03・『まーがれっとハイツ』
ここはアパート『まーがれっとハイツ』。最寄りの駅からは徒歩15分、5年前キレイに改築されたばかりの優良物件だ。
二階建て12部屋が2棟。全部で24部屋、毎年空き部屋なし。六畳一間にミニキッチンとトイレ、バスルーム。狭いながらもクローゼットとロフトが付いており、もちろんOS環境も万全。学生や入社したての新社会人にとても人気だ。
しかも月々の家賃が4万円(管理費込み!)で、入居時の敷金礼金はどちらも1ヶ月分。2年毎の更新手続き時に請求される費用も一月分という超破格のため、毎年結構な数の問い合わせがある。
「そうだよ・・・。入居者は選り取りみどり、じっくり審査して選べる立場なのに・・・」
将馬は眠そうに風に泳ぐ洗濯物を眺め、あくびをした。涙で少しだけ潤んだ目をシバシバと瞬かせ、カラになった洗濯カゴを持ち上げると、庭の向こうのアパートを見た。
昨夜、夏葉の部屋のあまりの汚なさにキレた将馬は、半泣きの彼女のシリを引っぱたきながら、結局深夜2時過ぎまで片付けをしてしまった。・・・とは言っても、さすがに真夜中に掃除機などかけるわけにもいかず、主にゴミの分別や洗濯、出しっ放しになっているものを棚に戻すくらいなのだが、たった6畳一間とはいえ部屋全体のこととなると、思った以上に時間がかかった。
「あー・・、太陽が黄色い」
こんな、前日に深酒したサラリーマンみたいなセリフ、出来ることなら言いたくない。
手のひらでゴシゴシと目をこすり、ウ・・・ンと伸びをした。
「将馬。あたしたちはそろそろ出るけど・・・アンタ、大丈夫なの?」
バッチリ化粧が済み、出かける間際の母親がベランダにひょこっと顔を出す。
両親の出勤時間がほぼ同じため、高校教師の母親は会社員の父親を、毎朝駅まで送っていく。だからいつも最後に家を出るのは将馬なのだ。
「あ? ああ・・・眠い」
「も~~~、あんな遅くまで夏葉ちゃんのところにいるからよ。じゃね、いってきます!」
「はいはい。いってらっしゃい・・」
力の入らない声で送り出すと、将馬も自身の準備に取り掛かった。
食事は先に済ませた。顔を洗い、スウェットから制服に着替え、髪をとかす。カバンにテキストを詰めていると、夕べ途中になってしまったノートを見つけて眉根が寄った。
定期テストが近い今、本当は他人どころじゃないのにと文句くらいは言いたい。
溜息を吐きつつ準備が終わると、将馬は可燃ゴミの袋を持って玄関に向かった。
「アイツ、ちゃんとゴミ出したかな?」
集積所にゴミ袋を置いた将馬は、カラス避けのネットを丁寧にかけ直し、夏葉の部屋のゴミ袋を思い出す。
一抹の不安はよぎるものの、さすがに様子を見に行く余裕はない。かなり後ろ髪は引かれるが、振り切って学校へと足を向けた。
「えええッ! じゃあ昨夜は、年上のオネエサマと朝まで二人っきり・・・」
休み時間、机に突っ伏してウトウトとしていた将馬に、友人でクラスメートの熊井がちょっかいをかけに来た。寝不足のわけを強引に聞き出した彼は、何を想像しているのか、頬を赤らめていてちょっとキモい。
将馬は上体を起こし頬杖をつくと、無遠慮に大あくびをした。
「掃除してたから間違いなんか起きようもないけどな。つーか、そもそも夏葉にオレを狂わす色気はねーよ」
ちょくちょく将馬のウチにも遊びに来ている熊井は、何度か夏葉に会ったことがある。だからなのか、腕を組んで考えるように天井を見ていたが、ポツリと一言「確かに・・」と呟いた。
「小川さんより、226号室に住んでる前田さんの方が好みかな~。ほらッ、彼女ボン!キュッ!ボン!でちょー色っぽいからさぁ」
だらしなく鼻の下を伸ばし、オッサンくさい手振りで前田さんのスタイルの良さ表している。
野球部期待の星と呼ばれ、次期部長を約束された名ピッチャーらしいが、熊井だって年頃の性少年。興味は多大にあるようだ。
「前田さんな・・。スタイルを重視すれば確かにあのヒトだが、顔で言ったら11の上遠野さんだろうな。去年のミスキャンパスらしいから」
「うおおおお~」
熊井が鼻息も荒く、興奮の雄叫びをあげた。
ちなみに将馬の言う『11』とは、211号室のことで、1棟2階の一番手前。226号室は2棟の一番奥である。更に付け加えるならば夏葉の部屋は213号室で、これまで上げた女性陣はすべて2階部屋。1階は主に男性が住んでいる。
「それにしても、なんでそんなに小川さんを気にかけるんだ? いい大人なんだから、放っておけばいいのに」
「そーなんだよなー・・」
再び机に懐きながら考える。たとえ部屋が汚くても、強引な男に押し切られても、24歳の大人なのだから結局は自己責任・・・のはずなんだ。だけど――――――・・
「う~~~ん・・」
入居した頃から、なぜか気に掛かって仕方が無かった。