百二話
「あ、お、うん……あ、ありがとう、その……心の友、YO?」
「ア"ア"ア"ア"ア"ア"ッ!!」
素晴らしい返事を承っていた、というかしれっ、とこちらにもそのノリがうつっていた。
もう、なんでというのは止めておいた。
理屈や計算で物を語るのは、止めておこうと思った。
だから最後に、美雪ちゃんのほうを向いた。
今さら訊くのも、野暮だとは思ったけれど。
「美雪ちゃん、キミは……」
「では先輩方、いってらっしゃいませ」
ズドガシャッ、と盛大にすっころんだ。見るとオレだけじゃなく赤羽もいつも笑ってる嘉島もいつも余裕ぶってる菅原さんさえも、盛大に砂煙をというか室内だからどっちかっていうと摩擦熱による埃を巻き上げていた。うん、みんな体張ってんなー。
そんなこんなでみんなダンゴになって体を折り重ねるなか、ぼくは半分虫の息で呟いた。
「あの、その、なんていうか……来ないンデスか?」
「行きませんよ、っていうか先輩相手に命は賭けられません、無理です、ゴメンナサイ」
ぺこり、と頭を下げられた。
すっげぇ、失恋モードみたいで激しく欝だった。
「あ、うん、そ、そだよね……よくよく考え、なくてもそれが普通だよね、うん……」
「というか……スミマセン」
と思ったら、美雪ちゃんは頭を下げていた。なにがどうしたもんかよくわからずにいると美雪ちゃんは、
「美雪、怖いんデス……正直、輿水先輩は美雪の理解の範疇を越えた、化け物デス。ココから先に行く勇気も、命を賭ける度胸も、ないデス……スミマセン、怖いんデス、美雪……」
ひしっ、と嘉島がいきなり抱きしめてた。
「わ……わーあー」
突然の展開に、ぼくは訳のわからない奇声をあげた。赤羽も、似たようなものだった。菅原さんはわーきゃーテンションあがっていた。
しばらくして美雪ちゃんは嘉島を押し、
「アリガトウゴザイマス、喜一郎……スミマセン、皆さん……アノ、本当に、ソノ……」
「いってきます」
ぼくは震える美雪ちゃんの肩を叩き、
「え……あの?」
「気にせんちゃよかばい、おいたちに任しとけって」
赤羽が美雪ちゃんの後頭部を叩き――すっごい嫌そうに髪をバサバサと梳いていたけど、
「……任、せろ」
最後に嘉島ぽん、と頭のうえに掌を乗せ、「あ……」と切なげに漏らした美雪ちゃんをそれに代わるように菅原さんが後ろから、抱き留めた。
「ま、この子のことはうちに任せて、男の子たちがきばってきなさい。いい報告、待ってるから」
『おうッ!!』
美女に煽られ最後だけ気合がノって声が揃う辺り、男の単純さだよなと苦笑いしたりした。
嘉島が胸元から、なにかを取り出した。それは一本のバールだった。動揺するぼくを脇目に、嘉島はそれをドアの隙間に差し込み、一気蝶番を弾き飛ばしてしまった。意外な力技に呆気に取られていると、嘉島は視線に気づき照れたように頬をかいた。そんなぼくらのやり取りをよそに赤羽は扉ごとを引き、外した。まったく躊躇ないふたりが、とても頼もしく思えた。
そしてぼくたちはその部屋に足を、踏み入れた。
「は……いや、その……あ?」
先に入った赤羽が、変な声をあげていた。初めて聞く声だった。真っ青になっていた。変な汗をかいていた。こんなに動揺する赤羽なんて、見たことがなかった。
ドクンドクン、と心臓が暴れだした。いったい、なにが? 動揺を抑える為に、様々な事態を想定する。どんな事態にも、耐えられるように。覚悟を決めて、ぼくもその先の光景を視界に納めた。
息が、止まった。
心臓まで、止まるかと思った。
広大なプールに、輿水さんがひとり浮かんでいた。
「な、んで……?」
ぼくは最初突然振って沸いてきた状況に、そんな風に錯覚していた。
違った。
それを理解したとき――ぼくは悲鳴を、あげていた。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
輿水さんは、確かに直径10メートルほどの穴の中に肢体を晒していたが、そこに満たされていたのは水ではなく、夥しいほどの無数の――蛇だった。
「あ、あ、ハァ? あああああアッ!」
ぼくは訳がわからなくなって頭を掻き毟り、跪き、額を床に叩きつけ、再度叫んだ。
赤羽も、腰を抜かしていた。口をパクパクさせ、まるで金魚のようだった。
ただひとり、誰かだけが俺たちの間を通り過ぎていった。
「…………」
半狂乱に陥ったぼくと、魂抜けた赤羽を尻目に、嘉島は至極いつも通り自然体で、輿水さんに向かって歩いていった。それを目の当たりにして、ぼくと赤羽は少しだけ我を取り戻し、顔をあげた。




