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10・文化祭②

 

横山が大人っぽくなったと思ったのは、勘違いだったかもしれない。


「い~や~、文化祭なんて懐かしいわ」


右手にヨーヨー、左手には射的で当てたぬいぐるみを持った彼は、案内役に将馬をゲットし、ご機嫌でキョロキョロとあちこちの教室を覗き込んでいる。

いやいや、アンタ去年まで・・・今年の3月までは学生だっただろうとツッコミたい。大学の学祭ではノリノリだったと聞いているぞと言いたくなった。


「・・・あの、本当にアレ(・・)でいいんですか?」


楽しげに先をゆく横山の後ろをついて歩きながら、選択を誤ったんじゃないかと隣を歩く人物に問いかけると、彼女は笑顔で「そうかも」とあっさり言い放った。

彼女もまた『まーがれっとハイツ』の元住人で、夏葉の前に213号室に住んでいた。

太田 ちひろ。夏葉のイトコだ。


「だけど、全然わかりませんでした。お二人が付き合ってたなんて」


将馬の言葉にちひろはふふふっと笑うと、楽しそうな横山の後ろ姿を愛しげに見つめた。

横山がわざわざかつての大家なんぞに報告に来たのは、ちひろとの結婚を決めたことだった。


「付き合い始めたのはまだ最近よ。私がまだ『まーがれっとハイツ』に住んでいた頃は、確かに仲は良かったけど、単なるご近所さんで友人だったもの。でもあの部屋を出て、社員寮で過ごすようになると、なんかちょっと寂しくなっちゃったの。ホラ『まーがれっとハイツ』って今時の時代には珍しく、大家さんや住人同士で、話したり助け合ったりが普通だったから・・」


ホームシックにかかったらしい。しかしその場合、普通は生まれ育った生家が恋しくなるんじゃないのかと首を傾げた。


「うん。確かに家が恋しくなってたわ。有休でもとって、一旦帰省しようかな~とか考えている時に、タイミングよく彼から連絡があったの」


突然の横山からの用事は、サーチだった。

将馬がなんの? と訊けば、ちひろは苦く笑って「夏葉」と答えた。


「夏葉? わざわざ太田さんに夏葉のことを訊いてきたんですか?」


「そーなのよー。横山クンね、初めは夏葉が気になってたみたい。カレシいるのかなーとか、どんなタイプが好きなのかなーとか。いろいろ私に探りを入れたんだけど・・」


「わからなかった?」


「そりゃそうよ。イトコなんて結局はただの親戚。姉妹じゃあるまいし。将馬クンだってそうでしょ? 神戸さんのことどれくらいわかる?」


投げかけられた質問に、うげぇっと顔をしかめた。


とにかく、心が弱っている時にタイミングよく掛かってきた電話はちひろをとても慰めた。それ以来頻繁に掛かってくる電話をいつしか待ち望むようになり、そのうちふと、横山を好きになっていることに気がついたのだ。


「見ての通りあたしって美人じゃないし、おデブちゃんでスタイルも全然良くないじゃない? だから諦めてたんだけどね。そのうち電話だけじゃなく一緒にご飯食べにとか、お互いの家にも遊びに行くようになってから、急速に距離が近くなったの」


そしてある日、


「告白された?」


「ううん。確かにソレも含まれるんだろうけど・・・。横山クンたら一足飛びに「結婚せぇへん?」って」


「プロポーズッすかッ?!」


やるな! 将馬は二人の前でフラフラと模擬店を見て回っている横山の背中を見つめ、初めて知った大人の男らしい一面に感心し、腕組みをして頷いた。


『まーがれっとハイツ』に住んでいた頃の彼は、ちゃんと大学に行っているのかと心配になるほど、いつもアルバイトにばかり時間を割いていた。彰文経由で彼の実家の事情もそれなりに把握していたため、将馬も時々さりげなく惣菜の差し入れ程度をしてはいたが、このご時世、仕送り0円での大学生活4年間は、きっと中学生などにはわからないほど大変だっただろう。

それでも横山はちゃんと卒業して就職し、一人生計を立てている。


流れ的に二人が彰文を訪ねた理由が分かり、将馬はニッコリと微笑み「おめでとう」と祝福の言葉をかけた。


「彰兄に新居の相談に来たってことは、OKしたんですね」


そう訊ねると、ずっと以前はこの先の長い人生を独りで生きてゆくためにと資格ばかり取得するのに夢中だったあの(・・)彼女が、今では女の子らしく頬をほんのりと染めて、恥ずかしげにコックリと頷いた。


前方では横山が呼び込みの生徒に捕まり、女生徒に腕を組まれて教室に連れ込まれているところだ。入口にかけられた看板を見ると、観客を巻き込んだ推理系寸劇をやっているらしい。


「連れて行かれちゃいましたよ。いいんですか?」


「いいのいいの。彼ね、高校の時から学費を稼ぐために、学祭にもほとんど参加せずずっとバイトしていたらしいの。だからきっと新鮮なのよ」


祖母一人孫一人の環境で育った横山は、物心つく頃には出来るだけお祖母さんの手を煩わせないよう気を使っていたそうだ。だからなのか、彼は人一倍『家庭』に憧れがあるらしく、食事はおふくろの味的な手料理を好むし、学生の時分は、バイト先でもオジさんオバさん年代の従業員やお客さんと仲が良かった。


学生たちと談笑する横山を、ドアの場所から眺めていた将馬とちひろに気がついたようで、彼はこっちこっちと手招きしている。

やれやれと苦笑して溜息を吐きつつも、教室内に入って恋人の元へ行くちひろのウキウキした背中を、将馬は微笑ましく思いながら見ていた。


いつか・・・いつか、それほど遠くない将来、夏葉も将馬の知らない誰かを伴って、こんなふうに結婚の報告に訪ねてくることがあるかもしれない。


『じ・つ・は、―――カレシができました♡』


チクンと胸の真ん中に微かな違和感が走る。

先日、恋人ができたと嬉しそうに教えてくれた夏葉を思い出すたびに、言葉にし難い不思議な気持ちになる。


楽しそうに笑い合うちひろたちに未来の夏葉を当てはめ、将馬はポッカリと体の中心に穴があいたような気持ちで二人を見つめていた。




③へ。

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