09・文化祭①
11月第二土曜日。文化祭1日目。青く澄んだ秋の空はどこまでも高く爽やかだ。
わいわいガヤガヤと賑やかな正門には、アニメ研と美術部の合同力作、某テレビアニメのキャラクターをモチーフにした痛アーチ。ピンクのツインテールと少々大胆なユニフォームのちぃパイ美少女が、招き猫を模したポーズで『おいでませ♥』と媚びている。
前日にこのアーチが設置されたのを見たときは、正直、よく実行委員会担当の先生から許可をもぎ取ったと思った。が、うっかり遠い目で眺めていた将馬の横で、一緒に居残っていた林がヒューッと口笛を吹いて、最高! と絶賛していた。
まあとにかく一夜明けて当日となった今日、一歩敷地内に踏み込めば、クラスや部活の案内係が立て看板を手に、是非来てきてください! と鬼気迫る呼び込み合戦を繰り広げている。
「2の1、お化け屋敷やってます! 怖がりの方、ぜひ来てください!」
「5分マッサージ! 3の3は5分マッサージです! 肩でも足でも揉みほぐしますよ~!」
「ミニボーリングやってま~す! 1年3組! ミニボーリングで~す!」
文化祭と言ってもせいぜいが公立中学の学校行事、残念ながら飲食物関係の出し物は禁じられているため、賑わいに欠けるところはあるけれど、そこはソレ、有り余る元気と初々しさでカバー!
「ちぇーっ! せっかくの文化祭なんだから、メイド喫茶とかー、焼きそば屋とかー、食えるモンの店が良かったよなー」
教室の窓から忙しない外を眺めていた熊井は、クルリと振り返り、なー? と友人らに同意を求めたが、将馬は真顔であっさり首を横に振った。
「思わん」
「えええっ! なんで?!」
女子たちのコスプレや、美味そうな匂いがあるだけで生徒たちのやる気の度合いが違うという。だが、彼が言うやる気は、祭当日のものであって、当然付随してくる準備や、衛生検査などを考慮してはいない。
将馬は最終チェックのために急かせかと手を動かしながら、現実を見ろと水玉ヨーヨーを持ち上げて振った。
「なんでじゃない。食いモンなんか扱ってみろ、縁日程度の準備でヒィヒィしているオレたちじゃ、絶対に当日に間に合わなかった。・・・大変なんだぞ。焼きそば屋にしろ焼き芋屋にしろ、機材の借り入れと火気の使用許可をもらったり、保健所に衛生検査を頼んだり」
やることは数倍、いや、それ以上だ。
「衛生検査? それって、もしかして・・・」
眉根を寄せて訊き返してきた熊井に対して頷いた将馬は、きっぱりと「検便」と言い放った。
「飲食物関係の出し物で、例えば焼きそば屋を出店すると仮定する。借りる機材一式と使用材料の一覧、消防署の許可願いと、衛生検査依頼書を揃えて実行委員会に提出、それら全てをクリアして、学校側から許しをもらい、やっと準備に取り掛かれると――――――」
「わかった、わかった! ストーップ!」
水を張ったおこちゃま用バルーンプールにヨーヨーを放り込みながら、つらつらと説明してやっていると、隣のタライにスーパーボールを浮かべていた飯田が、将馬を止めに割り込んだ。
「上郷、ダメだ。熊井と林が話に追いつけなくて、オーバーヒートしてる」
濡れた手で指し示された方向を見れば、目を点にした熊井と林が、ポカンと宙を見つめていた。
「「・・・ダメだ、こりゃ」」
将馬の通う中学校では、文化祭の見学にはルールがある。
一日目は在学生はもちろんのこと、その父兄を中心に招待される。生徒は黙っていても『家族チケット』なる青い入場券が配られ、その券がないと原則的には校内には入れない。
二日目は『家族チケット』の他にもう1枚発行される黄色い入場券『招待券』がプラスされ、これは他校の友人やご近所さんなども入場できる。
せっかくの楽しい行事なのだから、もっと自由に一般参加できたほうがいいのでは? との意見もあるが、やはり防犯上の問題もあり、学校側としては精一杯の方針をとっているとPTA総会で説明していたそうだ。
「やだな~、オレんち母ちゃんが見に来るって言ってたんだよ~」
開店したはいいがまだ来客がまばらで、暇を持て余している当番の一人、店番をしている林が受付用の机に肘をつき、うんざりと愚痴を吐きだした。
「お前んちもかー。俺んとこはお袋だけじゃなくオヤジも・・・」
窓辺に寄りかかっていた飯田も、ゲンナリと項垂れる。
「親だけならいいだろう。ウチなんかジジババまで来るって言ってんだぞ!」
隅で追加の水玉ヨーヨーを作っている熊井が、半分怒ったように訴えた。
その横では、細く切った半紙をちまちまと紙縒り、先端に釣り針替わりのクリップを結びつけている将馬と、クラスメートで同じ小学校出身の高柳 早南、中学から一緒の森川 茉莉亜が、不思議そうに首を傾げた。
「? 男の子は家族が来るのって、嫌なの?」
茉莉亜が将馬に向かって訊ねると、早南も手を止めてジッと彼に注目した。
「え? オレに訊いてるのか? ・・・んー? わからんな。オレんちはこういった行事に来るような親じゃないから」
女子のウチは大概が来るんだろう? と聞き返すと、二人は同時に頷いた。
「あたしンちは親と妹。午後から来るってー」
「ウチはお母さんだけ。お父さんは今日、会社なの」
長い髪を二つに結んでいる早南が、妹の分のチケットをわざわざ実行委員会まで貰いに行かなくちゃならなかったと顔を顰め、茉莉亜は母親しか来ないのがとても残念らしく、ちょっと寂しいとこぼした。
「上郷クンちは誰も来なくて、寂しくないの?」
「いや、別に」
つーか将馬にしてみれば、両親が放任で良かったと思っている。その分親戚の連中・・主に紗和子や彰文あたりが、鬱陶しく構ってくるから。このうえ親までが構いたがりだったら、将馬は今頃グレてる自信がある。
なんのかんのとアパートの住人も事ある毎に将馬を気にかけ、大学生はサークルの合宿や学祭に誘ってくるし、会社勤めの社会人たちは、時折お土産を買って持ってくる。
さすがに部屋の掃除まで手伝わせる夏葉のような住人は他にはいないが、大家と店子としての関係は、他所よりもかなり親しいものと思っている。
雑談しながら作業していると、知らない間に結構客が来ていた。
将馬が友人たちの姿を探すと林は接客に追われ、後ろのドア付近では飯田と熊井の家族が見学に来たようで、照れくさそうに頬を染めつつ、来るんじゃねーよ等と悪態をついているのが聞こえてきた。
やはり彼らもまだ中学生。可愛いものだと、自身を棚に上げて微笑ましく見ていると、突如野太い男性の声が将馬を呼んだ。
「将馬ー!」
聞き覚えのある声に驚いて瞬時に振り返ると、前方のドアの所で、ニコニコと笑顔で手を振る人物。
「えっ? えええっ!」
「神戸さんトコに顔出したら、入場券もろてなー。来てみた」
慌てて駆け寄ると、彼は楽しそうに将馬の頭をワッシワッシと撫でた。自分のものよりも大きな手のひらの感触は、以前感じたものと全く変わっておらず、将馬の心にもジワジワと再会の喜びが広がってきた。
「なぁ。ちょっと背ェ伸びて、大人っぽくなったんやないかぁ?」
「そんな急に変わるわけないですよ。・・と言うか、オレよりもソチラの方が変わったんじゃないですか?」
彼が『まーがれっとハイツ』を去ってから、まだ8ヶ月。しかし、いかにも学生って感じだった以前と違い、服装はもちろん、顔つきもなんだか落ち着いているような気がする。
「ま、現にオレは大人やからな。それに一つ報告したいことがあって来たんや!」
ニッヒッヒとおかしな笑い声を上げ、横山は背後を振り返って「なぁ!」と誰かに同意を求めた。
②へ。