表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/11

02・大家さん


ガコンと聞きなれた音を立ててドアを閉めると、部屋の奥から夏葉がすっ飛んできた。


「将馬クン!」


「ぐえッ!」


勢いのまま首に抱きつかれ、一瞬息が止まる。ドスンと背中がドアに押し当てられ、カーディガン越しでもひんやりと冷たい。


「大丈夫だった?! 怒鳴られたり殴られたりしなかった?!」


ガシッと両手で顔を押さえられ、鼻先が触れ合いそうな距離で怪我がないか確かめられる。

心配していたのだろう。大きな瞳は涙で潤み、今にも溢れて頬を伝いそうだ。


「大丈夫だ。だから離れろ。・・・・・・お前、酒臭い」


「・・・」


夏葉の両肩を掴んでベリッと引き剥がし、彼女をその場に残してサンダルを脱いだ。

ズカズカと短い廊下を過ぎて部屋に入ると、将馬は唖然と立ち尽くす。ぐるりと室内を一瞥してから足元に視線を落とす。

右足の親指の先に当たっている布キレを、つまむように拾い上げた。

オレンジと赤いラインが交差する、チェック柄の小さな三角形。中途半端にめくられたベッドの掛け布団の上に、同じ柄のCカップが無造作に放り出されている。


「いやぁぁぁぁぁっ! 将馬クン、なに拾ってるのよーッ!」


夏葉はえっちー! と叫びながら慌てた様子でひったくると、それを後ろ手に隠しプウッと頬を膨らませる。だがそれ一枚を隠したところで、一体何が変わるというのか・・・。

頭痛がし始めたこめかみをグリグリと揉み解しつつ、将馬は大股に物をまたいで部屋の中に入った。


「・・・夏葉。オレをエッチと罵る前に、―――――――――この散らかった部屋をどうにかしろッ」


床には洗濯前洗濯後のどちらなのかわからない衣服が散乱し、パステルピンクの可愛らしいテーブルの上には、飲みかけのグラスや空き缶、お菓子の空箱が散らかっている。

せっかくカラーボックスがあるのに棚はスカスカ。代わりに部屋中至る所には、雑誌やラブストーリーの漫画、小説が適当に積まれている。

一言で言うなら、汚い。いや、その一言しか出ない。


「どうやったらこんなに散らかせるんだ? オレが手伝って一日がかりで掃除したのは、つい最近だったよな?」


「さ、最近じゃないわよ。もう・・・えっと・・10日、くらい前?」


「そ・れ・を・最近て言うんだよ! 一般的にはな!」


「キャ―――ッ!」


将馬がキレて怒鳴ると、夏葉は悲鳴をあげてトイレに飛び込んだ。


「コラッ、逃げるな! 立て篭もるな! ちゃんと片付けろ! ・・まったく、こんな片付けられない女のどこが良いってんだ? あの男は」


女を見るなら外見だけじゃなく、中身もちゃんと見てから言い寄れよ! とブツブツ文句を言いながら、将馬は一枚一枚衣類を拾い始めた。


「放っておいたら、ワイドショーが取材に来るようなゴミ屋敷にされそうだ・・・」


畳まれていない衣類は一緒くたに洗濯機に放り込み、クッションの下から発掘したコンビニ袋に次々とゴミを詰めてゆく。

床に置かれていた大きな物を拾い上げるたびに、アクセサリーやメイク道具、リモコンなどの小物が姿を現す。飲みかけのまま放置されていたペットボトルを撤去して、スペースを確保しておいたテーブルの上にそれらを避難させた。


「おい! いい加減トイレから出てきて、一緒に片付けろ!」


手を動かしながらトイレに向かって怒鳴ると、中から怯えた声が返ってきた。


「・・・出て行っても、怒らない?」


「怒る」


即答。


「! 怒るなら、出てかないもんッ」


「じゃあ、ご両親に報告する」


一昨年、夏葉がこの部屋に入居したG・W(ゴールデンウィーク)、「娘がお世話になります」と丁寧すぎる程に挨拶をしていった両親(かれら)にこの惨状を知らせ、更には、子どもみたいにトイレに逃げ込むクセを叱ってもらうよう頼んでやる。・・・と脅せば、ガチョッ!と乱暴に解錠する音が響き、夏葉が転がるように飛び出してきた。


「ダ、ダメッ! お願い! 実家には言わないで!」


青い顔をして手を合わせる彼女を、将馬は氷点下の冷たい眼差しで一瞥した。


「オレの言うことは聞かないくせに、自分の頼みは聞けと?」


ゴミでパンパンに膨らんだコンビニ袋を振って示してやると、グッと言葉に詰まった夏葉は、ウロウロと視線を彷徨わせていたが、急にキッと将馬を睨みつけた。


「だって、本当にお片付けって苦手なんだもん! 将馬クンだって苦手なことやれって言われたら、逃げたくなるでしょッ?」


「いや。ならん」


逆ギレした夏葉が噛み付いてきたが、再び即答。


「・・・・・・え?」


「ならん。――――――と言うか、苦手なことが思いつかん」


「・・・・・・は?」


袋の取っ手をギュッと結んで夏葉に放ると、キョトンとしたまま無意識に受け取った。


「お前、よくよく考えてみろ。オレにマイナス要因があるか?」


無いだろう? と訊ねると、夏葉は少し考えたあと、躊躇いがちに頷いた。

自慢じゃないが、背が高くそこそこな顔立ち。成績は悪くないし、スポーツもできる方だ。その上、共働きの両親に代わり家事もこなすし、なんと言っても――――――


アパートの大家(・・・・・・・)の役割も、きちんと務めていると自負している」


そう、将馬は学生でありながら、ここ『まーがれっとハイツ』の大家であり、管理人でもあるのだ。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ