十話
その姿に、ぼくはドキン、と自分の心臓が高鳴るのを感じた。ときめき? これが、ときめきと呼ばれる感情なのだろうか? ぼくが生まれて初めてに近いこの感情に戸惑う中、彼女は――
「会わなきゃいけないひとが、いるから」
「恋人ですかっ?」
自分でもビックリのスピードで聞き返していた、というかこれで正解ならたぶん世界最速に近いくらいの失恋になるんじゃないのか、大学での初恋だっていうのに切ないのは彼女じゃなくてぼくだったっていうオチか文章長ぇよ。
それに彼女はさらに想いに馳せる哀愁漂う表情を魅せてカッコ漢字間違い、
「ちがいます……」
「なら、御兄弟とか?」
「いえ……」
「だったら、音信不通の御両親とかですか?」
ふるふる、とあくまで雅に首を振る彼女。だがこちらはもうネタ切れだった。だったらなんだ? だったらなによ? だったらなんなんだよ!? 荒ぶっていく心とは裏腹に、ぼくはあくまで笑顔で、冷静に言葉を紡いだ、というゴメンぼく明らかに心あるわ、うん。
「では、誰とお会いしたいんでしょう?」
うん、普通の言葉遣いじゃなかったけど。
それに彼女は若干うるんだ瞳をこちらに向けて、またもこちらの胸をどきんと震わせ――
「この世界には、いません」
「――――は?」
一瞬、聞き間違いかと思った。「こ……せか、い――は?」
いやわけわからんが、自分でも妥当な反応だと思うよホント?
しかし彼女の方は、まるでひとが違ったような芝居がかった仕草で髪をかきあげ――
「この世界には、いないんです。だからわたしは、行かなくちゃいけないんです。会いに行かなくちゃ、いけないんです。地球の裏側に"存在"するという、その世界に……」
背骨に氷柱を入れられたような、そんなラノベ的な発想が出るほどの寒気を感じた。
「…………」
じりっ、と後退りする。右手で顔を庇って、表情を見られないようにした。噂には聞いたことはあったが、実際に観測たの初めての経験だった。本当に存在するとは、さすがは都会だった。地方とはひとの層が一枚も二枚も違う。
これが――
「だから、頑張って掘らなくっちゃ! 未だ見ぬ新しい世界が、わたしを待ってるんですからっ!」
そして決意を新たにザクザク嬉々とした表情を浮かべてシャベルで中庭を掘り返す彼女を見て、ぼくは確信した。
正真正銘、ホンモノの――不思議ちゃんだ。
その場から結局ぼくは、撤退した。理由はいくつもあった。付き合いきれないだとか、怖くなったとか、そういう諸々で脳味噌がオーバーヒートを起こしただとか、ていうかこの展開二回目だなおいという自分にツッコミも忘れずに。
とにかくさすがは東京、さすがは大学という感じだった。色んな人種がいる。そしてやっぱり自分のやり方に、間違いはなかったと確信した。うん、あんなんにまともに付き合っていたらせっかく続けられているぼくの理想郷な安定した生活が浸食されてしまう、やっぱりマイペースが一番だねと。
そう心も新たにたところで――
「あのさ、友達にならん?」
ぼくに友達が、出来ました。
「え? いや、あの、えぇと……」
それは一限目の授業であるフランス語Ⅰが終わった直後に、訪れた。ぼくはその時、油断しきっていた。なにしろ件の世界の裏側に行きたいという不思議ちゃんとの第三種接近遭遇のあと――いや実際に遭遇したのは随分前だったが発覚したのはついさっきでだからそう言ってもさほど間違いではなく、とにかくそういう青天の霹靂、蒼天に雨つまりはキツネの嫁入り的な出来ごとのあとで、ひと息ついていたというのが実際だった。そんな折り「あー終わった終わった」とわかりきっていることをピーチクパーチク囀る失礼どうも口が悪くなっているな疲れているのかもまぁそれはいいとしてそんな周囲をよそにぼくは席を立つこともなく、まったりしていた。
大学の休み時間は15分あるから、そんな急ぐことも無い。ここで5分くらいしてから、フラフラ構内でも散策するなり図書館に行くなりカフェテリアでぼんやりするなりしようと思っていた。ちょうど次の時間の講義は空けてあるし。
そんなタイミングで大学に入って初めて、他人に声を掛けられたのだ。まぁ正直自分から空気になろうと努め、それが自然話しかけるなオーラを醸し出していたかもしれないことは否定しないが。
――どうしよう?




