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百話

 ぼくは恥も外聞もなくそちらに、手を伸ばした。

 その手がなにかに届くことは――なかった。

「――なにしてるんですか、あなたは?」

「いや……ッ、く……な、んでも、ないです」

「変というか、なんというか……残念なひとですね、あなたは」

 そのいつもの調子の言葉に、ぼくは痛みに苦しみながらも少し落ち着き、瞼を開けた。

「やあ」

「ども」

 なんかそのちょっと惚けた言い方が、可愛いなと思ったりした。手、掴んでくんないかなとちょっぴり思ったりもしたけど。


 ネチネチネチネチ、と延々文句を聞かされた。でもぜんっぜん頭に入らなかった。理由、単純に拳痛かった。でもネチネチネチネチネチネチしつこく説教かまされてる間、献身的な治療を受けさせてくれた。だからもう、ぼくはなにも言う必要がなかった。

 だから全部話が終わって、少し間が出来てから、ぼくはゆっくり話し始めた。

「……ごめん」

「まー、わかればいーデスけど」

 素直に謝ればキチンと許してくれる器の大きさ、とココでは言っておくというか思っておくのがたぶん正解なのだろう。

 素直に謝ればキチンと許してくれる器の大きさ、イケメン過ぎて惚れそてしまいそうだった。ちなみに最後の包帯がやたら締めがキツかったのはなんの関係性もないのだろうたぶん。

「いでででででっ……けど、残念ついでにもうひとつ、お願いしてもいいかな?」

 深雪ちゃんはぴっ、と包帯を切ってから、ため息混じりにこちらを向いた。

「……その前二、理由をお聞かせいただけマスか? ナゼ、そこまでするかヲ。深雪言いましたよネ、ダメだっテ。なのにそれを振り切っテ――それに拒絶されましたよネ、鋼鉄の扉を閉め切られテ。なのにそんな駄々っ子みたいなマネしテ、傷モノになってまデ、どうしテ――」

「好きだから」

 ぼくは初めて、表層の自分では自覚どころか思いつきもしなかった本当の想いを、認めることが出来た。誰かが、好き。そんな感情を抱ける日がくるだなんて、想ってもみなかった。だけどコレはそれ以外にどう表現のしようもない、誤魔化しようのないただただ純粋な心だった。

「それハどういう意味の、好きデスか?」

 初めての告白をまったく動揺なく追及され、ぼくは深雪ちゃんとの温度差を危惧してみた。

「――恋愛、的な?」

「そうユウ、甘酸っぱいことを訊いてるんじゃないデス」

「そ、そっか……あーつまりは、オレの――」

「覚悟を、聞かせてください」

 コンマ3秒くらいで、答えようと思った。

 しかしその直前、美雪ちゃんの右手が閃いた。それは顔に向かって飛んできた。一瞬引っ叩かれるのかと、ビクっとした。

 しかしそれは顔の前で止まり、ぼくはなにかと恐る恐る視線を向けた。

「……携帯?」

「捨てられるんデスか?」

 iPhoneだった。たぶん最新版の。それがぼくに突きつけられていた。

 その表示画面は、電話帳を映していた。

 言いたいことは、よくわかった。

「とも、だちを……」

「だけじゃないです」

 赤羽、ぼく、菅原さん、そして輿水さんの名が表示されていた画面が手を差し出したままの親指のみによる高速タッチパネルによって画面が変わって、グループが家族、に変わる。

 家族。

「捨てられるんデスか?」

 一瞬究極の選択かよ、という言葉が脳裏をよぎった。

 でも――

「……家族たって、オジさんとオバさんに、従兄ぐらいしかいないし」

「いらないんデスか?」

 いる、いらない、という杓子で測れるものではないと思うが?

 タッチパネルで高速操作され、次々とグループが表示される。小学校の知り合い、中学の知り合い、高校の知り合い、バイトのひと、近所付き合い、親戚、その他――

「どうですか?」

「美雪ちゃん、学校関係はぜんぶ知り合いとかって書いてんだね。てかバイトはひととか、近所付き合いとか、性格出てるね」

「うるさいデスよ」

 ハハハ、とひとしきり笑った。

 そして、答えた。

「ぼくには、無かった」

 語り、始めた。

「ぼくには、なんにもなかった。ただ、生きていただけだ。もっといえば、死んでなかっただけだ。死なない為に、親の仇に庇護されて、煮えくり返るような復讐心やら恨みやらナニやらも、全部収めて能面みたく操り人形みたく、死なずにきた。

 ぼくは自分の心を、誰にも晒さずにきた。

 だからぼくには、誰かに繋がる権利なんてなかった。誰とも繋がれず、気持ちを共有できず、孤独だった。仕方なかった。それでよかった。今のでそれを、思い知らされたよ」

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