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カラミティロア  作者: 内藤はると
円環に連なる者
2/2

2.





 「シャッター下ろしてる割に通用口は開けっ放しか。適当な奴らだぜ」

 ビルの一階ロビーを見回し、シャルルが吐き捨てるように言った。

「シャッターは立て篭もりであることのアピールで、警察の突入をさして脅威としてはいないんでしょう。どちらにせよ私たちにとっては好都合」

 セレンはロビーの中央に立ち、ロッドの先で何度か床を打った。障害物を探るというより、床の質感を確かめているような動きだ。

「それにしてもよ、なんでそいつをわざわざ呼んだ?」

 シャルルが首を傾け、背後にいるステラを顎で指し示す。ステラは他の三人に比べ、やや緊張した面持ちで周囲を見回していた。

「実戦経験のない新兵なんぞ邪魔になるだけだぜ。レクチャーしてるほど余裕のある現場には思えねえしな」

「戦い方なら演習で叩き込まれたわ! 足手まといになんかならないもん」

 ステラが眉間に愛らしい皺を寄せながら声を上げる。シャルルは鼻を鳴らして口元を歪めた。

「余裕のない現場であるからこそ呼んだのよ。報告にあったその子の力がこういった状況に於いてどれほど実用に向くものか、それを確かめておく必要があるわ」

 場をわきまえず口論を始めそうになった二人を諫めるようにセレンが口を挟む。

 黙り込んだ二人を後目にセレンが床に座り込み、片膝を立てた。斜めにしたロッドの先端を接地させて肩に乗せ、持ち手にひたりと耳をあてる。

「グリム」

 セレンが名を呼ぶのとほぼ同時にグリムが拳を握り固め、横殴りに壁へと打ち付けた。さして力を込めたようには見えないその一撃でビル全体が微かに揺れる。

 セレンは微動だにせずロッドに耳をあてていたが、やがて顔を上げてその場にいる一同を見回した。

「三階に六つ。動きからして徘徊者ウォーカー。四階にある四つは軽機関銃を所持――おそらくMP5。こっちは雇われの人間でしょう。五階は反応が薄いけど、いくつかまとまった気配がある。生き残りが集められているとすればここね」

 セレンの言葉にシャルルとグリムは顔を見合わせて頷く。ステラだけが目を見開いて天井を見上げた。

「え? どうしてそんなことが――」

「お嬢ちゃんは黙ってな。それで、標的の上位種がいるのは五階か? それとも三階か四階のどれかに混じってんのか?」

 ステラの言葉を遮ってシャルルが前に進み出る。セレンは再びロッドに耳をあててしばらく黙っていたが、やがて顔を上げて首を横に振った。

「今の段階で特定は無理ね。すべてに可能性ありと思って動きなさい。状況は逐一こちらから伝えるわ」

「へいへい。まぁいつもどおりだ――さっさと片づけるぜ、グリム」

 シャルルはグリムの肩を叩き、非常灯の灯りが頼りなく照らす廊下に向かって歩き出した。

 座り込んだままのセレンと、歩き去ろうとする二人。対照的ともいえる双方に挟まれ、まるで蚊帳の外にいるような気分でステラが声を上げる。

「ちょっと待って! 私はどうしたらいいの?」

「あなたは私とここで待機。上の排除はシャルルとグリムの二人に任せます」

 セレンが冷然と言い放つ。

「でも姉さん、私は――」

「あなたにはあなたの役割がある。狙撃手に観測手がつくように、あなたにはあなたが全うすべき役割がある」

 セレンに言われ、ステラは言葉を飲み込んだ。戸惑いと不満の入り交じった表情を浮かべたステラを振り返り、シャルルがくくっと小さく笑う。

「そういうこった、お前はそこで待ってりゃいい。俺らの手際よく見てな。現場の空気を感じるのも勉強だぜ? お姫様よ」

 背中にステラが睨みつけてくる視線を感じながら、シャルルは隣に立つグリムを横目に見る。無表情な相棒はいつもと変わらぬ顔でいたが、他人にはけしてわからぬ微妙な変化を彼だけは見抜いていた。

 からかいたくなる衝動を抑え込み、シャルルは指の関節を鳴らしながら呟いた。

「まずは三階からだ――行くぜ相棒」





 ビルの四階は会議などに使われる大きな部屋が左右対称に二つあり、廊下はT字型になっている。見通しのきく廊下の中央で三人の男が座り込んでいた。

「まったく、噂でしか聞いたことなかったがとんでもねぇ化け物だぜ。胸が悪くなる」

 帽子をかぶった男がたばこの煙を吹かしながら吐き捨てるように言った。遮蔽物とするため横倒しにしたスチール棚には若い男が腰掛けており、廊下の突き当たりにある窓を見ながら不安げな声を上げる。

「というか本当に俺らはボーっとしてて大丈夫なのか? ビルの周りは警官隊に囲まれてんだぞ」

「俺らの仕事はビルをジャックするとこまでで、あとは待機だ。それが雇い主の意向なんだから仕方ねぇだろ。それともお前、あの化け物と一緒に上にいたいか?」

 若い男が黙り込むのを見て、もう一人の男が小さく笑う。スキンヘッドにタトゥーを刻んだ見るからにガラの悪い男だが、妙に人懐こい笑顔をしている。

「まぁそう気張るな。俺はあの連中と仕事する機会が多いが、付き合う分には頼もしいぜ。たとえ警官隊が突入しようが屁でもねぇ。三階の奴らだけで片づくさ。逃走経路だってしっかりしてる。心配はいらねぇよ」

「三階のあれが一番気味が悪いぜ。ゾンビの方がまだ可愛げがある」

 若い男が右側の廊下の突き当たりにある階段を振り向いて震えた声を漏らす。先ほどまで階下から漂っていた死臭がいっそう強まっている気がして、すぐに目を逸らした。

「とにかくさっさと終わらせたいぜ。金がいいから引き受けたんだからな」

「あぁ、俺はしばらくオアフでバカンスだ。ニューヨークの寒さとは当分――」

「ちょっと待て」

 帽子の男と若い男――二人の会話に割ってはいるようにスキンヘッドが声を上げ、腰を上げた。

「――おかしいな。階下にいた奴らの気配が消えたぞ」

「はぁ? なんだそりゃ。物音なんかしてねぇぞ、なぁ?」

「あぁ。気のせいだろ」

「いや、間違いない。様子を見に行くぞ、来い」

 スキンヘッドがMP5を拾って立ち上がる。

「マジかよ。あんなとこ降りたくねぇぞ」

「うるせぇ! いいからついてこい」

 スキンヘッドが笑顔を消し去り恫喝した。その迫力に圧され、帽子の男は若い男と顔を見合わせ、億劫そうに立ち上がる。

「わかったよ。ったく――」

 帽子の男が立ち上がるのを見て、若い男もそれにならう。使い慣れない機関銃を手にして立ち上がった若い男は、不意に首元に鈍い痛みを感じた。景色が急速に反転し、そして静止する。

 若い男は驚愕し、目を見開いた。目の前に見知らぬ男が立っている。サングラスをかけ、口元を固く結んだ大柄な男。それが唐突に、何の前触れもなく現れたのだ。

 男は恐怖に駆られ、声を上げるより早く手にした機関銃の引き金を躊躇いなく引いた。

「ギャッ!!」

「ぐふっ――!?」

 背後から仲間の叫びが上がる。若い男は引き金を絞ったまま声を上げようとしたが、その喉からは空気が漏れてゆくばかりだった。

 銃から発射された九ミリ弾は破壊力こそ小さいとはいえ、至近距離ならば特殊部隊の身につけるアーマージャケットを軽く貫く。だが銃弾の雨を浴びているはずの男は平然と、ただ静かに立ち尽くしていた。

 若い男の前方にいた二人の男は背中から銃撃をまともに受け、廊下に倒れ伏す。若い男は己の首が百八十度捻転させられている事に気づくことすらなく、全弾打ち尽くした銃を虚しく鳴らしながら膝を折り、事切れた。

 しばらく足下に倒れた男を見下ろしていたサングラスの男――グリムは顔を上げ、廊下の先で倒れているスキンヘッドに視線を向けた。

「オ、マ、エ――」

 背中に無数の銃弾を受け、即死したはずの男が起きあがる。立ち上がった男の背中からはひしゃげた銃弾がこぼれ落ち、硬質な音と共に床を転がった。

「下、のヤツらを始末シたのはお前、か? 人間――」

 肩越しにグルリと首を回し、スキンヘッドは常軌を逸した目でグリムを振り返った。その瞳は血で染まったかのように怪しく、赤く輝いている。

 グリムは答えず、また動揺した様子もなく腰を落として身構える。リング上で向かい合うレスラーがとる構えに近い。

「ナかなか出来る、ようだが終わり、だ。人質ハ、殺す。お前も――」

 スキンヘッドは体を振り向かせ、指先を鉤状に曲げた。

「ここデ死――」

 スキンヘッドの体が異常に膨れ上がるのとほぼ同時にグリムが前方へと踏み込んだ。その巨体からは想像もつかない速度で一気に間合いを詰め、左腕を大きく後方に振りかぶる。

「リリース――アルファ」

 グリムの唇が微かに上下し、吐息も同然の呟きが漏れる。スキンヘッドの男が知覚できたのはそこまでだった。



 「よう、終わったか」

 グリムが振り向くと、逆さになったシャルルが窓の外にいた。ロープで繋がれているわけでも、壁に張り付いているわけでもない。ただ見えない糸にぶら下がっているような姿勢で、文字通り宙に浮いている。

「派手にやったもんだ。どうやら本命はこっちだったみたいだな」

 シャルルはそう言ってから上体を後方へ逸らし、反動をつけて窓の中へと降り立った。足音一つなく、やはり重さを感じさせない。ただ腰から下げた無数のホルスターが金属の擦れる音を鳴らした程度だ。

「上はハズレだ、なにもいねぇ。セレンの読み通り人質が集められてたが、あの様子じゃどうだかな――」

 シャルルは両手をプラプラと振り、グリムの周囲を見渡した。壁には四つの傷跡が無惨に走り、その破壊の先にいたであろう人物の脚部のみが廊下に転がっている。壁や天井には無数に切り刻まれた肉片がこびりつき、大きなが血溜まりが作られていた。

解放リリースを使ったのか? 変異する前に殺るなんてお前らしいぜ。こいつが標的の――ん?」

 シャルルは廊下に転がるもう二つの死体を振り返る。常に浮かべている笑みは消え去り、表情には緊迫したものが張り付いていた。

「おいグリム。他に殺ったのはこいつらだけか? あともう一人細切れになってあそこに転がってるわけじゃあないよな?」

 シャルルが廊下の先にある血溜まりを指さして言った。そこでグリムの表情にも緊張が走る。シャルルと同じく違和感に気づいたようだった。

 四階には四つの反応――セレンは確かにそう言った。信を置く仲間の判断を疑う選択肢は二人にない。シャルルとグリムが階段に向けて駆けだしたのはほとんど同時だった。


「しまった――下か!!」



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