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婚活魔王は報われない  作者: i-mixs
第一部 婚活を始めよう
18/34

裸の付き合い

魔王城 大浴場


 魔王に案内されたクローディアは、まずその広さに驚いた。センターサウス王国の城の中にも浴室はあったが、利用者は王族だけという事もあり、それほど広いものではなかった。しかし、ここの浴室は二十人以上が入ってもゆとりがあるような広さを持っている。


 あたりを見ると、見かけたことがあるメイドや兵士たちの姿もあり、王族しか使えないというものではなく、誰もが均等に使える施設だとクローディアは理解した。


「クローディア様ではありませんか?」

 呼ばれたクローディアが振り返ると、そこには頭を洗っている最中のアルマの姿があった。

「アルマ、久しいな。いや、こういう広い浴室は初めてで、何とも驚いたのだ」

 それを聞いたアルマは、頭を流した後で口を開いた。


「では、こちらに腰をかけて下さいませ」

「ん、ここにか?」

 クローディアが、洗い場に置かれた小さな椅子に座ると、アルマは手にしたタオルに石鹸をつけて、クローディアの背中を洗い始めた。それにクローディアが、なっ、と驚く。


「ここでは、こうした裸の付き合いというものがありますわ」

「そうなのか?これもまた新鮮なものだな」

 クローディアがアルマからタオルを受け取り、今度はアルマの背中を洗う。アルマは、この城の浴室は混浴ではないので夫と入れないと、悲しそうに話すが、クローディアは、それは残念だなと笑いながら答えた。


 身体を洗い終え二人が湯に浸かると、そのタイミングでメラルダも浴室に入ってきた。

「おか、、メ、メラルダではないか」

 クローディアが、危うく呼び間違えそうになるのをたえて、メラルダに声をかけると、メラルダは一瞬身体を硬直してから、口を開く。


「クローディア様、先程はお恥ずかしい姿をお見せしました」

「いや、私も配慮が足りなかった。許して欲しい」

 クローディアが頭を下げると、メラルダはにこりと笑う。そして身体をさっと洗うと、同じ様に湯船に浸かった。


「私はマルク様を産んだのは事実なのですが、私は母親という意識をどうしても持てないのです。それもあり、アルマにはマルク様の乳母をお願いした経緯があります」

 メラルダが、しゅんと、らしくない顔をすると、アルマはまあまあとメラルダを宥める。


「メラルダ、私たち夫婦には子供がいないので、魔王様の乳母が出来て幸せなのですよ。夫なんて、自分の子のように魔王様を鍛えたのですわ」

「それはいつも聞いていますが、私が頼りないばかりにと、慌てる度に思うのですよ」

 メラルダは顔の半分までを湯船に隠した。クローディアはそんな二人を見て訪ねた。


「二人は仲がよいのだな」

「メラルダは私の叔母ですからね、姪としては力を貸したいというのもあったのかもしれませんわ」

 アルマがクローディアに答える。


「姿は違いますが、アルマは私の妹の娘なのです。本当に姪には迷惑かけています」

 メラルダが更に説明すると、クローディアは在ることに気づいた。


「となると、アルマは魔王の従姉となるのか?」

「そうですね。でも年齢は魔王様より私の方がずっと上ですが、親戚といったことはあまり意識はしませんわ。魔王様は、魔王様ですから」

 さも当たり前のようにアルマは言う。


「なるほど、魔王という存在はやはり特別なのだな」

 そう言ったクローディアは、不意に頭がふらっとする感覚に襲われ、長く浸かりすぎたみたいだ、と湯船から出る事にした。クローディアは、ではまた、とアルマとメラルダへ振り返ろうとした瞬間、視界の天地がひっくり返り、意識が深く闇に落ちる。

 クローディアは遠くで誰かが叫んでいるような声を、闇の中で一人聞いていた。



闇の中


 クローディアは一人、何もない黒い空間の中にいた。身体見ると裸ではなく、勇者の正装を身に纏っている自分に気づく。


「のぼせて倒れたのは覚えている。となると、これは夢か」

 意外にしっかりした意識を保っていることをクローディアは自覚し、何とも禍々しい夢だと、今のいる場所を称した。


 その闇の中、クローディアは遠くに僅かな光りが灯る場所があることを認識する。


「あそこへ行けということか」

 クローディアは、仕方無い、と光を目指して歩いた。一歩一歩足を前へ出す度、頭の中に無数の一枚絵となった戦いのイメージが送り込まれる。


 それは、歴代の勇者と魔王の戦いの歴史だとクローディアは分かった。強い意志をその顔に刻み、聖剣を魔王と交える勇者たち。


 その中には見知った女性の姿、勇者ルーシアもいる。しかし、彼女はこのような顔で戦っていただろうか?とクローディアは思った。


 明確な打倒魔王といった意志だけを掲げたルーシアがそこにいたからだ。ルーシアの戦いとは常に悩み苦しんだ中にあった、こんなただ剣を振るうことだけを求める顔をしていない。


「ふざけるなっ!」

 クローディアは頭に流れ込む映像に、苛立ちをぶつけた。その叫びと同時に、周りは闇から白の空間となる。クローディアはその白い空間の中に、別の何かがいることを感じた。


「よく来た勇者よ」

 白い何かがクローディアに話しかける。

「何だ、きさまは?」

 白い何かが僅かに笑う。それにクローディアは不快感を覚えた。


「我は勇者を導く者、勇者は我を"意志"と呼ぶこともあるし、"神"と呼ぶこともある」

「その意志が私に何のようだ?」

 "神"と呼ばれなかったことには反応はせず、その声は淡々と話す。

「勇者よ、何故魔王を討たない?魔王はお前のすぐ側にいる。何故その聖剣で魔王を切り裂かない?」

「物騒な言い方だな。魔王が切る必要のない相手だからに決まっている」

「お前は勇者だ。勇者が魔王を倒さないでどうする?」

 クローディアは、この声が自分に圧力をかけていることを理解した。自分の意志など関係なく、ただ義務を押しつけてくる存在だと。


「魔王とは常に敵となるものではない。互いに手を取り、より良い世界を作る相手となることもあるはずだ」

「魔王は、勇者と人間の敵以外の存在にはならない。昔も、これからも」

「お前は、世界の変化を受け入れないというのか」

 クローディアは無駄な押し問答だなと、この会話をさっさと止めたくなった。


「勇者と魔王は常に戦い続ける存在」

「そんな何も作り出せない関係に意味など無いだろうが」

 クローディアが言い放つと、その白い意志は少し苛立った様子を浮かべた。


「イレギュラーか、、、」

 その声がした瞬間、赤い光の固まりがクローディアを襲った。クローディアはそれを避けようとするが、足が張り付いたように動かない。

「くそっ」

 クローディアの顔がひきつった瞬間、彼女の手を誰かが掴んで引っ張った。その手のおかげで間一髪、クローディアはその赤い光を避けることができたのだ。


「走って!」

 クローディアは自分にかけられたらその声に、その手に引かれながら、全力で走った。後ろを振り返ることなく、ただ真っ直ぐに、自分の手を引く銀髪の少女の後ろ姿を見つめながら。


 どれだけ走っただろうか、辺りは再び闇に包まれている。

 クローディアは身を屈めて息を切らしていた。よく見ると目の前の銀髪の少女も同じ様に息を切らしている。


「助かった。ル、ルーシアなのか?」

 クローディアは少し呼吸が整ってから、目の前の少女に声をかけた。

「間に合って、良かった」

 まだ呼吸が整わないのか、銀髪の少女が苦しそうにクローディアを見た。


 振り返ったその顔は、クローディアの知っている少女の顔。そして、彼女はクローディアに頷いて肯定した。


「クローディア、あれは危険な存在よ。本人の意志に関係なく、作られた勇者として縛り付けるの」

「やはり、そういう(たぐい)のものか。道理で不快な感じがしてならなかったはずだ」

 ルーシアは意外と冷静なクローディアに少し驚いた。


「クローディアってこういうときは冷静なのね」

「以前言われたのだ、勇者が私なのではない、私が勇者なのだと。だから、私の中の勇者を勝手に弄ろうとする相手は決して許せないのだ」

 クローディアは魔法使いに感謝しつつ、ルーシアに顔を向ける。


「ルーシア、これで私は勇者を都合よく利用しようとする存在を敵に回したことになるのだろうか?」

「そうね、多分、勇者のルールから外れたあなたを消しにかかると思う」

 ルーシアは真剣な顔でクローディアを見つめた。そうか、とクローディアは自分に言い聞かせるように言い、笑顔になった。


「なら、私は魔王と共に、その存在と戦うだけだ」

「クローディア、ごめんね。私とミストの思いがあなた達を余計に苦しめることになったかもしれない」

 クローディアは大きく首を横に振る。

「ルーシア、私はあなたに感謝している。流されるだけだった私に、未来を、選ぶ自由を与えてくれたのだ。それに私は一人ではない、私を愛してくれる魔王もいるのだ。だから、ルーシアが何も謝る必要はないぞ」

 ルーシアはそれを聞き、安堵とともに、意志を固めた。


「クローディア、なら私たちは私たちのできるところであなたと魔王を守るわ」

「良いのか?ルーシアとミストはやっと二人になれたというのに?」

「私とミストは、今はあなた達を見守る存在だからね。直接の支援はできないけど、次にこんな介入ができないようにするぐらいはできるから」

 ルーシアは、か細い腕で力こぶを作る動作をする。

「だから、私たちも一緒に戦うね」

「ありがとう、ルーシア」


 クローディアとルーシアは見つめ合い、固い握手を交わす。


 そして、私たちは決してあんな存在に負けない、とクローディアはまだ見ぬ敵に対し決意をした。

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