死んだらダメだって! まだ……まだ生きてたら、絶対いいことあるから! 嫌なことばっかりじゃないから! ぼくだって、こうしてほんの少しまともになれて、それで友達にだって恵まれて、それで――」

 そこまでまくし立て、ぼくは絶句することになった。

 届かない。

 どこまで声を荒げても、どこまで心を振り絞っても、どれだけ魂を震わせても――彼女に気持ちが届くことは、無かった。

 彼女の、世界。

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