インパクトのある隣人
―― ガシャン ――
なんとなく音が聞こえてきた方向、つまり私の真横に目線を移す。
長身だろう男子生徒だが…乱暴にイスを動かしバックを勢いよく机の上に置いていた。
―― ドンッ ――
その男子生徒の容姿を私はまじまじと眺めていた。
黒色の長髪…目の色はよく見えないが目つきが悪いのは横顔だけで十分に判る―
クラスの他の男子生徒は髪の毛をあまり伸ばしていないが、この人間はあまりにも長い。
鋭い目つきの中に人間を見抜く為なのか見下す為なのかわからないが、あまり良い意味での目線を外に送り出してはいない。
しかし意外と顔は整っている。
暴れん坊と言われても致し方ないか…
…私は知らないうちに横の席の男子生徒から目を離せなくなっていた。
だが視野の中にもう一人誰かが動いているのが判る。横の席の前の席…つまりミルの横の席の生徒
ふとその男子生徒に目線を変えると髪の毛の色は綺麗な茶色…自毛その物の色なのだろう。
だが寝癖なのか?肩まで伸びた毛先がピンピンと跳ねている――
二人を視野に入れて考えていたが、両者の違いが一つだけあった。
それは笑顔。
横の席の人間は笑顔がない。
ミルの横の人間がなにか話しかけていたが真顔で返事をしている――
しかし…ミルの横の生徒は常に笑顔。
…その笑顔は本物だろうが本心を隠すための笑顔なのは天使だから判ってしまう…
心の奥底を隠している本物の笑顔…
ミルの横の生徒はなにか心の深くに傷でも背負っているのであろうか。
どちらにせよ、暴れん坊そうなのに変わりはない。
私は横の席の人間たちから目線を外し教室から見える広い空を眺めていた。
「おい…そこの女。なんでそこに座ってる」
疑問形でもない、あたかもこの席は空いていて当然だと言わんばかりの言い方。
せっかく空を見てシンセ様に想いを馳せている最中だったのに…隣人の声で遮断された。
…すでに喧嘩腰ですか?先が思いやられるわ。
あの女子生徒…学級委員の子は席替えを本当にしようとしたのだろうか?
でも…あの時あの真っ直ぐな言葉は本気の心の意思が見えたし…それはそれで信じておこう。
こっちはこっちで強気に出ればいいだけね?
あまり話したくは無かったが…無視するのも失礼に当たると思って返事をした。
もちろん、隣人の目を真っ直ぐ見て笑顔で――
「え?私が座っているこの席の事を言っているの?この席は担任の先生に指示されて座っているの。だから、嫌でも子の席なの」
隣人のように強く話しかけてくる人間には同じような口調で同じような会話をしたほうがいいのだろう。
そして、クラスの皆はこちらの会話に耳を傾けてはいるが見ようとしていない。
―― 関わりたくないのね ――
隣人はガムを噛みながら口角を傾け鼻で笑っている―
ミルの隣の男子生徒は私の返事を聞いて大きく笑っている。
今までこんな返事をした生徒はいなかったからなのだろうか?
ふとミルの顔を伺うと不安そうな顔をしている…どうしたものだろうか。
「はぁ~…」
「隣に誰かがいると邪魔だ」
隣人の声は低音でストレートに心まで響く言葉。考えてからの返事ではなく反射的に返事をしてしまった――
「だったら、誰も居ないと思ったらいいんじゃないかしら?」
あゝ云えばこう云う…あんまり嫌な会話は避けたい。
だけど…ピンポン玉のような会話は結構好きな方だから心地悪いが嫌ではなかった。
ミルはこう云う会話は好きじゃないんだろうな…
そう考えていると隣人の声が既に聞こえてくる――
…ほら、すぐに言い返す。
「…っふ、度胸のある女だな」
こういう嫌な言葉を並べる人間の中身を知ってみたい。
素直じゃない人間の本質とは本当に悪い心なのか、それとも良心を隠しながらの行動なのか――
隣人は人間の偵察には適した人物であることが判った。
ふと視線の中に隣人がこちらを眺めている横をみるとこちらを見て笑っている。
―― 目の綺麗な人だわ ――
ふと心の中で思った。
この人…実は良心な人間でそれを隠そうとしているんではないのだろうかと思った。
でも今はそんな事は関係ない。
私は隣人に手を差し出し、目を見つめたまま笑顔で声を発した。
「話す前に…自分の名前を云うのが筋じゃないかしら?私は菅野愛子よろしくね」
隣人はそんな言葉を聞き手を見て嘲笑う。
…せっかく手をだして挨拶しようとしているのに自分が馬鹿みたいじゃない!
そう思い手を戻そうとしたときにミルの横の人間が握手をしてきた。
繋いだ手をブンブンと上下に振りニコニコと笑っている。
そんな光景をミルが笑ってみているし…これはこれで良いかも知れないわね?
手を離すと自己紹介をしだした。
「俺は前川達也で…君の横に座っているのは石橋透だ。よろしくな?あ、それと透は機嫌が悪いと周りに当たり散らすから気をつけな?」
そんな言葉を聞いてふと笑ってしまった。
「私は愛子でこっちは美紀よろしく!」
隣人とは対照的だから話しやすく、透君は人を見下すように声を吐き捨てた。
「所詮、金持ちそうだし…いいとこのお嬢さんだろ?」
…はぃ?
この隣人は悪態をつくことしかできないのだろうか?
人を外見だけで判断するというのは人間の性分なのだろうか…
相手の気持ちを思いやるとか相手の気持ちを考えるとか…そうゆう気持ちを持たないのだろうか?
それに引き換えミルの横の人間は終始笑顔だし…そんなに悪いと思えない。
だけど…笑顔なだけなのも怖い部分でもある。
「そう貴方には見えるのかもしれないけど、私達これでも辛い日々ばっかり送ってるのよ?どう見たらお金もちの家のお嬢さんに見えるのかしらね…」
幾ら相手に合わせて喋る会話とはいえど悪態を付いているのは申し訳ないと思う。
この透という人間を知るために対等的な話し方をさせてもらわないといけない…内の心を見てみたい。
これも悪い側の人間を偵察するのは絶好のチャンスなの…今夜、空に罪を懺悔しよう。
「いつ頃から親が居ないんだ?」
私は返事をしようとした時にミルがホツンと言葉を溢した。
「私は4歳の時によ?愛子は…」
そう言いながらミルは私を見つてくる――
親がいつ居なくなった話とかは別に気に障る事でもないし…規則を破ることでもないと思って返事をした。
「両親の顔すら知らないわ…小さい頃は楽しそうな親子を見て羨ましいと思った事もあったわ。周りの人が家族のように接してくれるから気づいたら寂しいとかそんな気分もなくなった。唯々両親がどうゆう人なのかだけは知りたいわ…」
そう言いながら空を眺めた。嘘なんか云ってない。
本当にどんな人なのかだけでも知りたいと思っているし、羨ましいと思ったのも一度しかない。
幼い頃に街に買い物をしに行った時に両親の真ん中で手を引かれ笑い合っているのを見た。
なんともいえない寂しい感覚になった時の一度だけ。
でも…帰った時には皆が笑顔でおかえりと声を掛けてくれた事で自分も幸せなんだって気づけた。
その反面…早く自立をしたいと思いもした。
小等部の後半に自立をしたいと申し出たが危ないと反対されてしまった。
しかし、私は自分の足で歩いてみたいと申し出て孤児院の近くの家なら良いと云って貰えるまで志願した。
念願のひとり暮らしも思っていた以上に大変だったが…根を上げて帰るつもりはなかったからそのまま生活した。
その暮らしの中で自分の糧になった物は多くある。
ひとり暮らしの夜、寝るのが寂しく感じた時には孤児院での思い出を頭に浮かべた事も多くあった。
両親が居なくたって周りに皆が居て皆が幸せなら私も幸せだと…
そんな昔の事を思い出してしまった――
高等部に入った時には完全に部屋を借りて生活していた。
ミルは中等部の途中から寮暮らしをしている。
今でも孤児院の人達とも逢って話をするし孤児院のお手伝いをする事もある。
シンセ様やご両親が凄く可愛がってくれているし…
シンセ様のフィアンセにと云ってくださったのもシンセ様のお父様。それに他の天使様も。
今見上げている空はきっと何処かで天空とつながっているのだろうか?
―― シンセ様…少し寂しい気分になりました。中間報告の時は胸の中で抱きしめてください ――
そう空に想いを馳せた。
結局、隣人との会話もその一言で終わった。
授業の先生がクラスに入ってきた時にミルがふとこちらをみてとぼけた言葉を投げかけてきた。
「ねえ、愛子?勉強ってなにするの?」
誤字・脱字には気をつけていますが…後に気づいた時は修正させていただきます。
貴重なお時間を読んでいただき有難うございました。