小さな過去
エルヴァがルーナを連れてきたのは大きな洞窟の入り口だった。
「…着いた」
「わぁ!洞窟だぁ!!」
洞窟の前で楽しそうな声を出すあたり、ルーナは通常の女子とは考えがずれている気がする。
が、これまた普通の人間とは少しばかり考えがずれているエルヴァはそこを指摘する前に、
(…やっぱりエルフだな)
と思っただけである。
「で、洞窟に来たのはいいけど何するの?」
「…翡翠などの採掘」
エルヴァは片手で担いでいた袋からゴソゴソと何かを取り出した。
「…それ、なに?」
ルーナは小首を傾げる。
「バトルハンマー」
「採掘だけなら普通のハンマーでいいんじゃないの?」
「お前、知らないのか?…まぁ、知らなくて当然か」
自分で訝しげに聞いておきながら、勝手に一人で納得するエルヴァ。
「ここ、イヴァの洞窟はなかなかの鉱石の採掘場でな、しかもまだほとんど知られてない穴場なんだ」
「へぇ~…エルヴァってなんでも知ってるねぇ…」
ルーナは感嘆の声を出す。
「なんでもってわけじゃねぇけど…」
ツッコむエルヴァ。
「とりあえず、ここはモンスターが出るから、使うならバトルハンマーがいい。採掘もできるし、普通のハンマーより攻撃力も高い」
「あ、そっか」
ルーナもやっと納得した。
エルヴァはバトルハンマーを片手でブンブンと振り回したり、クルクルと回したりする。
完全に操っている。
「それ、軽いの?」
ルーナが尋ねると、エルヴァは振り回すのをやめ、
「…持つ?」
と聞き、バトルハンマーをルーナの前に突き出した。
「うん」
ルーナは素直に頷き、杖をいったんエルヴァに預けるとバトルハンマーを手に取った。
その瞬間、エルヴァが手を離したので当然バトルハンマーの重さがルーナを襲うわけで。
「ふぇっ!!?」
ルーナはあまりの重さに引っ張られ、持ったままバトルハンマーを落とした。
「お、重いっ…!?」
「そうか?」
エルヴァは全く持ち上げられないルーナを見て、バトルハンマーを持ち上げた。
「あ、ありがとう…」
「…お前、本当に筋力ないんだな」
呆れた様子(のように見える)のエルヴァ。
「…まぁ、見た感じも非力そうだもんな」
「……」
それをいうならエルヴァだって、とルーナは思った。
彼は細身だし、今まで見てきたエルフの戦士と比べてもあまり屈強そうには見えない。
が、本人は今ルーナの前で目の前で平然とバトルハンマーを振り回している。
「だって、魔法使いは筋力なんてほとんど必要ないもん」
「…まぁそうだけどな」
「エルヴァは魔剣士だからなんでしょ?」
「それも否定はしない」
肩を竦めるエルヴァ。
「…しかし、バトルハンマーを持てないとなると」
手伝ってもらうのは無理か。
エルヴァは小さく呟いたつもりだったが、ルーナは耳がいい。
完全に聞こえていた。
しゅんとうなだれるルーナを見て、エルヴァは少しの間黙り込んだが、やがて何かを思いついたかのようにルーナに声をかけた。
「…お前の魔法、辺りを照らすことってできるか?」
「へ?…う、うん。それくらいなら…」
聖属性の魔法は言い換えれば光の魔法だ。
ルーナは魔法を使いなれているし、それくらいは造作もないことである。
「じゃあ、頼んだぞ」
エルヴァはぶっきらぼうに言うと、ルーナに水晶の杖を投げてさっさと歩いて行った。
ルーナはいきなりのことで思考が追いついていなかったが、やがて歓喜に満ち溢れた表情をした。
エルヴァはエルヴァなりに、役立てないと落ち込んでいたルーナを励ましてくれたのだと気付いたからだ。
なぜなら、暗闇でもあたりが見えるエルフと違い、通常の人間ならば暗闇では目が見えない。
それならば光を必要とするのも頷ける。
だがエルヴァは普通とは違い、暗闇でも目が見える。
が、わざわざルーナに仕事を与えてくれた。
彼はそういうところで気が利くらしい。
「…ルーナ?来るならさっさと来い、置いてくぞ?」
「今いくよー!!」
ルーナは洞窟の入り口の手前で怪訝そうな表情をしているエルヴァに声をかけ走っていった――
ガンッ――という鋭い音が響いた。
エルヴァが鉱石を叩き、目当ての石を探しているが故に出た音だ。
「…はずれ」
エルヴァは短く呟くと次の鉱石を叩く。
さっきからこれの繰り返しだ。
ちなみに、たまに出る宝石類はルーナに手渡される。
途中、理由を聞いてみたところ、
「俺はいらないから」
と返ってきた。
ルーナは周りに浮かんでいる光の玉を次の鉱石の近くに動かす。
「…やっぱりそんな簡単には見つかるわけないか」
「そうなの?」
「…翡翠は珍しいからな」
エルヴァは鉱石を叩き、
「…はずれ」
と呟くと、ルーナに向かって放った。
「わっ!」
慌ててキャッチする。
美しい青色に輝く宝石だった。ブルーサファイアである。
「…それ、何の宝石?」
「エルヴァ、自分でとったのに見てないの…?」
若干呆れ気味のルーナ。
「興味ないからな」
即答で返ってくる返答。
「じゃあなんで聞いたの?」
「…どこら辺まで来たか気になったから」
「?」
ルーナには言葉の意味がよくわからなかったが、素直に教えた。
「これ、ブルーサファイアだよ。結構珍しい宝石だね」
「…じゃあ、だいぶ最下層まで来たな」
エルヴァの言葉にルーナは首を傾げた。
「とれた鉱石でどれぐらいまで来たかわかるの?」
「ああ、まぁな。イヴァの洞窟ではそのブルーサファイアも翡翠も最下層に近いところでとれる」
「へぇ…そうなんだ」
つまり、目的地は近いということである。
「そういえば、これってロイさんに頼まれた依頼なんだよね?」
何気なく話題を変えてみるルーナ。
返答は期待していなかったのだが。
「そうだ。あのおっさんとは長い付き合いだし、無下に断るわけにもいかないからな」
「そうなんだ…どれくらい長いの?」
「……9~10年くらいだな」
「そんなに!?」
思いもよらない付き合いの長さにルーナはびっくりした。
鉱石をガンガン叩きながら進んでいくエルヴァに、ルーナはふと疑問を口にしてみた。
「ねぇ、エルヴァとロイさんの出会いってどんなものだったの?」
「は?」
エルヴァは鉱石を叩く手を止め、顔をこちらにくるりと向けた。
その表情には怪訝そうなものが伺える。
「…なんでそんなの聞きたいんだ?」
「えっと…なんとなく?」
エルヴァは溜息をつき、採掘を再開し始める。
「…いいけど、面白くもないぞ?」
「うんっ♪」
無邪気に笑うルーナ。
エルヴァはそんなルーナに、今叩いた鉱石からとれた宝石を放り、ルーナを慌てさせる。
「ロイのおっさんと初めて会ったのはフィルア王国の古代迷宮、ゲルディア遺跡だ」
「ゲルディア遺跡!?」
ルーナが大きな声で反応したため、エルヴァは訝しげな表情を見せ、大声に反応しこちらに気付いたモンスターがいないか確かめた。
「あ…ごめん。私、その遺跡をモチーフに作られた絵本が大好きだったの。だからつい、ね…」
あはは、と苦笑いするルーナ。
「『ゲルディア遺跡と竜の勇者』…か?」
エルヴァがとある絵本の名を口にすると、ルーナは目を輝かせた。
「そう、それ!!」
「…確か、ゲルディア遺跡に行った勇者がそこに住む竜を倒す話だったな」
頷くルーナ。
エルヴァはそれを見て、あの絵本は人気があるんだろうかと思った。
エルヴァ自身、あの本を読んだことがあるのだが、その時は全く面白くないと貶していたし、興味などなかったが、そうでない者もいるようだ。
「…話が脱線したな。とにかく、俺はある物を探していて、ゲルディア遺跡に行ったんだ。そこを攻略中にあったのがおっさんだ」
ルーナはエルヴァの探し物とやらにも興味があったが、それ以上に疑問に思うことがあった。
「ねぇ、なんでロイさんはゲルディア遺跡にいたの?」
この質問をした途端、エルヴァは首を傾げた。
「…お前、知らないのか?ロイ・ネイティアと言えば一流のハンターとしてかなり名の知れた存在だったんだが」
「えぇ!?」
あのロイがハンター。
ルーナは信じられないと思うと共に、心のどこかで納得もしていた。
ロイは時に全く無駄のない動きを見せる。
それは、長年のハンターとしての経験によるものだったのかもしれない。
「ロイさんって凄い人だったんだね…」
「意外か?」
「うん。ルーファスの人達って結構凄い人ばっかりなのかな…」
と、ルーナは何か閃いたように表情を輝かせた。
「ナタリーさんも実はすごい人なのかな?」
「…あー」
途端、エルヴァが遠い目になったので、ルーナは驚いた。
「エルヴァ、どうしたの?」
「……ハハハ」
顔はおろか声にも笑いらしきものは含まれていないが、一応笑い声と思わしき声を出している。
ハッキリ言うと、なにか怖いものがある。
ちなみに、表情は引きつっている。
「…エルヴァ、大丈夫?」
「………」
目の前の鉱石を叩き壊すエルヴァ。
「…まぁ、それは置いといて」
「!?(話を流された!?)」
「あいつは宝を探してるって言ってた。まぁ、それを手伝ってやったのが縁だな」
不意にエルヴァは懐かしそうな表情をした。
「俺自身はその後、おっさん放って自分の探し物探しに行ったけどな」
「ふーん」
ルーナにはふとある疑問が浮かんだ。
いや、何故浮かんだのかはルーナにもわからないのだが。
「もしかして…依頼料って言ってお金とった?」
「ん?当たり前だろ」
「……」
サラリと答えたエルヴァに、若干冷や汗が流れるルーナ。
あまりサラリと答えるような内容でもないはずなのだが。
エルヴァは鉱石を叩き、チッと舌打ちすると進み始めた。
「……!!」
ふとエルヴァは弾かれたように顔をあげた。
「エルヴァ?どうしたの――」
「静かに」
その言葉だけでルーナを牽制するエルヴァの表情からは、真剣さが伺える。
その不自然な音は、静かになれば耳のいいルーナには容易に聞き取ることができた。
「…ねぇ、これは…?」
出来る限り小さい声でエルヴァに問いかける。
「…近くにモンスターがいる。この先には大きな空洞があって、多分…モンスターハウスにでもなってるんだと思う」
「!?」
モンスターハウス。
さまざまな種類のモンスターが巣くう、とても危ないところだ。
あまり世間的に強いとは認識されないモンスターから、そこらのハンターでも倒せないような強力なモンスターまで、何がいるかすら予想できないモンスターハウスは、突破するのがとても難しい。
「さて、行くか」
「へ?」
ルーナはついおかしな声を出してしまった。
「…何?」
「え、だって…モンスターハウスだよ?」
「それが?」
「普通は引き返すものじゃない?」
「まだ目当てのもの見つかってないぞ?」
「いや、それはそうだけど…」
「平気だ、奴らもう俺達に気付いてるから」
「それのどこが平気なの…」
段々と呆れた表情を浮かべるルーナ。
この青年は、モンスターハウスを何とも思ってないところから間違っている気がする。
人間というのは本当に恐れ知らずなんだ…とまた間違った解釈をするルーナであった。
少しばかり進むと、エルヴァの言う通り空洞があった。
中から聞こえるのはグルル…という唸り声。
ルーナは身震いした。モンスターハウスになど初めて入る。それどころか、元々モンスターを倒すことにすら慣れていない。
自分がどこまで役に立てるのか――そんな不安もある。
その時、頭をペシッと叩かれた。
「ふぇっ!?」
驚いて振り返ると、細く、男にしては繊細な手があった。
エルヴァだった。銀色に輝く瞳がルーナを見下ろしている。
「…力み過ぎ。大事なところで失敗するぞ」
エルヴァはそれだけ言い残すと、空洞の中に入っていった。
刹那、蒼い軌跡が走り、それと一瞬の差で赤い軌跡が走る。
蒼と赤の軌跡――《シリウス》《レグルス》は舞うかのように軌跡を残しながら動く。
モンスターの轟く様な鳴き声が響く。
エルヴァが着実にモンスターを倒していっているのは、【始まりの世界】に戻っていくモンスターが発する白い光でわかった。
ルーナは両頬を軽く叩き、気合を入れなおした。
「…よし!私だって頑張るもん!」
ルーナの持つ水晶の杖が純白のオーラでキラリと輝いた。
今回のまとめ
・フィルア王国にある古代迷宮、ゲルディア遺跡は絵本のモチーフにされるほど有名
・ロイ・ネイティア = 一流のハンターとして有名
・多種多様のモンスターが存在する場所をモンスターハウスと呼ぶ
エルヴァは強いですが、ルーナは…ハッキリ言ってどうなんでしょうね?
書いてる私が言うのもどうなんだよって話ですがw
題名はエルヴァがロイとの出会いを語ったことを指してます。