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婚活魔王は報われない  作者: i-mixs
第二部 家族の形
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不倫疑惑

魔王城 執務室


「ふむ、石材の輸出は順調のようだな」

 椅子に深く座った魔王は、手にした報告書に目を通しながら静かに言葉にした。

「はい、石材についてはセンターサウスの鉱山で新たに採掘された石としていますが、特に他国から不審に思われる様子はございません」

 書類の束が積まれた机を対面にして、頭を下げたメラルダがそう告げた。


「そうか、で、どうだ?」

 魔王は書類からメラルダに視線を移す。

「潜入させた者たちからの報告を確認しておりますが、他国の動きにも目立った点もありません。イースト公国については、先日シズクの72日法要が行われましたが、特に混乱はなかったとのことです。その他として、まだ動きは掴めません」

 メラルダは淡々と魔王に語る。その瞳は極めて冷静であった。


「あれから三ヶ月、あの存在がまだ動かないことが気になる。我々が気づかないところで既に巻き込まれている可能性も考慮しなければならないな」

「はい、その点はマリアンヌ様も同様の心配をされておりました。マルク様と同じく、クローディア様の事を一番思っての御様子ですが」

 メラルダの目が少し緩やかになる。それに気づいた魔王は、目を閉じて少し考える素振りを見せた。


 "コンコン"

 その時、執務室の扉がノックされた。目を閉じたままの魔王が入れと告げると、ゆっくりとドアが開き、イースト公国王女のシズクが現れる。

「魔王様、この度の収支表の詳細と、今後の予測をグラフ化したものをお持ちしました。それと今後の提案も作ってまいりました」

 シズクは臆すること無く、まっすぐ魔王を見つめる。その頬は薄っすらと朱に染まっている。


 ゆっくり目を開けた魔王は、目の前の"特製の紫のメイド服"に身を包んだシズクを見る。初めサイズの合う服がなく仕方なくメイド服を着ていたシズクだったが、何故かそれが気に入ったらしく、デザインや生地の素材等の細かな要望をメラルダに出し、彼女専用のメイド服を仕立ててもらっていた。

 メラルダはそのメイド服に対して、近年仕立てた服の中では魔王の正装に次ぐ出来とほくほくの笑顔だったりする。

 以前より僅かに伸びた髪も綺麗に肩で揃えられ、黒髪と紫のメイド服が魔王城の中では違和感なく存在していた。


「シズク、徹夜のし過ぎではありませんか?」

 メラルダがそう言うと、目元にうっすら隈を浮かべたシズクがニコリと笑う。

「これぐらいは大したことはありません、メラルダ様」

 シズクは現在魔王の配下である。

 立場が変わっても呼び方は変えない事を魔王は提案したが、シズクがそれを拒否した。彼女自身が、私は魔王様の配下で見習いの立場です、と言い切ったからだ。


「お疲れだったなシズク、お前のおかげで我が国民の食糧事情は随分とましになった。これからも頼む」

 魔王の言葉にシズクはあからさまに目を緩ませる。

「ありがたきお言葉です」

 そう言うシズクをメラルダは少し困ったような顔で見るが、魔王は当然気付かない。

「シズク、下がって構いませんよ」

 仕方なくメラルだがそう言うと、シズクはその視線に気づき少しだけ慌てて退室した。


「マルク様、このままで宜しいのですか?」

 メラルダがそう言うと、魔王は少し間を置いて口を開く。

「このままで良いとは思っていない」

「それでは、、、」

「シズクに信念を与えた者として、これまでの功績に対しても報いてやらないとな」

 メラルダはその言葉に少し肩を落とす。


「マルク様、常にクローディア様を第一とした発言をしてくださいね」

 メラルダはそれだけ言うと、ため息を出しながら手にした書類を抱えて退室する。

 残された魔王は、何を当たり前のことを、と思いつつシズクから渡された書類に目を通すのであった。



センターサウス王国 執務室


 同じ頃、机の上の書類が大分整理されたことに、マリアンヌは達成感を感じていた。

「マリアンヌ、お疲れ様」

「ありがとう料理長、今日のお茶もとっても美味しいですわ」

 料理長から出された紅茶を飲んでマリアンヌは一息つく。センターサウス王国の国政については現在ほぼマリアンヌに一任されている状態であった。国王においては既に名前だけの状態である。


 国王は、王女二人が人在らざる者と"婚約"した現実にすべてを投げ出していた。クローディアは仕方ないにしろ、マリアンヌについては他国との友好を兼ねて利用しようとしたいと考えていたのだろう。

 料理長との関係については、それが一市民であるなら当然反対も出来た。しかし現在料理長は魔王軍において"伯爵"の地位にある。巨大な力の差も理解している状態で、受け入れる以外の選択はなかった。それに、自分が居なくても国が回るという現実は王が投げやりになるには十分であったようだ。


 その結果、マリアンヌの肩に背負う責任が大きくなったわけだが、彼女にとっては都合が良かったとも言えた。

 これからの国の方向性を、新しく作ることができるからだ。


「あれはどう出るのかしら?メラルダからの報告も動きなしということですし」

 マリアンヌは料理長ーの用意した菓子に手を伸ばす。

「わからない、でも、絶対何か、仕掛けてくる」

 料理長はマリアンヌの隣に立ち、彼女の手に自分の手を重ねると、それをマリアンヌは目を閉じて感じている。


「ええ、でも私たちは絶対に負けたりしませんわ。姉様とも約束したのですから」

 マリアンヌは幼き頃の自分とクローディアの姿を思い出した。


「休憩は終わりですわ、料理長。いっきに片付けますわ」

「俺も手伝う」

 そのマリアンヌの気持ちに、料理長は言葉数少なく応えた。



センターサウス公国とノースランド連合の国境近く


 時同じくして、センターサウス公国の国境の近くの街道に、黒いローブを纏った3つの人影があった。


「その格好も大分慣れたんじゃねぇか?」

 陽気な男の声がした。その声に苛立つように一人の声が返す。

「そんな訳ありません!この服は不思議に寒くはないにしろ、このスリットは本当に恥ずかしいんですよ!」

 勢いでローブが舞い、露出過多な黒くタイトな衣装が現れる。仮面で顔を隠したブラック魔法使いだ。

 それを見て更に声が加わる。

「いや、そんなに悪くはないとは思うのだが」

 ブラック魔法使いは、声のした方をじっと睨む。

「くろー、、えっと、もうあなたのことは"ブラック勇者"としか呼びませんけど、良いですか?」

 同じく仮面で顔を隠したクローディアは、魔王使いのその言葉にあからさまに嫌な表情をする。

「す、すまない、魔法使い」

 それを見て、もう一人の男、ブラック戦士が笑い出した。

「「笑うな!」」

 二人の息のあったケリが戦士に入る。

 軽くふっとんだ戦士はしばらく仰向けにもがいていたが、何かに気づいたらしくクローディアと魔法使いに向けて声を上げた。


「おい、向こうで馬車が襲われているみたいだぜ!」

 その声を聞いたクローディアと魔法使い、そして戦士が走りだした。


 クローディアの視界、500mほど先に何かの一団が映った。一台の荷台の付いた馬車が盗賊に囲まれている。


 その馬車の周辺には血が舞っていた。


「おとなしく出てこい、命まではとらねぇ!」

 馬車を見上げるように盗賊の頭と思われる男が、一歩前に出て叫ぶ。その足下には既に馬車を守っていたと思われる五人の傭兵の死体が転がり、男の足下の土はその死体の血で赤く染まっている。


「本当だな?」

 馬車の中から若い男の声がした。それを聞いた盗賊の頭はニヤリと口を歪めて、周囲を囲む仲間に視線を送る。

「嘘はつかねえよ」

 盗賊の頭がそう言うと、馬車からまだ成人を迎えたばかりといった年齢の青年が、取り囲む周りの盗賊を警戒しながら降りてくる。その手に一本の剣を握って。


「俺は隣街の商人の息子だ。街まで商材を運ぶ途中だ」


 それを聞いた盗賊の頭が馬車の中を覗く。その視線の先には、二人の人間がいた。

「ほう、そっちの娘はなかなか上玉じゃねえか」

「待ってくれ、彼らは街まで乗せる約束をしただけだ、荷持は渡すから彼らには手を出さないでくれ!」

 商人の息子は盗賊の頭に向かい叫ぶが、後ろにいた盗賊の仲間に押さえつけられ、手にした剣を手放してしまった。


「もう一人のおっさんの方はいらねえが、この娘はもらうぜ。良い値で売れそうだ」

 商人の息子を見下ろし、盗賊の頭がにやりと笑いながら地面に転がった剣を拾い上げ、振り下ろした。


 辺りに血が舞う。

 しかし、盗賊の頭の剣が商人の息子を切り裂くことはなかった。ぼとりと、地面に剣を握ったままの手首が落ちる。


「きたねえ真似してんじゃねぇよ」

そこには、大剣を片手に駆けつけた戦士がいた。その後ろにクローディアと魔法使いも駆けつける。


「大丈夫か!?_」

 戦士が声をかけると、商人の息子は首を縦に振る。


 それを見て安堵した戦士に向かい、盗賊の仲間が襲いかかる。しかし盗賊の集団が戦士に迫る直前、彼らの上に突如イカヅチが落ちた。

「あなた達の運が良ければ死にません」

 そこには杖を空に向けた魔法使いがいた。魔法使いは燻ぶる集団に声をかけるが、どうやら彼らには運がなかったようだ。


 一人残った盗賊の頭が、残った左手にダガーを持ち何かを叫びながらクローディアに襲いかかるが、それをクローディアは軽く交わし、右手に持った"宝剣"を薙ぐ。

 盗賊の頭は、無残にも身体を二つに分けて地面に突っ伏した。


 いくら昔の大戦に比べて平和になったといっても、人の命を奪う行為はなくならなず、このような盗賊も今だ存在していた。生かして捉えることも当然あるが、基本このような場合は打ち倒すのが"当然"となっている。


「私たちは旅の傭兵だ、もう大丈夫だ。他の者は怪我などはしていないか?」

 クローディがそう言うと、馬車の荷台から二人の人間が姿を現した。


 一人は中年の男性、もう一人はまだ幼い少女だった。

 二人共驚いた様子は見せず、冷静に周りの状態を確認している。しかし、中年の男性がクローディアたちに目を向けると表情が驚きに変わった。


「何故、このような、、ふぐっ!」

「こんなところで何しているんですか!まさか隠し子なんて、亡くなったお母さんに恥ずかしくないの!」

 男の声をかき消すように"やっぱり不倫していたんですね!"と魔法使いの声が響き、さらに男に対して平手打ちが決まった甲高い音も合わせて鳴った。


「いや、待て娘よ、勘違いをするな!」

 打たれた頬をおさえる男、魔導師が魔法使いに訴えるが、魔法使いはより険しい顔する。

「浮気症の父さんが、こんな年の女の子連れている理由、他にあるわけ無いじゃないですか!」

 更に左手から平手打ちの音が響く。右、左と何度も繰り返し音は響き、そのたびに魔導師の顔はパンパンに腫れていく。


 その様子にクローディアは唖然とし、戦士は自分のことのように身体を震わせていた。もう一人の少女はクローディアをじっと見つめていた。

 それに気づいたクローディアは少女の様子を見ようと近寄り、少女の顔を覗き込んだが、クローディアの顔は信じられないものを見たような表情に変わる。


 その少女の顔はクローディアの記憶の中に確かにあった。

ただ、それは記憶にある顔よりも、年齢を若くした感じというのが正解かもしれない。

 でも間違えるはずがない。

 その顔は誰よりも自分を愛おしく、愛してくれた顔。


 無意識に少女に向けて手を伸ばす。


「お母さん…」


 クローディアは震えるように声を出した。

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