依頼
ルーナはエルヴァに言われた通り、大きな家の前にたどり着いた。
ドアを開こうとした瞬間、いきなりドアが開いた。
「ぎゃあ!?」
「ふえっ!?」
ルーナと、ドアを開けた少年は勢いよくぶつかった。
「わああ!?ごめんなさいごめんない!?」
「あ、いえ…」
ルーナは立ち上がるとパンパンッと汚れを落とした。
「す、すいませんでした」
「いえ、こちらこそ…何か急いでたんですか?」
栗色の髪と瞳をした少年はハッとした。
「そ、そうです!僕が早く戻らないとグラスさん絶対寝てるから…!!」
「グ、グラスさん?…って、どなたですか?」
「あ、雑貨屋の店主です!で、僕はそこで働いてます、グレムと言います」
「あ、ルーナです。コルシュ王国から来ました」
「ああ、例のエルフの留学生さんですか」
グレムは納得した様な表情になった。
「町長のルーブなら、二階の一番奥の部屋にいますよ。それじゃ!」
一気にまくしたてると、グレムはダッシュしていった。
ルーナは首を傾げると、ドアを開けて中に入った。
中に入ったが、誰もいない。
グレムに言われた通り、二階に上がり、一番奥の部屋の前に立つ。
「ふぅ…」
ルーナは小さな溜息をつき、深呼吸をするとドアをノックして中へと入った。
「こ、こんにちは…」
ルーナが中に入ると、一人の男が仕事机から顔をあげた。
栗色の髪と栗色の瞳、眼鏡をかけた恰幅のいい男だった。30~40代だと思われる。
ルーナは男の前まで歩いて行った。
「おや?君は…」
「コルシュ王国から留学生としてやってきました、ルーナ・イザーヴェルと言います」
「ああ、例の」
と言い、男は立ち上がった。
「私はルーファスの町長、ルーブ・フォードンだ。よろしく」
ルーブはにっこり笑いかけた。
だいぶ緊張していたルーナは、ルーブの柔らかい微笑みにやや緊張がほぐれた気がした。
「ふむ…君が噂の聖属性の魔法使いなんだね?」
「そうです。セレネー女王直々の命により、やってきました。本日からお世話になります」
セレネー・リリシアとは、コルシュ王国の女王であり、全てのエルフを束ねる長だ。
「いやいや、そんなに固くならなくても大丈夫だよ。気楽に行きたまえ」
「有難うございます…ふぅ」
ルーナは小さく溜息をついた。
緊張していたというのもあるが、国の友好を深めるという意味も含めての留学生だ。
さすがに、最初からいつも通りに、というわけにはいかないだろう。
ルーブは地図を渡しながら、
「君の家は東通りにある雑貨屋の、道をはさんだ隣だ。わからなかったら雑貨屋で働いているうちの息子に聞くといい」
「え?それって…」
「グレム・フォードンという名だ。栗色の髪と瞳をしている、キミより年下の子だ」
「あ、さっきの…」
「ん?」
「さっき入り口の所で会いました」
ルーブはまた微笑んだ。
「ちょっと慌てやすいところがあるが、基本的には優しい奴だ。仲良くしてやってくれ」
「はい」
ルーナはドアに向かって歩いていった。
「ところで…君はエルヴァという少年を知らないかね」
「えっ!?」
予想外だったルーナは驚きの声をあげた。まさかここで自分を助けてくれた少年の名が出るとは思わなかったからだ。
「な、なんで…ですか?」
「いや、その男がフィルア王国に来ているという話を聞いてね。近くを通ったかもしれないと思い、聞いてみたんだが…」
王国に来ているだけ、とはずいぶんとアバウトな…とルーナは思いはしたが口には出さなかった。
「まぁ、ここに寄るとも限らないわけだがね」
「いえ、その…」
ルーナは口籠もった。
「ん?どうかしたのかい?」
「その…来てます、エルヴァ。ルーファスに」
「なに!?」
自分から聞いておきながらだが、ルーブは本当に驚いたようだ。
「ど、どこにいると!?」
「さ、さぁ…?西通りに用があるとか言っていましたけど…」
「う、ううむ……」
ルーブは完全に黙り込んだ。
やがて、ブツブツと呟きながら机の周りをウロウロと周りはじめた。
ルーナは躊躇っていたが、やがてルーブに問いかけた。
「あ、あの…エルヴァを呼んできましょうか?」
「なに!?」
再び驚くルーブ。
「い、いいのかね!?」
「あ、はい。家に行っても荷物を置いたらやることほとんどないので」
ルーブは笑顔になった。
「ありがとう。では頼んでもいいかい?」
「はい!荷物を置いたらさっそく探しに行きます!」
ルーナは笑顔でそれに答えた。
「ではエルヴァに会ったらこう伝えてほしい。依頼を頼みたい。期間はかかっても4日、詳しいことは口頭で…と。きっと期間を最初に聞いてくるだろうから、ちゃんと答えてやってくれ」
「わかりました」
「断った場合は、申し訳ないが後日私に伝えてくれないか」
「はい、わかりました」
ルーナは頷くと今度こそドアを開けてルーブの部屋を退室した――
一方その頃――
ここは西通りにある食堂。
カラン…とドアが開く音がした。
食堂の主であるロイは「いらっしゃい」とドアを開けた客に声をかけた。
入ってきた男はまっすぐカウンターへ向かい、座った。ロイは座った男を見て「お?」と、短く声をあげた。
「…変わってねぇな、ここは」
「お前…エルヴァか?」
エルヴァはふっと笑った。それこそ、笑顔とは程遠い、冷たい笑みを。
ロイはふぅ…と溜息をついた。
「お前も笑うようになったって事か…妙に冷たい笑みだが」
「ふん。…おっさんも変わってねぇな、その面倒な性格」
「冷たい性格も相変わらずだな」
その時、ロイの横にスッと並んだが者いた。
「まぁ…エルヴァじゃないの!」
「…久しぶりだな、ナタリーさん」
ロイの妻であるナタリーはニッコリと優しい笑みを浮かべた。エルヴァも軽い会釈をする。ナタリーはエルヴァにコップ一杯の水を出すと、キッチンの方に去っていった。
「おいおいエルヴァ、俺に向ける視線とナタリーに向ける眼差しがずいぶん違うぞ?」
「…おっさんには殺気でも向けとけば十分だ」
「…酷いな、おい」
エルヴァは出された水を飲みほした。
「…生きてたんだな、エルヴァ」
「ん?」
ロイは小さく呟いた。が、エルヴァは聞き逃さなかった。
「…よかったよ、お前が生きててよ。死んじまったっていう噂も流れてたぐらいだったから、心配だったんだ」
「…勝手に殺すなよ」
エルヴァは顔を逸らし、呟いた。
「お、今、照れただろ?」
「…うるさい」
ロイはエルヴァのコップに水をつぎ足すと、豪快に笑った。エルヴァは顔を逸らしたまま、水を飲んだ。
暫くの沈黙の後、ロイがふと思い出したように呟いた。
「そーいやお前、エルフの娘と一緒に来たらしいな」
「…何で知ってる」
「俺が凄いからだ!」
「…客から聞いたな」
「…つれないな」
エルヴァは余計なお世話だ、とでも言いたげな視線を送る。
「お前が無償で何かするなんて滅多にないからな」
「ちゃんと代金は貰ったぞ」
「別の事でだろう」
「…察しがいいな、おっさんのくせに」
エルヴァの皮肉な言いようにロイはいじけたが、エルヴァは気にしない。
「…俺は金に溺れた奴じゃないからな」
「あ?」
「…あくまで仕事として引き受けたと俺が認めたことには、金をもらうだけだ」
「そうか」
再び黙る二人。
「仕入れ先でもよく聞くようになった」
「…は?」
「『JOKER』」
それを聞いた瞬間、エルヴァの目が鋭くなった。貫くかのように鋭く、殺気を持つ銀の瞳。
ロイは真剣な顔をして対峙する。
やがて、エルヴァは諦めたかのように顔を逸らした。
「…そうだな」
「…何かあったか、エルヴァ」
「…いや。ただ…」
「ん?」
エルヴァはほんの少し、それこそ見落としてしまいそうなくらいの悲しそうな笑みを見せた。笑みといっても、やはり冷たく見えるのだが。
「…その名を聞きたくない」
「…そうか」
エルヴァとロイは黙り込んだ。
と、そこへナタリーがジャムとパンを持ってやってきた。
「あなた、少しはエルヴァを休ませてやらないと」
「ああ、そうだったな」
ナタリーは笑顔を崩さず、エルヴァの前にジャムとパンを置いた。
「はい」
「…すまないな」
「違うでしょ。そこは「ありがとう」でしょう?」
「え…っと」
「ホラ!」
「…ありがとう」
ナタリーはよし!と朗らかに笑うと、再びキッチンへ戻っていった。
エルヴァはジャムをパンに塗ると、無言で食べ始めた。
ロイはその様子をジッと見ている。
エルヴァはパンを食べ終わると、ふぅ…と溜息をついた。
その時、カラン…と遠慮がちに扉が開いた。
ロイは「いらっしゃい」と声をかけた。
エルヴァは扉の方こそ見ないが、少し不信感を覚えた。
足音がしないのだ。入り口で戸惑っているようだ。
「あっ!」と、声がした。
エルヴァはこの声に聞き覚えがあった。
タッタッタ――と軽やかに走ってくる。
「エルヴァ!見つけた!!」
「って…うおわっ!!?」
澄み切ったソプラノの声の持ち主――ルーナはエルヴァに抱きつき、その拍子にエルヴァは変な声を出してしまった。急に抱きつかれるとは思わなかったのだ。
「な、なんだいきなり!驚かすな!」
「え?エルヴァでも驚くことってあるの?」
「…お前、俺を何だと思ってんだ。驚くことだってある」
「そっか…」
エルヴァはルーナを自分から引きはがし、隣の席に座らせた。
ついでに、笑いを堪えていたロイをキッと睨みつけると、ルーナに尋ねた。
「…で、なんか用か?」
「あ、うん!なんかね、町長さんが頼みたいことがあるんだって」
「…依頼か」
エルヴァは短く呟いた。
「…期間は?」
「……!!」
「…ルーナ?」
ルーナはハッとした。
「あ、ごめん。町長さんが、きっとまずはそれを聞くだろうからって言ってたから」
「…的中したから驚いたのか?」
「うん」
エルヴァは短く溜息をつくと尋ねた。
「…で、期間は?」
「かかっても四日間くらいだろうって」
「却下だ」
「え?」
瞬時に却下を出したエルヴァに、ルーナは首を傾げた。
「俺は二日後にはこの街を出る」
「えっ……そうなの…?」
一気に落ち込むルーナ。
そんなルーナに、今度はエルヴァが慌てた。
「お、おい…!?何で落ち込んでんだよ?」
「だって…初めてのお友達がすぐに発っちゃうなんて…さみしいよ」
「………」
エルヴァは黙り込んだ。
ちなみに表情は唖然としている。
「…俺がいなくなるのが?」
「え?」
「…俺がいなくなるのが、さみしい?」
「うん」
エルヴァは再び黙り込んだ。
が、ルーナから顔を背け、小さく呟いた。
「…変な奴」
「えっ?」
すると、今まで黙っていたロイがにやりと笑った。
「とか何とか言って、本当は嬉しかったんだろ」
「黙れクソ親父」
エルヴァはまたロイを睨みつけた。
一方のルーナはキョトンとした。
「えーっと…?エルヴァのお父さん?」
エルヴァは不機嫌な顔つきになった。
「絶対違う。俺の全人生をかけて否定する」
「…酷いな、そこまで否定するか?」
「する」
エルヴァの即答に、いじけるロイ。
「えっと、じゃあ結局あなたは…?」
「あぁ、お嬢ちゃんとは初対面だったな。俺はこの食堂を経営しているロイ・ネイティアだ」
「…あんまり関わらない方がいいぞ、面倒だから」
「つれないなぁ、エルヴァ」
アッハッハ!と豪快に笑うロイ。
「あ、ルーナ・イザーヴェルと言います」
「よろしくな、ルーナちゃん」
握手を求めたロイに、ルーナは笑顔で応じた。
と、エルヴァはルーナの手首を掴んで引っ張った。
「行くぞ、いつまでもそんなクソ親父に構わない方がいい」
「え?」
エルヴァは、はぁ?という顔つきになった。
「…依頼。町長が呼んでるんだろ?」
「あれ?受けるの?」
「…話を聞いてから。それからだ」
一気に不機嫌な顔つきになったエルヴァ。
「でも…日にちは…」
「…取りやめ」
「え?」
「…しばらくいることにした。二度も言わせるな」
「え、あ、ごめん」
「行くぞ」
エルヴァはルーナの手を離すとさっさと歩いて行った。そんなエルヴァに、ルーナはよく分からないといったように首を傾げた。
「ルーナちゃん」
「はい?」
ロイに呼びかけられ、ルーナは振り返った。
「エルヴァは何考えてるかわかりにくいけど、仲良くしてやってくれ」
「え…どういうことですか?」
ロイはふっと微笑んだ。
「あいつ、自分をエルヴァとして必要としてくれる奴がいるのが嬉しいんだよ」
「え?え?」
ルーナは理解できずに疑問の声をあげる。
「まあ、そういう事だ。ほれ、エルヴァが待ってるぞ?」
「…はぁ」
ルーナはよく分からなかったようで、首を傾げつつも走っていった――
ルーブは乱雑にあけられた自分の部屋のドアの音を聞きつけ、顔をあげた。
顔をあげると、そこにはエルヴァが立っていた。
その後ろにはルーナが立っている。
前に見たエルヴァはもう少し幼かったが、あの漆黒の髪と鋭い銀の瞳は間違えようがない。
「来てくれたか、エルヴァ」
「…とりあえずは話を聞くだけだ」
不機嫌そうな表情を崩さず、エルヴァは淡々と話す。
「では用件を言おう。最近この近くにあるファクラムの森に、あるモンスターが何匹か住みついてね。よく旅人を襲うものだから我々としても困っている」
「…要するに、モンスター退治だな」
「そうだ。森の奥にいるオーガを五匹倒してほしい」
「…期間は?」
「オーガが出るタイミング次第だな。早ければ今日中に終わるだろう。だがもし時間がかかったとしてもおそらく四日以内には終わるだろう」
意外と単純だな、これならさっさと今日中に終わりそうだな…と呟くエルヴァ。
「…報酬は?」
「3000J払おう」
「4000Jだ」
エルヴァは有無を言わさずと言った感じでハッキリと言った。
結局折れたのはルーブだった。
「…わかった、4000J払おう」
「よし、交渉成立」
エルヴァは頷くとスタスタと歩いて行った。
端に立っていたルーナも慌ててついていく。
町長の家を出たエルヴァは、ついてくるルーナに疑問を投げかけた。
「…何だ、まだなんか用か」
「私も行く!」
「……は?」
エルヴァは驚いたようで、言葉が出てこないようだ。
「私だって戦えるし、エルヴァ一人に任せるわけにはいかないよ」
「…別にモンスターになんか負けねーよ」
「…それに」
ルーナは俯き、口籠もった。
「…それに、なんだ?」
「…私だって、強くなりたい」
「え?」
顔をあげたルーナの瞳は強い意志にあふれていた。
「…守られる存在じゃなく、私だって大切なものを守りたい!」
「……」
ルーナはエルヴァに頭を下げた。
「お願いします!連れていって!」
エルヴァは頭を下げたままのルーナをジッと見つめていた。
黙ったまま一言も発しない。
「…知らないぞ、どうなっても」
「え?」
ルーナは躊躇いがちに頭をあげた。
エルヴァはルーナに背を向けると、
「まずは、ロイのおっさんの所で食料の調達。そこからだ」
「じゃ、じゃあ…!!」
「ぼさっとしてると置いてくぞ」
「…有難う、エルヴァ!」
エルヴァは背を向けているため表情は読み取れないが、ルーナは気にしなかった。
ルーナはエルヴァに並び、まずは食堂に食料を調達しに歩いていった――
今回のまとめ
・お金の単位は「J」
・コルシュ王国はセレネー・リリシアというエルフの女王が治めている
ルーナは少し訳ありのようです。
まぁ、事情はきっと、いつか明かされるでしょう…いつか(おい