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婚活魔王は報われない  作者: i-mixs
第二部 家族の形
31/34

希望

少女の夢


 緑の髪を揺らす少女は一人、暗闇の中に立ちすくむ。

 その暗闇は彼女には慣れた場所であった。生まれてからいつも見ていた場所。

 それは、ただの闇。


「あっ」

 ホムンクルスの少女、セイトの声が僅かに漏れる。

 彼女の周りに朧気な村の景色が広がっていた。この景色を彼女は、セイトは知らない。ただそれは初めから彼女にプログラムされていたかのように、そこに存在していた。知らない人、知らない顔、知らない気持ち。それは作られた彼女の土台。そして小さい笑顔がセイトを見つめていた。


 これらの景色達は彼女のベースとして使われた素材がもたらしたことは理解している。

 それにセイトは大した興味もなく、感情の反応も無かった。彼女にとっては普段呼吸する酸素を意識することがないのと同じようなものだった。


 ただ、今回は少し違った。


「誰?」

 振り返ったセイトは自分の夢という場所に、誰かの干渉を感じる。長い銀髪を揺らす少女が彼女をじっと見つめて、口を開いた。

「おお、試しにやってみたけど、やっぱり君にもアクセスできたね」

 セイトは無言で、自分の夢に入ってきた異物を見つめる。対象が何かを判別するために。

 それに気づいた"異物"である銀髪の少女が、慌てるような動作で頭を下げた。

「ご、ごめんね、勝手に貴方の夢に入って。私の名前はルーシア、えっとクローディアの守護霊?みたいな存在なんだ。あなたにも何か繋がりがあるなら、私も貴方と話したいと思ったの」

「私と、話したい?」

 セイトは入り込んだ異物をルーシアという名称に置きかえ、状況の判断をする。


「そう、確認したいの。だから単刀直入に聞くね。貴方はあの存在がクローディアを殺す目的のために送り込まれたの?」

 ルーシアの発言に、セイトは思考する。

 クローディアとは師に聞いた話だとセンターサウス王国の王女であり、勇者と呼ばれる存在。また、自分の素材のベースは彼女の母親の一部が使われているということ。ただそれは、クローディアに会うまでセイトも知らなかったこと。そして彼女に対して、

「"存在"とは師の事ですか?私は師からはクローディアを殺すようには命じられていません」

 と、感情のない表情で答える。それを黙って聞くルーシアは、セイトのその言葉の奥を探ろうとするが、偽りは伺えなかった。


「そっか。貴方にはまだ"あの存在"は関わっていないのね」

「"存在"とは何でしょうか?」

 セイトは思考するために必要なキーワードをルーシアに問う。ルーシアはどう答えたものかと少し悩み、言葉にした。

「自分を世界の意思、または神と名乗るような傲慢なやつ。そして自分の思いどおりにしたいためにクローディアと、魔王を亡き者にしようと画策している。この世界を混乱に貶めることさえ楽しむような嫌なやつよ」

 普段より少し大人びた表情でルーシアは語る。そこには彼女の怒りが伺えた。

 セイトはその言葉のゆらぎから、ルーシアの感情というものを判断する。


「私にはまだそのような者からのアクセスはありません。この"夢"と呼ばれる世界において私に干渉してきたのは、ルーシアが初めてです」

 セイトはルーシアの瞳をじっと見て、そう答える。

「そっか、なら貴方にお願いがあるの。作られた貴方の気持ちは私にはわからないけど、貴方を都合の良いように扱うものには、あの存在には力を貸さないでくれないかな」

 ルーシアは、セイトに向かいもう一度頭を下げた。

「私には思考する能力と、人間ほどではありませんが"感情"と呼ばれるものがあります。そのため、理不尽な要求に対して拒否する権限も持っています」

 セイトは頭を下げたままのルーシアに向かい言う。

「師は私を作るにあたり、ルート権限を私にしか与えていません。それは私に対して個という認識を与えるのに必要だったためです。その結果、誰もが安易に私を制御することは出来ません」

「えっと、よくは分からないんだけど、私のお願いを聞いてくれるってことなのかな?」

ルーシアはわからない単語に戸惑いつつ頭を上げ、セイトにもう一度確認する。

「はい、本当にそのような存在でしたら、私にはそれを"拒否"する権利があります」

 ルーシアはセイトのその言葉にとりあえず理解をする。願いを聞き入れると言わないのは、セイトが自分で判断したいということだろうと思ったからだ。


「私からも質問よろしいでしょうか?」

 安堵していたルーシアに、セイトは瞳を見開いて、少し力が入ったように言う。その様子にルーシアは思わず一歩後退する。

「クローディアは狙われているのですね」

「う、うん、そうだよ。だから私は私ができる形で守りたいの。あの子は私にとっての"希望"だから」

「希望…」

 セイトはそうつぶやくと、思考した内容を言葉に構成する。

「その言葉は、暖かいものと認識します」

 僅かにセイトの唇の両端が上がった。



朝 いつもの定時


 セイトはベッドで目を覚ますと、隣のベットでひどい寝相で熟睡中の師が目に入る。

「私が私であるために…」

 魔導師を起こさぬように彼女はゆっくりと起き上がり、自分に対して言葉を発した。



宿屋の食堂


 クローディア一行と魔導師、セイトは朝食を取りながらこれからのことを話していた。

「魔導師殿、私達と一緒にまず王城に来てもらいたい」

 クローディアは魔導師にそう告げた。

「王城…、できれば直接南から船に乗り、深黒大陸に渡るつもりだったのだが」

「お父さん、まだ深黒大陸への船はありませんよ。第一、いくらお金を積んでも新黒大陸まで船を出そうとするものは今現在居ませんよ」

 魔法使いが、魔導師に対して回答する。

「まあ、慌てるなよおっさん。ここでは話せないこともあるってことだ」

「誰がおっさんだ、このクソ義息子が。"お父様"と呼べないのか!」

 戦士の発言に魔導師が感情を露わにする。

「けっ、誰がそんな言葉言えるかよ。せめて女癖の悪さを直してから言うのが筋ってもんだろよ」

 戦士が魔導師に睨みつけるように告げると、魔導師も負けずと睨み返す。


「はいはい、そこまでにしましょう」

「「うぎっ!」」

 ぴくぴくした笑顔の魔法使いが二人の耳をつねりあげていた。


「私は異論ありません」

 セイトはその場の様子を気にすること無く発言する。セイトの声にクローディアは少し驚いた表情で見ていると、それに気づいたセイトがクローディアを見つめた。

「クローディア姫、私の顔や声が貴方の亡き母親に似ている事について私は何もいえません。でも、できたら私を"セイトという一個人として扱っていただけませんか」

「すまない…そういうつもりではなかったんだ。これは私の中の気持ちの問題なのに、セイトに気を使わせてしまって済まない」

 それを聞いてクローディアはセイトに対して頭を下げる。セイトが一日の間に頭を下げられるのは、これで3回目だった。


「頭を上げてくださいクローディア姫。分かって頂ければそれで良いです。頭を下げられるのは、貴方を"希望"というルーシアに対して悪いような気がします」

 その言葉にクローディアははっとする。

「セイトはルーシアに会ったのか?」

 セイトは無言で頷く。

「そ、そうなのか…。ならセイト、私の事もクローディアと呼んでくれ」

「分かりましたクローディア、我が師共々、道中お願いします」

クローディアはセイトの言葉に感情を感じた。

 セイトと話していると、どうしても母を思い出してしまう。母の一部が彼女に使われているからだと知ったせいもある。でも、セイトはクローディアの母ではない。自分自身と異なるものとして見られることが、どれほど嫌なものかをクローディアは知っている。

 でも、簡単に割り切れるものではないことも知っている、だからまずは彼女を"セイト"と呼ぶことから始めることにした。


「仕方あるまい、セイトも納得しているなら王城に向かうか」

 魔導師はため息混じりにそう告げると、クローディアと魔法使いと戦士を見た。

 そして、思い出したかのように言った。


「ところで、どうしてお前たちはそんな真っ黒な格好しているんだ?」

「「「今更聞くな!」」」

 悲鳴のような声が朝の宿屋に響いた。



一週間後


 二人増えたクローディア一行は首都マリスに到着した。

クローディアが城門を警備する兵達に軽く挨拶すると、兵たちは深く頭を下げ城門を開く。

 謁見の間に続く道を歩きながら、周りの様子が慌ただしいことにクローディは気づいた。

「何かあったのでしょうか?」

 魔法使いの言葉に回答できる者は誰もいない。ただ一緒に歩く魔導師の様子に変化があった。

「何だ、この強大な力は…」

 魔導師の顔が険しく変わる。それを見てクローディアは、ああっ、と納得した。クローディア一行が謁見の間の扉を開くと、そこには見知った姿があった。


「帰ったか、クローディア」

 漆黒のマントを揺らす、短い銀髪の男がそこにいた。それを見た魔導師は男の顔が笑顔に歪んだように見えた。

「うぉぉぉぉっ!」

 それを見て、魔導師が後ろに倒れこむ。身体は痙攣し、その顔には冷や汗が止むこと無く流れ続けている。

「魔王、だから無理して笑うことはない」

 クローディアは苦笑しながら魔王を見つめる。横で倒れる魔導師は歯をガタガタと音を鳴らしていた。

「ほら、お父さん何しているんです。魔王に対して失礼ですよ」

 魔法使いは慣れたように魔導師に手を貸すと、魔導師は白目をむきながら魔法使いの手を取る。


「その反応、とても懐かしく感じますわ」

 魔王の奥、玉座に座るマリアンヌがその様子を見て、頭を掻きながら見つめていた。その脇には料理長が立っている。

 魔王の後ろには、側近のメラルダとアルマ、グルル夫妻の姿もあった。


「クローディア、元気そうでよかった、ところでそこの者がホムンクルスか?」

 魔王はセイトを測るかのように見つめるが、セイトは魔王の気配に怯えることもなく、その視線を受けていた。

「私はセイト、この我が師によって作られたホムンクルス。貴方が魔王ですね」

「ほう、俺の視線を臆せず受けるか」

 魔王は今度は自然な笑顔になる。それを見てクローディアが問う。

「魔王、ルーシアか?」

「ああ、あいつも大変だな。忙しい感じで俺に会いに来てな、お前を出迎えろとうるさかったのだ」

 その言葉にクローディアも笑顔になる。


「魔王、話すことが山積みだ」

「ああ、話を聞かせてくれ。俺はクローディアに会いに来たのだからな」

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