擬似姉妹
魔王城 魔王の間
「はあ、まぁ仕方ないよね。私がここ離れる訳にはいかないし、下手に私が生きていることを周りに知らせてもダメだものね」
魔王城で独り留守番となったシズクが肩を落として呟いた。
今回、ルーシアからの言伝を受けた魔王がセンターサウスに向かうことになり、わずかに魔王城も慌ただしくなった。
最初は魔王一人が出向くと発言したのであったが、周りがそれを許さなかった。直接でないにしろ"あの存在"が関わっている可能性があったからだ。その結果少し過度な心配となっても仕方がないだろう。
ただ、主要なメンバー全員が魔王城を離れるわけにはいかず、新参者ではあったが現状を俯瞰してみることができる能力を持つ"シズク"が留守番となったのだ。
「でも、ホムンクルスか…、やっぱり見てみたかったよね」
魔王から話を聞いたシズクが興味を持ったのは、魔王ほどではないにしろ伝説に近い"ホムンクルス"という存在だった。人が創りだした人という存在に対して、元一国の王女として感心が無いはずがない。
シズクは昨日から空席の魔王の玉座を見つめ、寂しい気持ちになった。一度自分の気持を自覚すると、簡単には諦めないのがシズクの性根である。クローディアと魔王の関係を知った今でさえ、シズクは"あわよくば"という考えを持っていた。だからこそ本当はいつも一緒にいたいと考えてしまう。
「魔王様ぁ…」
深い溜息をシズクがついたとき、目の前の空間に歪みが生じた。それと同時に光があたりを包み、その中心に想い人が現れる。
「まお…」
「シズクか、久々だなっ!」
帰ってきた想い人にシズクが声をかけようとしたところ、その横に寄り添うように現れたクローディアの声が遮った。
それを見たシズクの目が険しくなるが、それはあくまで一瞬でいつもの彼女の顔に戻る。クローディアはそんなシズクの変化には気づかず、素直に実に3ヶ月ぶり再開を喜んでいた。
「本当、久々ねクローディア。そのブラック勇者の衣装もかなり馴染んだように見えるわ…」
ジトッとした目でシズクが言うと、クローディアはきょとんとした顔で言う。
「そうか?聖剣の代わりに使っている宝剣については確かに馴染んだが、この衣装はまだちょっと気恥ずかしいのだが」
シズクの嫌味にも気づくこと無く、クローディアはクルッと回りながら自分の身体をまとう衣装を首を傾げながら眺めた。
「シズク、魔王城の留守番ご苦労様でした」
二人の雰囲気に業を煮やしたメラルダがシズクに声をかける。
「あっ、はい。ご不在の間、何も問題はございませんでした」
シズクは魔王の後ろに立つメラルダに向かい深く頭を下げるが、その際に彼女の知らない二人がこの場に居ることに気づいた。
一人はこの場に興奮する顔をしている中年の男性、もう一人は無表情に周りを確認する少女。この少女が多分ホムンクルスなのだろうとシズクは直感的に感じた。
ぱ っと見は普通の人間の少女に見える、でも、その雰囲気がなんというか作り物、いや借り物のように感じたのだ。
「おおっ!」
ホムンクルスの少女、セイトを興味深く見ていたシズクへ突然声が響いた。何事っ、と思ったシズクの前に先程の中年の男性が迫り寄る。
「なっ何!?」
「何と美しい女性だ。このような大陸のこのような場所に貴方のような人間がいるとは思いもしなかった。しかも初めて会ったような気がしない、これはやはり運命なのでは!」
魔導師は、顔を引きつるシズクにお構い無く思いの丈をぶつけた。それにシズクは、魔導師の顔を避けるように見て思い出した。
「あ、あなた魔導師よね。でも初めに言っておくけど、これは運命じゃないわ。貴方と前に一度会っているの。イースト公国の王宮でねっ」
「へっ…」
魔導師は唖然とした表情でシズクの顔を見つめると、顔色が徐々に青ざめていく。
「シズク王女?」
「王女を口説くなっ!」
魔導師の言葉に反応するように、魔法使いのケリが魔導師の腰に深く入った。蹴り飛ばされて二、三回転げまわった魔導師は、その場でうずくまって動かない。
「以前王宮に来た際も、確かそんな軽口を私にかけたわね」
シズクは端でのびている魔導師を、まるで虫けらを見るような目で見つめて言った。
「シズク、失礼しました。父が無礼な真似をしてしまって…」
魔法使いがシズクに向かい頭を下げる。
「えっ、あの女たらしが魔法使いの父親なの!?」
その言葉に、魔法使いは更に深く頭を下げた。
「勘弁してくれや、あのおっさんは一種の不治の病みたいなもんだ。うざい時は適当に殴っておけば害はねぇよ」
戦士が二人の間に立ち、魔法使いの頭を撫でながらシズクに対して苦笑いをする。シズクはそれに対して、はいはいっ、と手を振りながら答えた。
「立て込んでいる所悪いが、俺たちは一度部屋に戻って休みたいのだが」
魔王が頭を掻きながら言うと、シズクは背筋を伸ばし魔王に対して頭を下げた。
「も、申し訳ありません。詳しいお話は明日お伺いいたします!」
「ふむ、ではクローディア行こうか」
魔王がクローディアにそう言うと、クローディは魔王と寄り添う。
「ああ、今回は少し疲れたからな。今は柔らかいベッドが恋しいと思っていたところだ」
「ええええっ!」
それを聞いたシズクは甲高い声を上げて、頭からうっすらと湯気を出してフリーズする。残念なことに魔王とクローディアはそんなシズクの様子に気づかず、二人で魔王の間から去っていった。
「大丈夫ですか?」
そんな見捨てられたようなシズクに声をかけた者が一人いた。シズクはその言葉で我に返る。
「だ、大丈夫って、えっとあなたホムクルス?」
シズクの言葉にセイトは無言で頷いてから言葉を返す。
「はい、私のことはセイトと呼んでください。ところであなたはこちらのメイドの方なのでしょうか?」
「えっと今のところ魔王様付きのメイド件、貿易担当という感じ…というところなのかな」
「そうですか。ところでそのお名前、イースト公国の王女と同じとお見受けしますが」
「まあ、色々とあってね」
シズクはその問に、照れ笑いで誤魔化した。
「ところで私はどうしたら良いでしょうか?」
えっ、という顔でシズクがセイトを見ると、周りは自分たち二人を除いて誰もいなくなっていることに気づいた。
「あれ、みんなは?」
「はい、みなさんは持ち場にそれぞれ戻られました。我が師は魔法使いさんに足を引きずられて…」
放置されていた自分に少しショックを受けつつ、シズクは現状を受け入れる。
「そっ…分かったわ。で、あなたはどうして?」
「戦士さんが、私のことは後はシズクさんに任せると言われて」
セイトの澄んだ瞳に見つめられたシズクは、深く項垂れた。
「いいわ、とりあえず私の部屋に行きましょう」
シズクは少し嵌められたような気持ちになりながら、セイトに向かい手を差し出す。その手をセイトは少し考えるように見つめてから握り返す自分の手を差し出した。
「はい、よろしくお願いします」
シズクの部屋
以前、客間としてあった部屋は、現在はそのままシズクの自室となっていた。真新しくなった扉以外は、あの時(3ヶ月前)からほとんど変わらない。
シズクが持ち込んだ品などはここには何もなかった。
増えたのは仕事で使うための机と、ペンなどの文具品。シズクも昔は宝飾にもそれなりに気を使っていたが、今は相手に失礼のない程度の化粧をするぐらいだけだ。
そんな、まだ客間という感じの強い部屋のベットに、ちょこんとセイトが座っていた。
「綺麗に住まわれているんですね」
周りを見渡して、セイトが感想を述べた。
「まあね、まだまだ見習いの身だし、それぐらいしか出来ないのよ」
「謙遜という訳では…ないのですね…」
どう接しようかと、まだ戸惑いのあるシズクの言葉に、セイトは更に感想を付け加える。そんなセイトは端から見れば普通の少し大人びた少女だ。シズクはこの少女と魔導師の組み合わせに犯罪的なものしか感じられなかった。
「ねえ、魔導師に変なことはされていないよね?」
「師から変なことですか?特にそのようなことはなかったと思われますが…」
シズクの問にセイトは首を傾けて答える。
なら良いんだけど、とシズクは応えなから衣装入れを片していた。
それは、指示はまだ無いにしろ、セイトとこの部屋に同居するようにと魔王からの指示が来るのだろうと察してのことだ。
「ねえ、セイト。あなた他の服とかは無いの?」
シズクにそう聞かれたセイトは、手荷物の鞄を開いて物色をし始めた。
「はい、着替えは肌着が少しあるぐらいです」
考えたら生まれてまだ1ヶ月と少しのセイトだ。またあの魔導師にそれほど甲斐性があるとも思えない、と、シズクは自分の思考をまとめた。
「分かったわ、セイトの服はメラルダ様にお願いしておくわ。とりあえずそれまでは今の服で我慢してね。でもちょっと汚れているわね」
「私は特にこの服で気にならないのですが…」
少し薄汚れた服を眺めながら理解できない表情のセイトに、シズクは右手の人差指を左右に動かす。
「だーめ。あの魔導師の側なら仕方ないけど、ここじゃ身だしなみはしっかりしないとね。魔王様に示しがつかないの」
少し胸を張る仕草でシズクはセイトに言い聞かせる。
「そういうものなのですか」
「そういうものなの。その服はとりあえず洗ってしまうから、それまでは他のメイドの子の服を借りたら良いわ」
シズクは自分が勝手にメイドを増やそうとしていることにも気づかずに、ドアの外に待機していた他のメイドにお願いをする。シズクは他の貴族に比べると自分の身の回りのことできるだけしていた方だが、家事については苦手だった。
そのため、家事だけは仕方なく他のメイドの子にお願いするようにしていたのだ。
それからしばらくして、先ほどのメイドがセイトのサイズに合ったメイド服を持ってきたかと思うと、代わりに今までセイトが来ていた服を抱えてすぐに去っていく。
シズクの後ろでは、下着姿のセイトが渡された服を胸に抱えていた。
「あの、これはどのように着たら良いのでしょうか?」
「もう、私が着せてあげるから、ちょっとまってね」
セイトはコクンと首を縦に振ると、抱えた服をシズクに差し出した。
「えっと、これはね…」
自分より年下の妹のいないシズクは、少しだけ姉妹の気分を味わう。魔王とクローディアの関係に苛立った気持ちは、少し落ち着きを取り戻す。
多くの人を手に掛け、血に染まった、命を奪ってしまった両手。
染み付いた血の匂いが忘れられないシズクの両手は、セイトに服を着せている時は少しだけその匂いを遠くに追いやった。
シズクは少しだけ、忘れていた笑顔を思い出した。




