迷子
『何か』とエルヴァが動き出したその頃――――
「う~ん…」
闇の中、ルーナの悩んだような唸り声だけが聞こえる。
どうしよう、と短く漏らす。
右手には何かを大切そうに握りしめている。
なぜ、こんなに苦悩した顔なのか。
理由は簡単だ、単なる迷子である。
ふらふらと歩いていた結果、先ほど落下した場所まで戻れなくなったのである。
何がどうなったのか、服はだいぶ汚れている。
「ふぇぇ…ここさっきも通ったような…」
完全に迷子である。
しかも、ルーナは魔法使いとはいっても探知系の魔法は使用したことがなく使い方も知らないので、例えばエルヴァを探知してどこにいるのか探すことはできないのだ。
完全に打つ手を失くしたのだ。
「あぅぅ…」
闇の中、ルーナの狼狽えた声が響く。
今のルーナには、この環境がとても恐ろしく見えていた。
いくら自然を愛し、調和できるエルフといえど、迷子では仕方のないことだろう。しかも、外を知らない、こんな環境があることさえも知らなかった者ならなおさらだ。
だが、こんな暗闇でパニックを起こさないところはさすがエルフといったところか。
「私じゃどうしようもないしな…」
とりあえず、今のルーナの頼りはエルヴァだけである。魔法に精通している彼が探知系の魔法を知っていることを願うばかりだ。
もしくは、自分を見つけてくれることを。
慎重な彼なら何らかの戻る方法を考えているだろうと思ったからだ。
どちらにしろ、今は動かずに待っていた方がいい気がする。
そう思い、ルーナはその場にあった石に座った。
顔をあげ、目の前の岩の模様を眺める。
ふと見つけた模様が見知ったものに似ていてクスッと笑ってしまう。
見慣れた懐かしいあの模様を。
その模様は、ルーナの杖に人知れず小さく刻まれている模様と似ていた。
思い出に浸っていると、ふとルーナの耳に聞きなれない音が聞こえてくる。
唸るような、生き物の声。
「…?なんだろ」
小首を傾げ、音の聞こえた方を見つめる。
遠くに見えた生き物――それは間違いなくモンスターだった。
ゴブリンと呼ばれる種族だ。
「…!!ど、どうしよ…!?」
焦ったように周りを見回すが、あいにく今は一人だ。普段使っている杖がないため、魔法も上手く発動できない。
失敗すれば、痛い目にあうだろう。
しかも、ゴブリンは走ってきている。
今すぐ逃げた方がいい――否が応でも気付かされた。
くるりと逆方向を向くと走り出す。
それに気付いたのか、ゴブリンも速度を上げ追いかけてくる。
「うわーーー!?」
慌てたルーナも速度を上げる。
刹那―――
――何かがすれ違った。
人ではない、闇に紛れた、しかし確かにそこに存在している『何か』が。
その何かは、更に後ろにいたゴブリンに襲いかかるとあっという間に還してしまった。
ルーナが振り返ると、そこには長い体をとぐろを巻くかのように丸め、ジッとルーナを見つめる『何か』がいた。
しかし、不思議と恐怖は感じなかった。
金色の瞳と目が合う。
ルーナの視力なら、この『何か』が何の形を成しているのかがわかる。
『何か』をじっと見つめていたとき…声がした。
「…あ、いた」
短く発された言葉はすぐに洞窟に消えたが、その独特の響きを持つ綺麗な声は、間違いなくエルヴァのものだった。
「エルヴァ!!」
振り返ると、そこにはいつもと変わらないエルヴァの姿があった。
ルーナを見て肩を竦めると、
「…ま、平気そうだな」
と呟き、杖をポイッと放った。
「どうしたの?」
「いや、お前が大怪我なんか負ってたら俺は…ナタリーさんに…」
遠い目になるエルヴァ。
本当に何があったのか、途轍もなく気になったルーナであった。
エルヴァは誤魔化すように短く溜め息をつくと、『何か』に視線を移す。
じっとこちらを見ている『何か』に近寄る。
「…変わってるだろ、この龍」
「…うん、なんか変わった感じ」
肯定するルーナ。龍の形を成した、『何か』は声も上げず、ただ此方を見つめているのみだ。
「この龍は…闇の中で力を増す。俺の魔力で闇を集めて作り出した、魔法の一種だ。探知能力もある」
「えっ!?」
『何か』――もといエルヴァの作り出した龍は、エルヴァに撫でられ嬉しそうに目を細める。
「自我を持つ魔法――“デスベリドゥームドラグーン”」
「デ、デス…?」
長い名前に思わず舌を噛みそうになるルーナ。
瞬間、エルヴァがふきだした。
「っ…噛むほど難しくねーだろ…!ククッ…」
しゃがみこみ、俯いて必死に笑いをこらえるエルヴァに最初は呆然としていたルーナ。彼がこんな風に笑えるとは思わなかったからだ。
しかし、やはり徐々に恥ずかしくなってきたらしい。頬を膨らませる。
「ちょっと笑いすぎだよ…!!」
「わ、わるい…ククッ…」
「もう!!」
はー…と長い息をつくと、立ち上がった。
「いや、昔同じことがあったから…つい思い出し笑いをな」
驚いたような表情になったルーナを怪訝そうな表情で見るエルヴァ。
「驚いたぁ…エルヴァでも思い出し笑いとかするんだ…」
「…お前は本当に俺のこと なんだと思ってるんだ…」
はぁ…と、溜め息をつく。
「ごめんって」
「…もういい」
肩を竦めるエルヴァ。表情が半ば諦めたものになっている。
「さっさと戻るぞ、まだ仕事が残ってるし」
そうなのだ。彼らがここに来た理由はモンスターハウス攻略などではないのだ。
翡翠探しである。
「あ、そうだ!」
急に大きな声を上げたルーナを怪訝そうな顔で見る。
「…なんだよ?」
「こ、これ!」
ルーナが差し出したもの――石のようなものをじっと見つめるエルヴァ。
「…明かり」
「あ、うん!」
杖を使って小さな光の球を作り出す。
「…翡翠だ」
それは大きな翡翠の塊だった。
男の拳一つ分はあるだろう。
「…どうしたんだ、コレ」
「落ちた後に周りを見回してたら見つけたの!!」
「…へー…」
思ったより簡単に見つかったことに少しだけ脱力するエルヴァ。
「これだけありゃ、じゅうぶんだろうな…」
「なにが?」
「…気にするな」
咄嗟に誤魔化すエルヴァ。
「…ま、何はともあれ任務完了だ」
「うん!」
ルーナが落ちた穴を“デスベリドゥームドラグーン”で上っていく途中――
エルヴァはふと呟いた。
「…お前は」
「え?」
「お前は妹に似てるよ」
唐突に告げられた言葉に驚いた。
「昔同じことがあったって言っただろ?」
「うん」
「妹は…森で迷子になった。あいつは魔法も剣技も使えないくせに、住んでいた街に迷い込んだスクイレルというモンスターを森に帰そうとして迷子になったんだ」
スクイレルとは、リスのような見た目の愛くるしいモンスターだったはずだ。
ルーナの膝丈の半分くらいの大きさしかなく、大人しくて害もない、しかも可愛らしい見た目からとても好かれやすいモンスターだ。
「昔住んでいた街の近くにあった森で迷子になったんだが、その森が広くてな…あの時もこの龍を使ったんだ」
「えっと…デ、デス…」
「“デスベリドゥームドラグーン”だ」
向き直ってきっちり訂正すると、エルヴァは再び前を向く。
「そのときお前と同じ反応だったから。思わずさっき笑った」
「そっか…」
ちょうどそのとき、先ほどモンスターハウスと化していた場所に着いた。
エルヴァはルーナが龍から降りたのを確認すると、龍に向かって、
「お疲れ」
と言い、自身の両手を合わせパンッと音を鳴らした。
すると次第に龍の姿は薄れていき、闇の中へと散った。
エルヴァは元来た道を辿り、歩き始める。そしてルーナもそれに続く。
二人の間にしばらくの無言が続く。
妙に気まずくなったルーナは、どうしたものかと悩み、てきとうに話題を振った。
「あ、あのさ!妹さん、どうしてるの?」
「……!」
ピクリと。
一瞬だけエルヴァが表情を歪めた気がした。
何かまずいことを言ってしまったのだろうかと慌てるルーナ。
「…さぁな?自分で考えてみな」
そういったエルヴァの表情はいつもと変わらず。
余裕を持った能面のような顔だった。
ルーナの狼狽えたような表情を見て、エルヴァはふと思った。
(俺は…ルーナとあいつを重ねて見ているのか。なら…あのモヤモヤしものは…マジで心配、というものなのか?)
しかし、本当に久しぶりだな そういうの、と思いながら頭を掻く。
とにもかくにも、この重苦しい空気を変えるため、エルヴァは少しだけいたずらっぽく言った。
「…置いてくぞ?」
「…え?ちょっと、待ってよ!?」
わざとらしく歩むスピードを上げたエルヴァに、慌てたようについていくルーナ。
どこか遠くを見つめているようなエルヴァの瞼の裏には、ニコニコと無邪気に笑う幼き頃の妹の姿がありありと映し出されていた――
今回のまとめ
・自我を持つ魔法がある
・エルヴァは妹がいる…
・ルーナとエルヴァの妹は似ているらしい
短いとか駄作とか言わないでください自覚済みです←
エルヴァ「……はぁ」