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06・予想外の告白

 

少し遅くなっただけで、外はすっかり夜の暗さだ。秋分の日を過ぎると日暮れが加速している気がするのは、オレだけだろうかと自問する。


先週まで中間テストで必死だったが、それが終わった途端、今度は文化祭の準備に追われている。

もちろん幹事などといった面倒なものに手を出したりしないが、幹事でなくても、たかだか一クラス34人で企画・準備・本番を成さなければならないとなると、どうしても一人一人が担う仕事は多くなる。


「ったく! 決められた期限内に準備を終わらせなきゃ、当日に間に合わないってわかんねーのか?」


蓄積された疲労に、ブツブツと愚痴が出る。それもその筈、準備が遅々として進んでいないにも関わらず、のんきな連中は分担された役割も果たさずに、さっさと帰ってしまったのだ。

当然だが、残っている仕事は、誰かが肩代わりしなければならなくて・・・


『上郷~! 飯田(いいだ)~! クマ~! 頼むよ~ッ。手伝ってくれよ~ッ』


ジャンケンに負けて幹事となった(はやし)に泣きつかれ、渋々手伝う羽目になった。


クラスの出し物は【縁日】。基本的に食べ物関係は禁止されているため、ヨーヨーやスーパーボール釣り・射的などのゲームコーナーと、お面・風船の販売。・・大したことないと思うかもしれないが、水風船に一つずつ水を入れて膨らませ、ゴムで留め、お面は手作り。――――――やることはそれなりに多い。なのに、無責任な数名が準備の居残りをサボりやがった。


普段から責任という言葉の重みを、身を持って実感している将馬には信じられないことだ。ひどくムカついたけれど、友人(はやし)を放り出しては帰れなかった。

そのせいで学校帰りに立ち寄るスーパーのタイムセールは逃し、予定していた献立は変更するしかなくなった。

ガサガサと脚に擦れて耳障りな音を立てるのは、今夜の夕飯の材料が入ったスーパーのビニール袋。あと、もうストックがあまりないことを思い出し、買わざるを得なかった18ロール入りトイレットペーパー&ボックスティッシュー。

ただでさえカバンがズッシリと重いのに、更に荷物を増やすのは、本当に失敗だった。

さっきから腕が痺れていて、血流がせき止められている指先は、爪まで真っ白になって痛い。


「やっぱり一度家に帰って、出直してくれば良かった・・・」


後悔しながらヘロヘロ歩いていると、後ろから明るい声に呼びかけられた。


「将馬クン!」


立ち止まって振り返れば、予想通りの人物が、軽い足取りで近づいてくる。


「将馬クンも今帰り?」


紺色のツーピースの上に秋物のピンクベージュのコート姿の会社帰りの夏葉が、僅かに息を弾ませて隣に並んだ。


ニコニコ笑顔で、いつもよりも遅くない? と訊いてきた夏葉に、将馬は苦笑いで頷きつつ歩調を合わせて歩き出した。


「ああ。文化祭が近いんだ。お前は? 社会人にはまだ早い時間じゃないのか?」


ちょくちょく職場の友人と食事をしてから帰ってくることを知っている将馬は、花の金曜日に直帰なんて珍しいと思った。


「んー? うん。誘われはしたけどねー。やめといたの」


「なんで?」


トイレットペーパーをぶら下げている方の小脇に、ギリッギリで抱えていた5箱入りティッシュペーパーに夏葉が手を伸ばす。たかがティッシュ、されどティッシュ。軽いものではあるが、不安定な状態で抱えていた荷物が減り、将馬はかなり楽になった気がした。


「サンキュー。助かる」


「いえいえ~。これくらいお安い御用ですよー。いつも大家さんにはお世話になってますからー?」


将馬が素直に礼を言うと、夏葉は歌うように返事をした。なんだかそのやりとりが可笑しくて、二人は顔を見合わせて笑った。


「で? どうして今日は行かなかったんだ?」


「えー? んーとねー・・」


改めて訊くと、彼女はやけに勿体ぶってなかなか話そうとしない。辛抱強くジッと横顔を見つめていると、フフフっと笑いやっと教える気になったらしい。


「じ・つ・は、――――――――――――カレシができました♡」


「え・・」


告白しておきながらキャーッ!! と奇声をあげた夏葉。聞けばそのカレシとやらが、食事には男友達も同席すると知り、難色を示したらしい。

将馬は驚きのあまり足を止め、目を見開きマジマジと見つめた。


「まさか、この前の・・」


「やだ、違うわよー。あの人は経理の先輩。・・カレシはねー、OSAKIコーポレーションの営業なのー」


有名どころの大手企業に勤めていると言い、立ち止まったままの将馬に気がつかないまま、夢でも見ているような口調でノロケを続けながら歩く。


「背が高くってー、超イケメンでー、すっごく優しいのよー。それにね仕事もメチャできる男なんだって。やああん! あんな素敵な人があたしのカレだなんて!」


シンジラレナーイ! とテンションの高い夏葉とは反対に、将馬は呆然としている。突然の報告に頭がついていかない。


街灯に照らされてオレンジ色に染まる夏葉。歩くたびに左右に揺れる黒髪をただ黙って見ていると、やっと将馬が立ち止まっていることに気づいた彼女は足を止め、コテンと小首を傾げた。


「将馬クン?」


「・・・」


「? どうかしたの?」


呼びかけても返事がないことに心配したのか、夏葉は戻ってくると、将馬の目の前でパタパタと手を振った。


「夏葉・・」


きょとんと見上げてくる瞳に、暗く陰った自分の顔が映っていることに気が付くと、我に返り、目の前の額に頭突きを食らわせた。


「きゃッ! いった~~~いッ!!」


確かにかなり痛かった。思ったよりもゴスっとイイ音がして、脳みそが揺さぶられる感じがする。


「急に何するのよ~!」


「~~~ッ。なんとなくだよ!」


両手が塞がっているために額を押さえることもできず、ただただ痛みを堪えていたが、やっと峠を越えて治まってきた頃、恨みがましく睨んでくる夏葉に、将馬は微笑みを浮かべ「良かったな」と一言告げた。


「しょ、将馬クン。ありが・・」


「お祝いの代わりに助言してやる。絶対に部屋には上げるなよ。泥棒が入ったと勘違いされて、警察を呼ばれるからな。それにお前が片付けられない女だってバレたら、逃げられちまうかもしれねーぞ」


「なッ・・!」


夏葉の感動を打ち消すように、(アラ)はちゃんと隠しておけと言うと、彼女はプルプルと小刻みに体を震わせ、


「もう! 知らない!」


叫ぶなり、持っていたティッシュを将馬に押し付け、夏葉はガツガツとパンプスのヒール鳴らして先に行ってしまった。

その背中が夜の景色に見えなくなると、少年はポツリと独り言をこぼした。


「オレはなにが言いたかったんだ?」


しかし言葉にする前に飲み込んでしまったためなのか、その正体は将馬自身にもわからなかった。




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