まだ青春
*
青空が見える。海の彼方にはサーファーたちがいて波乗りしていた。その様子を見つめながら、海岸沿いを彼氏の康祐と並んで歩いていく。あたしも二十代半ばだったから、まだ気持ちは青春だ。夏の海を見つめながら、彼と一緒に過ごす。
「有可里」
「何?」
「今から飲み物買ってくるけど、何がいい?」
「うーん、そうだな……じゃあミルクティー」
「分かった」
康祐が頷き、自販機へと向かう。その場に佇みながら、ゆっくりし続ける。確かに酷暑は着実に体力を奪っていったのだけれど……。スマホを取り出し、付いているカメラで海の光景を撮り続けていると、蒸し暑さで汗が出る。すでに穿いている短パンには汗がにじんでいたし、着ていたTシャツも汗だくだった。
それにしてもこの暑さ、どうにかならないものか……?ずっとそう思っていた。別に過剰に気に掛けているわけじゃなかったのだが、とにかく参ってしまっている。まあ、夏が暑いのはどんな年でも同じだったのだけれど……。
海辺には絶えず波が打ち寄せてくる。スマホをいったんポケットに入れ、じっと見つめていると、彼がやってきて、
「有可里、ミルクティー買ってきたよ。俺はスポーツ飲料にしたけどね」
と言い、あたしに小さなボトルを渡す。受け取り、キャップを捻り開けて口を付け、飲んだ。冷たかったので喉奥に刺激が走る。康祐が海を見ながら、
「この季節はいいね。薄着で過ごせるし」
と言って砂浜の砂を掬い取り、持ってきていた小さなビンに詰めた。そして言う。
「毎年、この海岸の砂集めてるんだ。特に今の時季ぐらいの焼けた砂はいいと思ってね」
「そう?康祐って案外若いわね。昔、夏のドラマとかでそんなことしてる俳優さんとかいなかった?」
「いたよ。俺も別にその人たちの真似してるわけじゃないんだけど」
ビンにボールペンで<2013>と書いてある。今年の分のようだ。ずっと集めているらしい。あたしも不思議に思い、
「いつから砂集めしてるの?」
と訊いてみた。
「ああ。君と出会った七年前からだよ。その時から海に来てただろ?」
「思い出した。確かにそうだったよね。分かる、分かる。大学一年の夏だから十八の時か」
「その時の砂はまだ持ってるよ。<2006>のビンに入れてる」
「今度会った時見せてよ」
「ああ。ひとまず今日は二人で海見てよう」
康祐がそう言ってじっと海の彼方を見つめる。青い空には白い雲が一つもなくて、海の反対側には緑が生い茂っていた。あたしも深呼吸を繰り返す。辺り一帯は依然蒸し暑かったのだけれど……。
*
黄昏時の海もまた綺麗だった。彼方をじっと見つめながら、焼けていた砂浜に佇み続ける。頭の中に多少雑念はあったのだけれど、普通に過ごせていた。違和感はない。時折スマホを取り出し、撮っていた写真を整理する。
ゆっくりと過ごし続けた。いろいろとあるのだけれど、その雑念も移り変わっていく。絶えず、だ。やはりあたしたちも昭和の終わり頃に生まれ、二十五歳になっていて、すでに社会人である。いろいろと取り巻くものはあった。複雑な事情などは特にないのだけれど、普段会社にいる以上、責任は大きい。
だけど一つ言えるのはイライラするのはよくないということだ。上司などでしょっちゅう胃薬などを飲んでいる人間がいるのを見て、可哀想だなと思うことがあった。別にそこまで感情を荒立てずとも、物事を素直に受け入れればいいのにと思っていて……。
「康祐」
「何?」
「あたしたち、付き合ってもう七年よね?」
「ああ。だけど違和感ないよな」
「うん。ずっと続くと思う。似た者同士だから、余計思い入れがあって、付き合いも続くのよ」
「まあ、確かにね。俺もそう思ってた」
彼がそう言って砂の上に寝転がると、あたしの方が彼に覆いかぶさって唇に自分のそれをそっと重ね合わせた。口付けるたびに愛おしさが増す。何も考えなくていい。稀に過去にあった嫌なことなどを思い出したりもするのだけれど、ギリギリのところで頭から追いやっていた。
人間は過去のことを思い出すように出来ている。それが自然だ。特にあたしの場合、それはずっと起こっていることだった。別に気になっても放置しておきさえすれば、感情は流れるのだけれど、二十五歳だとまだそういった葛藤があるのだろう。
いつも思っていた。十代にはもう戻れない。それにこれから順当に年齢が重なることになる。だけど別に気にしても仕方なかった。他人と過去は変えられないからだ。そう思いながら、過ごし続けていた。
波が絶えず打ち寄せる。康祐と寄り添い、夕暮れ時の太陽を見つめた。スマホを持っていたバッグに仕舞い込み、しばらく使わないでおく。別になくても死ぬものじゃない。まあ、依存症気味ではあったのだけれど……。
*
自然と互いの唇が重なり合う。口唇同士が接近し合っては離れていく。そして口付けが終わった後、お互い笑顔を見せ合った。立ち上がり手を繋いで、ゆっくりと歩き始める。これからまたお互い平日は通常通り仕事が始まるのだ。家に戻らないといけない。
「帰ろうね」
「ああ」
言い合って歩き出す。彼が運転する車は近くの駐車場に停めていた。夜なので暗い。だけど、それでもよかった。ライトを点灯させれば、快適に走れるのだから……。康祐が運転席に座り、ハンドルを握って車を出す。助手席に乗り、夜の街をじっと見続けた。
それにしても夏の海はいい。蒸し暑さはあるのだけれど、夏を送るには絶好の場所だ。また平日へと戻り、お互い仕事が続くのだけれど、お盆休みになったらまとまった休みが取れる。その時はゆっくりするつもりでいた。
それにしても日焼け止めが効かないぐらい、暑い中で一日を過ごしたのである。多分、今夜も熱帯夜となりそうだが、あまり気にしてない。冷房を入れるか、扇風機をフル稼働させるかで暑さが凌げる。寝苦しい夜も決まった時間に眠りに就けた。健康的なのである。朝はちゃんと決まった時間に目を覚ますのだし……。
街の夜景は綺麗だった。どこも遅い時間帯までライトアップしていて、夏の夜を彩る。もう二週間弱ぐらいで花火大会などが開催される。納涼というやつだが、いいと思えた。また康祐と連れ添って行くつもりだ。それまでは仕事に専念することにした。もちろん土日は会えるから、気が楽だ。
自宅マンション前に車を横付けした彼が、
「じゃあまたな」
と言ってきたので、
「ああ、またね。お休み」
と返し、車が遠ざかるのを見て、自室へと舞い戻る。康祐は安全運転をするのだ。午後九時過ぎで、こんな夜遅い時間帯でも……。部屋に入り、部屋着に着替えて、替えの下着類などを持ち、バスルームへと向かう。それから髪や体を洗い、体の疲れを落としてしまってから、お風呂上りにアルコールフリーの缶ビールをきっちり一缶飲むつもりでいる。
いつもとまるで変わらない。ただ一つ言えるのは、今日彼と一緒に楽しい時間を過ごせたことで、よく眠れそうなことだ。もちろん年齢相応にいったん就眠すると、朝まで熟睡である。ベッドの上は実に心地いい。いい一日だったと思う。お互い身を預け合い、過ごせたのだから……。おそらく来年もまた行くだろう。今日行った海へ遊びに。
(了)




