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11・文化祭③

 

「あああ・・・やっぱり・・・」


文化祭2日目。店番担当者のエプロンを身に付け、小学生くらいの客相手に説明をしていた将馬は、茉莉亜に呼ばれて振り返ると、ドアの向こうで笑いながら手を振っている紗和子を見つけ、ガックリと肩を落とした。

悪いけどと頼み込んで、ほんの少しの間だけ茉莉亜に交代を頼むと、億劫そうに廊下に出る。80過ぎてもバイタリティー溢れる前大家は、キャピキャピと燥ぐ女子中学生にも負けず劣らずメチャメチャ元気で、傍まで来た孫に瞳をキラキラ、頬を薄く上気させ、さっき入った模擬店が良かったと報告してきた。


「よかったわ~! 3年3組! マッサージしてもらったわよー。もうね、夢見心地! 最高ッ」


ああ。そこはちゃんと年寄りっぽいんだな。


元運動部所属の男子生徒が、肩も腰もふくらはぎも丁寧に揉みほぐしてくれたとかで、紗和子は鼻息も荒く大興奮だ。


「わかった、わかった。マッサージは今度オレもしてやるから。家で。・・っつーか、一人で来たのか? 彰兄は?」


そう決まっているわけではないが、どうも波長が合うのか、いつも一緒にいるイメージの再従兄弟の名前を出せば、当たり前のような表情で「来てるわよ」と答えた。


「ほら、今この中学校の理科を教えている芝崎先生の奥さん、別居して『コーポ・アマリリス』の2階に部屋を借りてるんだけどね、最近どうも留守がちなのよ」


「家賃は?」


「ああ、それは毎月口座引き落としになってるから大丈夫なんだけどね。でも、ずっと帰ってこないなんてどうしたのかしらーって思うじゃないの」


不安そうに眉を顰めて、小首を傾げた。

まあ、せっかく芝崎(夫)の勤める中学校に来たのだから、(ついで)に話を聞いてみようということだろう。

ちなみに『コーポ・アマリリス』は将馬の従兄弟、母親の兄・・言わば伯父にあたる人物の息子・正臣(なおみ)(25)が、大学の卒業祝いに紗和子から譲られた物件だが、仕事が忙しいからと、管理は全面的に彰文の事務所に任せっきりだ。

『まーがれっとハイツ』のように大家と店子が親密なアパートは、やはり殆ど無いらしい。

ふと無意識に、将馬の眉根にシワが寄せられた。

継承を許諾したにも拘わらず、結局他人任せなのがなんとも将馬には納得がいかない。それは単に前大家(さわこ)の仕事ぶりを見ていたか否かによるのだが、忙しい合間を縫って大家の生業をこなしている少年には、どうしても無責任にしか映らなかった。


そんな孫の不満な胸の内を察した紗和子は、気づかれないように微苦笑を浮かべると、シワシワの手で将馬の頬を撫でた。


「そんな顔しないの。・・いいのよ。アマリリスのことまで心配してくれなくて。それにね、全部彰ちゃんが押し付けられてるように見えるけど、そのぶん管理費はかなりの額をもらってるんですって」


耳打ちされた料金に、えええ?! と思わず声を出してしまった。


「ぼったくりだ・・・」


きっと正臣は、くれるもんは貰っとこうと軽い気持ちで『コーポ・アマリリス』を受け継ぎ、じゃあ親戚なんだから大丈夫だろうと彰文に任せたのだろう。

不動産に関して、なんにも勉強しないままに。


いいのいいのとカラカラと笑い、紗和子はこの話を締め括った。


「そんなことより、将ちゃんのクラスは縁日なんでしょう? 私も遊んでいきたいわー」


ウキウキと教室に入ってゆく祖母を追うように、将馬は深く嘆息すると、疲れた足取りで彼女の後に続いた。




暫く店番と紗和子のお守りを同時にこなしていると、芝崎の用事が終わったらしく彰文が2-2に顔を出した。


「おー、将ちゃん。サワ祖母ちゃんの相手してくれてたんだ? サンキュー」


オットリとした彼の登場に脱力する。コートを片手に、ブラックジーンズとタートルネックのニットで全身シックに格好良くまとめているのに、何故か首周りにはハワイアンな赤いレイが。しかもアニメ研力作の薄い冊子を2冊を持っている所を見ると、ここへすぐに来たのではなく、いろいろ模擬店を巡っていたようだ。


「兄ぃ・・・随分と楽しんでいるようだな」


忙しい将馬に紗和子を任せ、自分は気ままに見学していたのかと言外に責めると、何を見て将馬が怒っているのかがわかったらしく、手にしていた冊子を持ち上げてフラフラと振った。


「あ、コレ? 違う違う、これは俺んじゃないよ? この階まで上がってきたところで、丁度ある人に会ってね。トイレに行ってくるから持っててくれって頼まれたんだ」


ある人? と眉間を寄せると、彼は人の悪いニヤニヤ笑いを浮かべた。


「彼女から聞いてない?」


「彼女って?」


前日に横山と訪れたちひろではないだろう。将馬の母親のことなら彰文は名前で呼ぶし、紗和子は今ここにいる。他に"彼女"と、彰文の口から出てくる人物に心当たりがなく、将馬は首を傾げた。


「だれ・・」


「あ、来た来た。小川さーん、ここ!」


名前が出た途端、将馬は弾かれたように振り向いた。そこにはコートとバッグを腕に掛けた、ピンクのニットワンピース姿の夏葉が小走りにこちらへ来るところだ。


「将馬クーン!」


満面の超笑顔で隣に立った彼女は、彰文に差し出された冊子を礼を言って受け取ると、改めて将馬に向き合った。


「ふふふ♪ 来ちゃったー」


「来ちゃったって・・・彰兄たちと一緒にか?」


将馬の問いに夏葉はううんと頭を横に振った。


「昨日ちひろちゃんたちが来たでしょ? なんか帰りに校門のところで二日目(きょう)のチケットを配ってたらしくて、帰りにわざわざ届けに来てくれたの」


嬉しそうに話す彼女の首に、彰文が背後からレイをかけている。なんだそりゃ? と訊ねれば、芝崎が担任を務める1-4でじゃんけんゲームをやっていたそうだ。

10人連続で勝ち続ければ景品がもらえるとの謳い文句に惹かれて参加し、21人に連続して勝ったと誇らしげに胸を張った。


「結局景品は返してきちゃったけど。どう考えても俺には必要ないものだったから。それにしても『居残り免除チケット』って、一体いつ使うものなんだろーねー?」


何を考えているんだ、1-4。

それはともかく、予期していなかった人物の来訪に些か将馬のテンションが上がる。


「夏葉。オレんとこ縁日なんだけど、・・・やってくか?」


「うん!」


さりげなく何が欲しいかを聞き出し、水玉ヨーヨーのプールの前に二人並んで屈み込んだ。

釣り針替わりのクリップが付いた紙縒りを手渡すと、常では見られないような真剣な面持ちでヨーヨーを狙う。

窓から差し込んだ陽の光がプールの水に反射し、夏葉をキラキラと照らす。

どういうわけか将馬の目は、夏葉の不器用な手元ではなく、彼女の横顔にばかり注がれている。


「将馬クン。どれがいいと思う?」


「うん、そうだな。・・・ピンク・・かな?」


ニットのワンピースがとても良く似合っているし、サイドを編みこんで後ろでまとめた髪も、花柄のピンクのバレッタで止められていたから。

将馬の半ば無意識のつぶやきを聞き取ったらしく、夏葉はよし! と狙いを定め、パステルピンクのヨーヨーのゴムにクリップを近づけた。


「・・・ッ、・・・ッ、・・・あ!」


「あ。」


一度目は失敗。クルンとヨーヨーは回転し、輪ゴムが水中に潜ってしまった。

次に狙ったのは白いヨーヨー。しかし今度は紙縒り部分を濡らしてしまい、ヨーヨーを持ち上げる前にちぎれてしまった。

その次は赤。しかしこれも・・・


「あッ!!」


「あ。」


ボチャン!


途中で紙縒りが切れて、ヨーヨーは再びプールへ。

途端水玉ヨーヨーの担当をしていた林が爆笑しだした。


「あーはっはっは! オネーさん、下っ手だな~」


ゲラゲラと遠慮なく笑われた夏葉はプゥッと頬を膨らませ、隣で次の紙縒りをスタンバっていた将馬に、ピンク! と怒った口調で言ってきた。


「は?」


「将馬クン、ピンクのヨーヨー取って!」


場所を譲るように夏葉は立ち上がると、再度ピンクのヨーヨーを取ってと繰り返した。


「なんだよ。諦めたのか?」


溜息を吐きつつも紙縒りを構えた将馬は、当たり前の顔をしてヒョイっとピンクのヨーヨーを釣り上げた。


「ほら」


簡単に水気を払ったヨーヨーを差し出された彼女は、複雑な面持ちでそれを見ていたが、少しすると渋々といった体で手を伸ばした。


「ありがと・・・」


ぶううっと不機嫌な夏葉に再び嘆息した将馬は、思い出したように紗和子たちへ視線を向けた。

二人はニヤニヤとイヤらしい笑みを浮かべ、意味有りげな眼差しで将馬たちを見ていた。


「なんだよ?」


「んーん。なーんでもないわよー」


ねー! と示し合わせる二人。どうせロクなことは考えていない。


「言いたいことがあるなら言えよ」


紗和子たちのいる場所に戻り、並んで一緒にスーパーボールのプールを覗き込んでいる夏葉を眺めていると、許しをもらったとばかりに彰文が遠回しでなくズバリと訊いてきた。


「将ちゃん、小川さんに告白しないの?」


「はあ?」


何を言い出すのかと呆れていると、だって将ちゃん、彼女のこと好きでしょ? と続けて訊ねられた。


「まあ、嫌いじゃないな」


嫌いだったらここまで世話を焼かない。

そう告げると、彰文は更に目を細くして「またまた~」とツッコンだ。


「将ちゃん。"好き"と"嫌いじゃない"は同義語じゃないんだよ。恋する相手に嫌いじゃないって言っても想いは通じないからね」


「そうよ。特にあの娘はそーゆーことに鈍そうじゃない? 単刀直入、真正面からバシっと好きだ! って言わないとわかってもらえなさそうじゃない?」


彰文だけじゃなく紗和子にまで言われ、将馬はプイッと横を向いた。

正直焚きつけるような事を言って欲しくない。このところ自身でも理解できない気持ちが、胸の奥に凝っているから。

それに、もし彰文たちの言う通りの感情を抱いていたとしても、夏葉には恋人が居る。


「将馬クーン! 今度は取れたー!」


子どもプールの前にしゃがみこんで、メチャメチャ嬉しそうにスーパーボールを掲げて見せている彼女に、苦笑しながら手を振り返す。


「正面からバシッとかそう云うんじゃないんだ。よくわからないけど、夏葉が笑っているのが一番いいと思うんだよ」


今のままでいいのだと含ませると、二人はもう何も言わなかった。




ありがとうございました。

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